プロローグ 一周り目の村田君
初めての連載です
至らないことばかりかと思いますがよろしくお願いします
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忘れ難い記憶がある。
きっと誰にでもあると思う。
例えばそれは幼少のころ母と遊んだ思い出であったり、遠くへ引っ越す親友と交わしたさよならであったり、初めて好きになった少女の笑顔であったりするだろう。
俺の場合それは四人の少女たちと過ごしたほんの一ヶ月ちょっとの日々だ。
俺の事を初めて好きだといってくれた明るい笑顔のスポーツ少女。
想いをしたためたラブレターを渡してくれた淑やかな黒髪の女の子。
俺をビッタリストーキングしてくれていたらしい銀髪ツインテール。
そしていつも俺の隣にいてくれた栗色の髪の幼馴染。
想いを告げられともに過ごした時はたったの一ヶ月。だけどその一ヶ月は俺にとって本当にかけがえの無い時間になった。
でもそれはまるで夢のように、ある時ある瞬間を境にいくら手を伸ばしても届かない場所へと一瞬で消え去ってしまった。何故なら、
暗転したからだ。
―――それは文字通りの暗転だった。
目の前がいきなり真っ暗になったんだ。そして俺が次に認識したのは小さな声だった。
「………ん兄。らん兄」
俺を呼ぶ聞き慣れた少女の声。俺はゆっくりと目を開けた。
そこには埃で汚れた幼馴染の顔があった。俺を心配そうに覗き込んでいる。
「愛………音?」
俺が彼女の名を呼ぶと安心したようにその唇が綻んだ。直後に俺は咳き込む。胸の奥から何か冷たい塊のようなものがこみ上げて来そうになって無理矢理飲み下す。
なんだ、これ。おかしいぞ。体が思うように動かねえ。
俺は鉛のように重たい体を横たえたまま、何とか周囲を確認しようとした。どうやら俺は愛音に膝枕されている状態らしい。それはいい、だが、
「愛音………」
言葉を続けようとしてまた咳き込み、
「………いったいどうなってんだ?」
俺はそう尋ねずにはいられなかった。
ここは俺たちが修学旅行のメインイベントとして訪れた『新世紀未来科学技術博覧会』の会場。そのはずだ。そこには俺たち五人のほかにも多くの人が行き交っていて、建物は近代的な総ガラス張りで。
でも、これはなんだ? いったいなんなんだ?
瓦礫だ。瓦礫の山だ。
俺の視界に入るのは一面の瓦礫の山だった。
「………分かんない。いきなり何かドカンってすごい衝撃が来て、わたし必死でらん兄に抱きついて、そした………ら」
突然、愛音の声音が弱々しくなりグラリと上体が倒れた。その顔が俺に急接近する。
「愛音?!」
苦悶に歪む表情に、俺は慌てて重い体を無理矢理動かし、愛音の膝から這い出ると彼女の体を支えた。くたりと彼女は体を俺に預けてくる。俺の胸に頬を押し付けるようにして。荒い息を吐いている。―――いや、いや違う。そんなことより、
「なんだ、これ………?」
自分の見ているものが信じられない。なんだこれ? ほんとになんなんだ?
愛音の背中一面にガラスの破片が突き刺さっている。
「お前これ………」
言葉を無くす俺の前で伏せていた顔を僅かに上げて愛音が微かに笑んだ。
「………らん兄は大丈夫? 怪我、無い?」
「っ!」
俺は悟った。愛音は俺を庇ってその背中にガラス片を受けたのだ。おそらくは総ガラス張りの天井から落ちてきたガラス片から俺を守って。
そう思って見てみれば周囲には鋭く尖った破片が一面に落ちていた。それは太陽の光を受けて冷たく光っている。
こんなのが刺さったら………。俺の顔から血の気が引いていくのが分かった。
「愛音っ!! すっすぐ救急車を!!」
そういってる間にも愛音の体を支える俺の手がぬめってくる。出血しているのだ。それもすさまじい勢いで!
携帯!! 携帯は何処だ?! 慌ててポケットを探り取り出すと一体いかなる衝撃を受けたものかボディーに罅が入っていた。嫌な予感にとらわれつつディスプレイをタップするが、案の定そいつはどのボタンを押してもうんともすんとも答えない。
「くそっ!!」
毒づいて役立たずを投げ捨て、
「愛音っ!! お前の携帯は?!」
「さっき、試した、んだけど………わたし………のも駄目、みたい」
苦しげに言葉を紡ぐ愛音。俺は愕然とする。どうするどうする?! どうしたらいい? 携帯が駄目なら次は、誰か、そうだ! 携帯が駄目なら近くに居る人に助けを求めるんだ!
「誰か!! 誰か助けてくれ!! 誰かああ!!」
俺は大声を上げたつもりだったが、喉から出たのはその十分の一にも満たない声量だった。
おかしい俺の体はおかしい。
咳き込みつつそれでも声を張り上げようとしたとき、人影を探していた俺の目がそれを見つけた。
「優奈っ!!」
瓦礫の向こうに明るい茶色に染めた髪。同行していた少女の姿。建物の柱にもたれかかるようにして座り込んでいる。
「優奈っ!! 助けてくれっ!! 愛音がっ!! 愛音、が………」
必死に訴える俺の声が尻すぼみになった。
………何かおかしくないか? いや俺の体のことじゃない。優奈はどうして座り込んだままなんだ? 俺の声に何も反応しない?
それにあの柱の模様。華のような、妙に赤々とした。今も、滴り落ちて、いるような。そこまで考えて俺の体に戦慄が走った。
模様じゃない、のか? 血、なのか?
あれが? 全部?
それにあの優奈の前に転がっているもの。まるで何かのオブジェのような赤い断面のあれは、まさか。
腕? 優奈の腕、なのか?
「嘘………だろ」
混乱した頭で思う。あれじゃあもうボールを投げられないじゃないか。あいつは、あいつは、野球部なんだぞ? エースなんだぞ?
「あ………かはっ」
俺の喉から音声にならない乾いた音が漏れる。冗談だろ? 嘘だこんなの。優奈が優奈がこんな………。
「!」
受け入れ難い現実。思わず逸らした目にさらに凄惨な光景が飛び込んで来た。
「………利璃花?」
零れた少女の名は疑問系だった。それは本来ならありえないことだ。俺が利璃花を見間違うはずがない。俺は、俺は信じられなかったのだ。
利璃花の体は分断されていたから。
いったいどんな事が起きれば人間の体があんなふうに壊れるというのか。少女の体は腹部の辺りで千切れ、赤黒く細い紐のようなもので僅かに繋がっているだけだった。
俺には分かった。分かりたくなんてなかったが分かってしまった。
あの赤黒い紐は、内臓だ。彼女の腸なのだ。
白い顔を朱に染めて長い黒髪を床に広げ、利璃花は、壊れた人形のように無機質に、瓦礫の上に転がっていた。
―――嫌だ。嫌だ。もう嫌だ。もう見たくない。
はっ、はっ、はっ………。自分の荒い息が聞こえる。胸が痛い。今にも倒れこんでしまいそうな眩暈にも似た惑乱が俺を包み込んでいく。でも俺は探す。ゆれる視界の中に、
もう一人の少女の姿を。
御白。
銀色の髪を俺は探す。彼女のツインテールを。
御白。
せめてお前だけでも無事で居てくれ。そして、そして愛音を助けてくれ。
「いない………」
思わず声が漏れる。御白の姿は見当たらなかった。
アイツはあれで結構要領の良いやつだ。この得体の知れない危機をくぐり抜けて、無事でいて、今頃助けを呼んでくれているのかもしれない。そう、思いたいのだが………。
周囲の惨状が俺の楽観的予測を打ち砕こうとする。会場の中でも俺たちが居るこの場所は特に酷い被害を受けているようなのだ。瓦礫ばかりを気にしていたが、少女たちの凄惨な姿を目にした今の俺にはそれが見える。無意識に認識することを避けていた、
周囲に散らばっている無数の人々の骸が。
ここは阿鼻叫喚の巷だった。
―――爆発? 爆発があったのか? 爆発………事故?
ようやくその可能性に思い至る。俺にその手の知識などないが、意識して周囲に目を遣れば痕跡がある気がした。
それは利璃花と優奈が居る辺りから放射状に広がっているようだった。彼女たちはほぼ直撃を受けたのだ。
そして御白もその辺りにいたはずだった。彼女たちは足を止めて何かの作業用ロボットを見ていて、俺と愛音だけが少し先行していたのだ。
周囲の惨状を見れば、それでも俺と愛音がこうして生きているのは奇跡的に思えたが。だとしたら、だとしたら二人と一緒に居た御白は、もう………。
いや考えるな! 姿が見えないんだ、あいつはきっと生きてる! それより今は―――
「らん兄………」
か弱い力が俺の制服を引く。
「愛音! もう少しがんばれ!! 俺が! 俺が助けてやるから!!」
言いながら俺は気付いていた。体が重い。いうことを聞いてくれない。体中が痛い。特に胸が。胸の内側が。
親が体育会系のおかげでというべきか、俺には察しが付いた。
俺はたぶん内臓のどこかを損傷している。だから体がいうことを聞かないのだ。最悪破れているのかも知れない。さっきから咳をするたび喉からせり上がってくるのはおそらく血の塊。俺は喀血しようとしているのだ。
―――こんな体で何ができる? 愛音を助けられるのか? でも俺はそんな自問を必死に飲み下し腕の中の少女に懸命に言い募る。
「大丈夫だ!! 大丈夫だからな!!」
その言葉に答えるように愛音は微笑んだ。
「ごめんね」
………なんで謝るんだ。
「ごめんね、らん兄」
なんで謝るんだよ。なんでそんな顔で謝るんだ!!
「もう少し………、がんばれると、思ったん、だけど、ちょっと………無理、みたい………」
「!!」
なにいってんだ? 何が無理なんだ?
「だから………最後に、言っておきたい、………事が、あるの」
「最後って!! 最後って何だよ!!」
愛音は答えない。ただその表情が透明に透き通っていく。瓦礫の隙間から俺たちを照らし出す太陽の光に照らされて、白く白く、まるで手の中に落ちた淡雪のように儚く、そのまま消えてしまいそうに。
「わたし、ね。わたし、らん兄の、ことが………」
―――それだけだった。
最後まで言えずに愛音の体から力が抜けていく。体温までが急速に失われていく。
「こんな………」
こんな馬鹿なことがあるか。こんなのが現実でいいはずがない。でも冷たくなっていく愛音の体は俺にこれが夢ではなく本当のことだと告げている。
そして俺は唐突に理解した。
ごめんね。
愛音が俺に謝ったのは、自分の死が俺に深い傷を残すことが分かっていたからだ。
だから愛音は俺に謝ったんだ。最後まで自分のことより俺のことを心配してくれていた。
「愛………音」
開いたままの目。光のない瞳が虚空を見て笑っている。俺は愛音の体を抱きしめる。零れていく体温を引き止めようとするように。でもそれは為す術もなく失われていく。愛音から命が零れ落ちていく。
嫌だ。やめてくれ。行かないでくれ。待ってくれ。待ってくれよ!!
「愛音っ」
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!」
―――たぶん俺は壊れかけていたんだと思う。俺の喉からは声にさえならない臓腑を吐き出すような絶叫が迸っていた。
そして、そのときだったんだ。
あの「声」が聞こえたのは。
今回は物語のプロローグになります 興味を持っていただけたでしょうか?
更新は三日おきぐらいにできたらいいなと思っています
立倉支と村田君をよろしくお願いします




