なんでこんなことに 裏話
これもなんとなくで書いたので温かい目で見てください。
私があの方々を見たのは本当に偶然だった。第一王子とはいえ母の身分は低く、王位に就くことなどありえない自分が神殿を歩き回ることを、気位の高い王妃は許さなかったから。それでも不可侵の神殿の神官たちは自分に優しくて、王妃に内緒で神殿を訪れていた。たまたま神殿の庭に出た時だった。緑が青々としている木々の中に見慣れない桃色の花が咲き誇る木を見つけたのだ。不思議に思い、私はそこまで近づいた。とても美しい・・・、そう思った。こんな花は見たことがなかった。
その木の根元に人影が見えた。
「疲れているの?」
髪を肩口まで切りそろえ、ひと房の長い髪と、右頬に描かれた鳥が印象的な少女が言った。芯が強そうな少女は木にもたれかかるようにして立っている。その言葉を向けられた、髪にたくさんの簪をつけ、顔に不思議な文様を描かれた少女が笑う。
「疲れていないわ。」
「嘘付け・・・。ここに来てからいろいろなことがあったんだ。疲れても、誰も文句は言わないよ。そういえば、王様がお渡りになられたみたいだけど?」
「この国には慣れましたか?って。気にしてたみたいよ。私たちが帰りたいの大合唱をしたから。」
その会話から、あの方たちは神子姫と守護官と言うことが分かった。少し前に現れた神の御使い。ああ、そうか。あの方たちは別の次元から来られたんだったな。ご両親とも引き離され、つらいだろうな。今は亡き母の顔を思い出した。
「だって、理不尽だわ。こんな服装いやだわ。私は普通の人間なのに・・・。」
「ほんとにね。本当にそう。・・・・でも、戻れないんだ。」
守護官は何も感じさせない顔で静かに神子姫の背をさすっていた。
この世界にとって、神子姫と守護官は特別だ。神子姫がいるだけでその国は栄える。農作物は豊作で、魑魅魍魎たちの襲来は結界によりなくなるのだ。そして守護官は神子姫の魂とつながり、その精神の安定を保つ者だ。神子姫の憂いはすべて取り払う。
「そこにいるのはだれ。」
鋭い声が聞こえた。そして刺すような殺気が自分に襲いかかった。どうやら不審者認定されたようだ。
建物から姿を現す。
「申し訳ありません。見慣れない花を見つけて足を止めました。」
「だれ?」
「第一王子 スザクと申します。」
すると殺気が消えた。
「失礼しました。どうぞ立ってください。」
さっきよりだいぶん柔らかい声で言われた。
「はじめてお会いしますね。第一王子様。」
神子姫はほほ笑んだ。赤くなった眼もとが痛々しい。
「神子姫様、守護官様」
「はい?」
「ご家族と引き離されて、この国を守るためにとばされ・・・、どういっていいのかわたくしにはわかりませんが、誠に申し訳ありません。」
頭を下げた。
「第一王子、顔を上げてください。」
神子姫はあわてたように私の顔を上げさせた。
守護官の方は目を丸くしていた。
「意外。」
「え?」
「あなたが第一王子なのですか?王太子はちがうのに。」
ああ、自分の母は身分の低い側妃だ。第一王子とはいえ、俺に権力はない。興味も、ない。
「私の母は側妃でしたので。」
「でも、あなたの方が王にふさわしいと思うけど。なあ、玲」
「そうね。あのバカよりましに見えるわ。」
あまりにもはっきり言われ、周囲を気にした。守護官と神子姫とはいえ危険すぎる。
「心配しなくても結界をはっています。声は聞こえません。本当は誰も見えないはずなのに・・・。」
守護官は静かに言った。
「結界?誰にも見えない・・?」
「花見をしていたので邪魔されたくなかったのです。・・・あなたにはこの花が見えたのですね。」
それはどういうことなのだろう。
「普通に見えるものではないのですか?それにこの花はきれいですね。」
と俺が首をかしげながら言うと
「能力があっても、生まれがすべてを左右するというのはどこの世界でも同じね・・・。沙羅」
神子姫は頭を抱えていた。
守護官とは時々会うようになった。神子姫は禊などで奥にこもっていることが多いが、守護官は暇らしい。そばについていたら逆に気が散るかもしれないと言って、よく建物の屋根に上って日向ぼっこをしている。
「転げ落ちるのでは?」
「その時は風が助けてくれるよ。」
どうやら一度転げ落ちたときに風が助けてくれたらしい。それでも危ないのに。なんというか、彼女、最近変な感じがする。
「そういえばスザク王子は普段何をしているの?」
「基本的には書庫で勉強をしたり、将軍たちに剣の稽古をつけてもらったりですが・・・。」
「そうなんだ。あなたの弟はよくサボるみたいだけど。」
守護官はよく弟とその取り巻きにケンカを売られるらしい。守護官にケンカ売るなんてわが弟ながら残念な奴だ。申し訳ないが何とかすることはできない。身分が違いすぎて逆にこっちに逆襲が来る。
「それは申し訳ないです。」
「もうちょっと努力しないと、この国滅びると思う。」
否定できないところが悲しい。でも、どうすることもできない。
彼女とはさまざまな話をした。彼女の世界では身分制度と言うものはないらしい。しかも、すべての子供たちが学校なるものに通うという。世界が違えばこうも制度の違いがあるものなのか。驚きだ。
しばらくするとテイエン皇子がシン帝国からやってきた。大陸有数の軍事大国の皇子、国王の妹を母に持つ高貴な方だ。
「久しぶりだねえ。スザク。」
彼とは小さいころからの付き合いだ。といってもそれを知る人間はほとんどいない。王妃が俺を嫌っているから、こいつはこっそりとやってくる。私のどこを気に入ったんだか・・・・。
「元気でしたか?」
「まあまあだよ~。」
こいつはとにかく得体がしれない。
「ねえ、それよりこの国に神子姫と守護官が来たんだって?会いたいから、神殿通行の許可出してよ。」
「父上に頼めばいいでしょう。」
「そんなことしたら自由にできないよ。いいからだして。」
仮にも帝国皇子だ、妙なことはしでかさないと信じて、通行許可を出した。神殿に行った後の皇子はものすごい楽しそうだった。不気味だ。不気味すぎる。
「テイエン皇子とお会いになられましたか?」
私は何かしてないか気になって、守護官に聞いてみた。そう言ったらものすごい顔をされた。
「え?何かあったのですか?」
まさか神の使いに妙なことしたのか!?
「別に何もない。」
そう言いつつどことなく怒っているような。何をしたんだあの皇子は・・・。結局聞けなかったけど、何かしたらしい。
俺は走った。馬鹿な弟がついにやらかした、いや、正確には踊らされているんだが、それの一番の被害者のもとへ。沙羅様がバカに連れて行かれたと聞いたのはついさっきだ。湖の方に向かったという。何をされるのか私は知っている。
沙羅様は助かる、それはわかっていた。
でも、走らずにはおれない。彼女と臥せっている神子姫を引き離すのだから。自分たちのために。
彼女たちが見えた。馬鹿どもに抱えられて湖に落とされるのが見える。
彼女がこちらを見る。
「っ・・・すまない!!」
口から出たのはそんな言葉だった。
弟や将軍の息子たちはこの国の中枢から追い出された。未来永劫彼らが表舞台に立つことはないだろう。後を継ぐのはそれぞれの弟達だ。彼らはそれぞれの部門で非常に優秀で、むしろ追い出されたおかげで国がよくなったかも、と言うやつもいる。自分自身も王太子となってしまった。今まで私を軽んじていた奴らが、ニコニコして私の機嫌を取ってくる。変わり身の早いことだ。でもこいつらは叩けばほこりが出てくる奴らだろうからいつか追い出してやろうと思う。
今回の件で問題となった女は空気のようにその場から消えていた。王たちは探させていたが、見つかるはずもない。もといたところに帰ったのだろう。私は何も言わなかった。後は神子姫になんというべきなのか・・・。
姫神子が走ってくるのが見える。臥せっていたのに大丈夫だろうか。彼女は扉を脚で 蹴り飛ばした。
「沙羅は・・・、あの子はどこなの!? どこにやったの・・!王様!!」
王が座る前まで息を切らしてやってくる。少しやつれたように見える。
「神子姫・・・。」
王の顔はゆがむ。
「私が・・・、臥せっている間になぜこんなことに・・・。あの子の気配が、つながっていた魂が感じられないの。いったい、どこにやったの!!」
部屋に飾られていた、ガラス細工が粉々に砕け散る。官吏たちの悲鳴が聞こえる。
「神子姫よ。おちつ「一体なぜそんなことが言える!!!あれは私の半身!一部!それをそなたらの一存でどこにやった!!!偽物に惑わされ、あの子に何をした!!!!!」
強い怒りが充満する。大気が揺れる。あの優しい神子姫ではない何かが、彼女から感じられた。
「恐れながら・・・・。」
私は神子姫の前に出た。これは私のせいでもあった。
「スザク・・・!」
神子姫は私をぎっとにらみ、胸ぐらをつかみあげた。
「そなた何をしていた!!!なぜ、止めなかった!!! わたくしに言った言葉は全部偽りか!!守ると言ったではないか!!!この道化がっ!!!!」
神子姫の気持ちは痛いほどわかる。
「あの子、弱音を吐かないの。私が弱いからなんだけど・・・。」
「第一王子、あの子のことをよく見ててね。」
何時だったかそんな話をした。
「偽りでは・・・、ありませぬ・・。」
偽りではなかった、はずだった・・・・。
苦しいが、それでもこれは神子姫とあの守護官が受けた痛みなのだと思うと腕を振り払う気にはなれなかった。私は利用した。この国の民たちを守るために、この国を守ってくれる、この国で最も尊い方々をだました。未来永劫この罪を背負う。歴代のの中で最も神子姫に恨まれた王に、なろう。そう、決めた。
「守れてないくせに?!!」
そう言って神子姫の目からがはらはらと涙が落ちた。
「知らない世界に連れてこられて、私は・・・・あの子が・・・。」
えぐえぐと泣き崩れる。
「申し訳ありません・・・・。」
頭を下げた。
「うあああああああああああああああああああああああっ。」
神子姫の魂の叫びが王城に響き渡った。いまだかつてここまで神子姫を嘆かせた王はないだろう。
その後だった。
「ふははははっ。あはははははははははっ。」
唐突に姫が笑い出した。くるってしまったように。
「古の約定により、この国を魑魅魍魎どもから死ぬまで守ってやろう・・・。ただ、それだけだ。」
「!!」
「貴様らにはもう、何かをやってやることは二度とない! 姿さえも見せてやらぬ。戦の祝福さえも、豊穣もどうにでもなるがよいわ。」
そういって神子姫は神殿の奥深くにこもった。姫以外触れもしない岩戸、入ることすらも禁じられたその中にこもり続けた。
真実を知るその時まで。
「スザク、君、王になる気ある?」
「はい?」
付き合いはまあまあ長いが、こいつの言うことはいつも突拍子もない。何言ってんだ。
「この国の次の王は第二王子ですよ。」
俺は生まれてきたときから言ってきた言葉を言った。
「でもねえ、このままじゃ、この国を滅ぼさなければならないんだよね。」
明日の天気の話をするかのような穏やかな声だった。
「なっ。」
テイエンは薄く笑う。
「あの、愚かな王子が王になっていったいどんな国に変貌するのだろうねえ。ここは帝国にとっても、隣の大陸の蛮族どもを止めるための重要な土地なんだよ。神子姫や、守護官を奪われても困る。倒れられるくらいなら、こちらからつぶすよ。」
それは脅しでもなんでもないことはわかっていた。できるのだ。帝国とこの王国ではそれだけの差が存在する。
「・・・・・・・・・・私を王にして傀儡に?」
「それなら、こんなこと言わないよ。あの第二王子を王にした方が操りやすいからね。僕が求めているのはまともな王様だよ。君なら許せる。これでも君のことは友達と思っているんだ。」
友の国を滅ぼしたくはないよ。
その前にあなたの母の国だろう。それに、別にお前は気にせずにこの国を滅ぼすでしょうが。
「・・・・・・・・。」
「別にこれ以上領土はいらないしねえ。あ、でも代わりにほしいものはできたかなあ。」
その時の皇子は打って変わって楽しそうだった。まるでおもちゃを見つけた子供だ。
「ほしいもの?」
「そう・・・。本当ならこちらにいたものだよ。」
ぞっとした。うっとりと笑っているが、その目には狂気が見えたのだ。
「誰ですか・・・・・。」
聞かずにはおれなかった。この皇子がそこまでしてほしがる人はいったい誰なのか。
「・・守護官沙羅サマ。いや、本当なら、守護官様でもないけど・・・。」
「沙羅様・・・・・?しかしあの方は・・・・。」
いくら帝国とはいえ、守護官を渡すわけにはいかない。守護官は巫女姫の精神安定の要だ。特に、あの二人の様子を見たとき、神子姫は間違いなく守護官がいるからもっていると思った。離せば何が起こるか。
「神子姫も守護官様も我々の一存でどうにかなる存在ではありません。」
言うべきことは言わねばなるまい。
「ふふ、ぼくにそんな口きいて生きてられるのは君くらいだねえ。・・・・・心配しなくてもいい。僕の一存でどうとでもなるんだ。」
その言葉の真の意味を知るのはずっと先のことだった。
「覚悟は決まった?スザク第一王子。」
「はい。私がこの国の王になります。」
そう、これから末永くよろしくねえ。そう言ったときの王子の目はとにかくヤバかった。そして心の底から、守護官に同情した。末永く彼をよろしくお願いします。