3-1
「バリウスっ! レオに通信! 今すぐ呼びだせっ!」
その一声で緑竜の出現に一瞬固まっていたバリウスは
行動を開始した。そしてガイトは一度地面に降りて状況を
確認しなおす。
(ワイヤーはまだ装備して無い、手持ちは即席の突撃剣槍
以外は片手の竜殺しの剣だけ。くそっ、せめて牽制用の
砲さえっ!)
無い物ねだりをしながら機体のパラメータをチェック。
無茶な機動で飛竜を倒したが、フレームへの負荷は無し。
魔導力負荷は平時よりやや多い。攻撃を受けていない
以上現状でダメージは負っていない――
「よし、魔導炉の出力は安定している……
ここでもう一度跳んでも何も問題は――」
灰色のボディの両肩を覆うサーコートが風で揺らぎ、
莫大な魔導力がエーテルを通じて機体を巡り過剰な熱を
吐きながら爆発的な推進力を生みだしていく。
「アーツ【ペネトレイト】っ!」
最初に下位竜に行った物と同じ攻撃で緑竜に突撃。
亜音速の3秒で同じ高さまでトラッシュアッシュは飛翔。
しかし緑竜はぬるりと、慣性から解き放たれた動きで
ガイトの攻撃を回避――
「Graaaaっ!」
「読めてんだよぉ!」
する直前に緑竜はその口からブレスを放った。だがそれ
を見越してガイトは両肩のマントに手を伸ばしている。
右手で急造の突撃剣槍を持ったまま引きちぎった
マントを機体前面に投げ出しその中央を槍で突く。
「アーツ【マギナシールド】っ!」
速度が落ちるのも構わず突いたマントを中心に
魔導障壁を展開してブレスを受ける。
銀竜や黄金竜と比べると収束率が低いブレスはガイトの
予測した通り魔導障壁を張ったマントを焼き尽くして
勢いを失った。
「のぉぉぉぉぉっ!」
速度と魔導力を大きく減じたトラッシュアッシュでは
緑竜を一撃で殺す攻撃を放つことは難しい。そして単機
で空中戦を挑んだとしても勝てる見込みは限りなくゼロ。
だから狙うは――
「そこぉっ!」
緑竜の翼膜、飛行しながらブレスを吐いた為一時的に
防御の魔導障壁に割ける魔導力は低下する。そしてその
状況で脆い場所を狙えばダメージが入る可能性はある。
「GraaGrraaa!?」
ガイトは賭けに勝ち、緑竜の右翼膜を剣槍で貫いた。
だがこれだけでは飛行能力を奪えるほどの傷では無い。
「アーツ【バーティカル】っ!」
魔導障壁が回復し、突き刺した剣槍が固定される直前。
ガイトは自らの高度を破壊力に変換する。純粋な下に働く
加速度が緑竜の翼を半ばから切り裂いた。
緑竜が咆え衝撃が薄い装甲を通して操縦席まで伝わる。
だがガイトに竜に有効打を与えたことを喜ぶ余裕は無い。
魔導力不足、これまでの強引なアーツによる慣性制御と
運動量変換により魔導炉の出力が急速に低下している。
レオは全身全霊でこの機体を組み上げたのだろう。
ガイトの無茶な運用に応え緑竜に痛打を与えたのが
その証拠。
だがしかし下位魔導機兵の枠は超えられない。
限界を超えた魔導炉は急速に冷え、速度を失い、
高度も下がる。
このままでは緑竜と共に大地に叩きつけられこちら
側が一方的に砕け散ってしまう未来が目に見えている。
「――アーツ【ホライゾン】っ!」
ぐらりと視界が揺れて、ドクドクと鳴り響いていた
心音が一瞬だけ遠ざかったのを魂で感じ――
「……ぉ、ぉぉおぉぉおおおっ!」
無理やり声を上げ、息を吐き出し、吹き返す。
魔導力を限界以上に引き出した事によるブラックアウト。
下級の効率が悪い炉心で起こるトラブルの一つで、
場合によってはそのまま意識を失い、最悪のケースでは
死に至る。
ゲームでは単なるバットステータス、最悪の場合はキャラ
ロストで済むが、この世界ではそうはいかない。
しかし強引に魔導力を引き出し、落下運動を水平への運動
エネルギーに変換する事で辛うじて機体が墜落する事を
防ぐことが出来た。
それを認識した瞬間、ズドンと鈍い音が響く。
トラッシュアッシュの隻眼を動かして音の方向に
目を向けると緑竜が針葉樹の森を押しつぶして地面に
叩き付けられていた。
『これで終わりなんて、都合が良い事……』
「あると思うか、高度が足りん」
バリウスからの通信に応えつつ針葉樹の森に着地する。
20mを超える巨木の森は半分の背丈しかない魔導機兵を
覆い隠すが魔導力を感知する竜相手に隠ぺい効果は一切
期待できない。
ふらりと緑竜が立ち上がる。20m弱の巨体は周囲に
生える針葉樹の巨木とほぼ同じ高さがありその隙間を
自由に動き回るとはいかない。
翼を封じた以上、このまま戦って勝てる通りは無いが
凌ぐ目が出てきた。
『なぁ、召喚者様。ニュースが二つあって良い方と
悪い方…… どっちの方を聞きたいですかねぇ?』
「そうだな、今は状況が良くないから希望が
持てる良いニュースの方から聞かせてくれ」
この最悪の状況が更に悪化するのかと信じていない
神に内心で文句を言いながらガイトは返事を促した。
『女男爵様が全軍を率いてこっちに向かってきています。
今のペースのままなら10分弱で到着するそうですわ』
「そいつはご機嫌だ、確かに希望が持てるいいニュース。
それで悪いニュースの方はどういう内容なんだ?」
『レーダーに感あり、下位竜60弱がこっちに向かってる
速度分布から見て飛竜が20、トカゲが40って処で。
飛竜の方はあと1分、トカゲはあと20分でこっちに
到着しそうですな』
言われてレーダーを見れば確かに突出する20の光点と
それを追いかける40弱の光点が迫ってきていた。
「バリウス、作戦を説明する」
『どんな作戦ですかね、召喚者様?』
ガイトは体勢を立て直して立ち上がった緑竜を見ながら
非常にシンプルな作戦を口にした。
「このまま後ろに転進、レオ達との合流を優先する」
バリウスが深いため息を吐いたのが通信機越しからでも
聞こえて来る。第一合流したからと勝てる保証はない。
だがそれでも、このまま群と戦って削り殺されるよりは
ずっとマシな結末だと、二人そろって後ろに向かっての
進軍を開始した。
「なぁ、バリウス!」
『今忙しいんですがね、召喚者様ぁ!』
叫び声と共にバリウスの駆るエアリズが背後から
低空飛行で迫る飛竜を速射竜断砲で狙い撃つ。
1m近い幹の木々が立ち並ぶ森の中、その合間を縫って
迫る二翼二足の飛竜の顔面に超音速の剣弾が直撃する。
丁度ブレスを吐こうとした口に直撃しまた一匹の飛竜が
地に落ちた。
「サンクス、そいつが邪魔だったっ!」
灰色の騎士が反転し翼を広げ飛翔し背後から迫っていた
飛竜相手に腰から竜殺しの剣を抜き放って切りつける。
奇襲染みた跳躍で襲い掛かって来た敵に対応する事が
出来ず細い首を両断されその命を失った。
ガイトはその勢いを木を蹴って反転し後退を再開する。
「これで何匹!?」
『5匹目ですかねっ!』
「あと何回出来そうだ?」
『残念ながらこっちはもう弾切れでね!』
「じゃあ後は逃げるだけか!」
灰色と赤の巨人が走る。時速300kmで山の斜面に
広がる針葉樹の森を走破する。
言葉にすれば簡単だがF1マシンに匹敵する速度で
一定間隔で障害が並ぶ足場の悪い斜面を走破すると
考えると自殺行為に等しい曲芸だと理解出来る。
だがここで足を止めるのは自殺行為で無くストレートな
自殺以外の何物でもない。
15匹の飛竜に捕捉されてしまえば、上空からブレスで
一方的に攻撃されてゲームセット。
後方から迫る40匹弱のトカゲや、それと一緒に迫る
緑竜も危険といえば危険だが、飛竜の群に追い付かれれば
その2つが襲ってくる前に蹂躙されてしまう。
「なぁ、冷静に考えると今――」
ガイトはレーダーサイトを確認しながら言葉を続ける。
先行する15の光点が、味方を示す2つの光点を覆うよう
に迫ってきている。
「こっちに対空武器がまったくない状態なのか?」
『最後に一発、召喚者様を撃ち込むくらいですかね?』
確かにここでガイトが突っ込めば3~4匹位は道連れに
出来るだろう。だがそれで終わりだ。15匹の飛竜を殺し
尽くす前に確実にガイトの方が撃破されてしまう。
攻撃力は十分だがそれを生かす為の生存性が足りない。
だからといってこのまま逃げ切ろうにも速度では空中を
飛ぶ飛竜の方が速く、こちらに対抗する手段が無いと知れ
ば一気にこちらに襲い掛かって来るだろう。
次の一手で相手が王手を撃てる盤面。
これをひっくり返せる駒はこの場には存在しない。
もし状況が変わるのであれば――
「っしゃぁっ!」
ガイトはトラッシュアッシュの足を止め反転。
こちらを狙って突っ込んで来る飛竜の群に突撃を開始。
灰色の魔導機兵が翼を開いて再び宙に舞う。一気に
高度を上げ、針葉樹の森を超え、上空100mまで
飛びあがる。
『なぁっ!? 気が狂ったかぁっ!』
バリウスの叫びも無視する。正面に飛竜が一匹。そして
右斜め前から更に一匹。ヘッドオンした相手に攻撃すれば
その間にもう一匹がこちらに向かってブレスを放つ。
森の中とは違い、空中に射線をさえぎる物は何もない。
だからもう遅い、死ぬのは確定ここで終わり。
どう足掻足掻いても結果はひっくり返らない。サイコロ
は既に振られた後。ガイトの意識が加速する、周囲に展開
する敵の位置、その効率の良い殺し方を考える。
既に剣弾で貫かれた飛竜の事は頭から消えていた。
レーダーのラインギリギリ。30km先からのヘッド
ショット。狙撃特化の自動人形アインによる一撃だろう。
本来ならダメージが入る距離では無いが飛行中ブレスを
発射する直前という好条件が重なり、いやガイトが条件を
揃えレオがそれを予測して射撃指示を出したからこそこの
無茶は成立した。
『ツヴァイっ! 次の狙撃の用意、トライからゼクスは
前進して位置取り、ミリリリアは武器をバリウスに!』
声が聞こえる。レオの声だ。声色は鈴の音の様に。
けれどその意志は昔のままで。だから安心して前に出る。
『ガイト、誘って、3秒後!』
「分かったァ!」
レーダーに表示されたポイントに飛ぶそれを追う飛竜。
ブレスの射程は1kmを下回る、視界が通らない場所には
魔導力は届かない。
面白いように誘導され、頭を撃ち抜かれ地に落ちる。
『まったく、ガイトは無茶をするね。僕が狙撃の
準備をしていなかったらどうする気だったのさ?』
既に布陣は整ったのだろう、レオが通信機を通して
ガイトに苦言を呈す。もっともその口調は嗜めるどころか
喜びの色すら感じられた。
「ざっと今いる機体のスペック位は確認してるし、
それにレオならやってくれると信じてたからな」
『信頼が重いねぇ、んじゃこっちも無茶を言うよ』
レオを示す光点がこちらに近づく、距離は15km。
この速度のままならあと2~3分で合流できるだろう。
『準備は不足してるけど、このまま群とあの中位竜を倒す
最低でも緑竜を倒せれば僕達の勝ち、でなければ負け。
この無茶についてきてくれるかい、【屑鉄の魔王】?』
ニヤリとガイトは誰も見ていない操縦席で微笑んだ。
もしそれを見る者が居たら肉食獣が獲物を見つけた
表情だと感じただろう。
「嫌だね。今この場で前に出るのは俺の方で、
ついて来るのはお前だ【血染めの道化師】!」
レオのやれやれという言葉を聞きながらガイトは更に
前に出て。準備不足の中、勝つか負けるかの予測すら
立たないまま最終決戦の火蓋は切って落とされた。
次話は2016年01月21日(木)に投稿予定。