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今回、話の途中で視点移動があります。
段落で分けて居ますがご注意ください。
「あー、アンタが女男爵様の召喚者様ですかい」
「えっと、なんだ。従者ってその…… お前の事か?」
格納庫で機体の調整中に声をかけてきた男、レオの
従者であるバリウス=ストラの姿はガイトにとって
完全に予想外だった。
領地経営にも携わっているという言葉を聞いていて、
それでも従者という言葉から青年を想像していたのだが
目の前に立っている男は中年一歩手前に見える。
恐らくはアラサー、赤毛の短髪でやる気の無い瞳。
信用はしているとレオが言っていた以上それなりの
実力はあるのだろうが崩した服装も含めそう見えない。
「ええ、この領地の雑務と。たまに魔導機兵に乗る程度の
お仕事をさせて貰ってますねぇ。立場はただの従者で
それ以上でも、それ以下でもありませんぜ?」
とにかく覇気というものが無い。無精ひげが生えて、
酒の匂いがしないのが不思議なくらいにだらしない
雰囲気を全身に纏っていた。
「それで、今から偵察に行くんだが。乗る機体は?」
「エアリズですな、無改造の標準機で」
「主武装は?」
「偵察ですからね短砲身の速射竜断砲を手持ちで1門、
あとはまぁ、緊急用に竜殺しの片手剣を一本ですか
召喚者様みたいな切った張ったにゃ期待せんで下さい」
装備可能重量が少ないエアリズで竜の群を偵察しに
いくのなら妥当なチョイスだ。運悪く遭遇した時には
速射砲で牽制し離脱、それでもダメなら竜殺しで足掻く。
もう少し増やす余地もあるがカモフラージュ用の装備も
用意するなら丁度いい。
「自動人形の偵察だと、群れからはぐれた竜が2~3匹
鉱山の方に向かってる話らしいけど火力足りるか?」
「冗談言わないでくだせぇ、下位竜とはいえ飛竜3匹。
そんなんで正面からエアリズと殴り合ったら俺っちは
死んじまいますわ」
確かにバリウスの言葉も理解出来る。自動人形の報告
が正しかった場合は隠れて牽制射撃を行い追い払うつもり
なのだろう。
「面白く無いな」
「面白い面白く無いで生き死にを決めるのは馬鹿ですわ」
そうバリウスはため息をつく。
「じゃあ残念ながら、今の俺は馬鹿って事になるな」
「馬鹿をやるにしても最低限援護はしますけどね、
死んでもアンタを守るような事はしませんので」
何となくガイトはバリウスの事が分かって来た。
たぶん出来ることはやる。出来ないことはやらない。
そういうタイプなのだろう。
実力が伴っているかどうかという不安は残るがレオが
信用しているというのなら大丈夫だと信じられる。
「下位の飛竜を相手するとしてどれ位の事が出来る?」
「2匹なら2~3分時間を稼ぐのが精々ですか、その上で
3~4匹相手からでも逃げる自信はありますが倒すのは
期待せんでくだせぇタイマンだと厳しいですわ」
考える。一人の騎士として見れば腕前は下、最低でも
下位竜をタイマンで倒せないのはプレイヤーなら下の下。
最低限の実力すら無いレベルだといわれても仕方が無い。
ただし機体が下位のエアリズで飛竜相手なら話は別だ。
むしろエアリズを駆って飛竜4匹から逃げきる事が出来る
人間はプレイヤーでもそう多くはない。
「分かった、飛竜と遭遇したら1匹引き付けてくれ」
「まさか、2匹まとめて相手するつもりですかい?」
バリウスの目が胡散臭そうな物を見る目に変化した。
定石で考えれば下位竜1匹に対して下位の魔導機兵で
当たるならば最低でも3機で当たるのが鉄則だ。
実際の処、この3匹のはぐれ飛竜という戦力は
この領地に存在するすべての戦力をもって戦うべき
規模の相手であるといっても過言では無い。
「まさか、1匹を初撃で殺して、もう1匹を相手する」
「そりゃ…… 理屈の上じゃ出来るかもしれませんがね」
バリウスはトラッシュアッシュを見ながら頬をかく、
クレイモアに長柄を取りつけた即席とはいえ突撃槍なら、
下位竜を一撃で撃破する事も不可能では無い。
ただそれを飛行の代償に多くの機能を失ったエアリズの
改造機でやり切る技量を目の前の男が持っているのか。
それを不安に感じているのだろう。
だが自分がレオを通してこの男を信用しているように、
この従者もレオに仕えている以上、ある程度は自分の事を
信用してくれると期待しようと考えた。
「まぁ、いいか。あんたが失敗したら逃げたらいいさ」
しかしどうやら予想以上にこちらの事を信用して
居ないらしい。恐らく逃げ切るだけの自信があるから
こちらの無茶に付き合おうとしている。その程度の
話なのだろう。
「ふん、成功した時の事も考えておけよ?」
そんな風に軽口を叩きながら機体に向かう。出来るなら
この戦闘で彼の信用を、いや出来れば信頼を勝ち取れれば
良いと思いながら。
もっとも、この偵察はそんなレベルでは済まない程度の
大立ち回りになってしまうのだが、それは少し先の話なの
だった。
「正気か、あの召喚者……」
バリウスは思わずうめいた。少なくとも途中まで彼は
ガイトに対して普通のこなれた騎士だとしか思って
いなかった。
無茶な改造で飛行能力を得た分恐ろしく扱いづらく
なったエアリズの改修機でバリウスと同じ速度で進軍
出来た時点で並の腕では無い事は確か。
ただの平地ならまだしも高さが20mを超える針葉樹の
山岳地帯でそれをやってのけるのは並の騎士では不可能。
時速50kmのゆっくりとした速度だったからこそ
そのバランス感覚、制御能力が高いことが見て取れる。
問題は飛竜を補足した後だ、数は4。自動人形の報告
よりも多い。誤認があったのか合流したのかは不明だが
エアリズ2機で挑むのは危険な相手と言える。
だが、あの召喚者は2匹でもいけるよな?
と楽しそうに呟いて、そのまま一気に飛翔した。
魔導炉の出力を直接前向きの運動エネルギーに変換する
アーツ【ペネトレイト】、理屈では分かる。20t近い
鉄の塊が亜音速でぶつかれば飛竜程度なら一撃で倒せる。
だが、その一撃を当てることが出来なければ、その上で
援護役が牽制に失敗すれば、4匹の飛竜の猛攻に晒される
事になる。
「くそっ! 死ぬ気かよ! 殺し損ねても
これじゃフォローも出来ないんだぞ!?」
叫びながら片手に持った速射砲でガイトの狙っていない
3匹の飛竜相手に弾をばら撒く。もし予定通りだったなら
仮に召喚者が仕損じたとしてもバリウスのがフォローで
リカバリーする目はあった。
だがこの状況で飛竜の撃破に失敗すれば、全力攻撃後の
無防備状態をフォロー無しで切り抜けなければならない。
『心配ご無用! 機体がちと不満だがそれ以外は
これまでと同じだからな、ほら1匹落としたぁ!』
召喚者の声が響く、その瞬間青い空の上で灰色の騎士が
赤い飛竜を両断する姿がバリウスの目に映る。
『アーツ【ターンエッジ】っ!』
ぐるりと裂いた飛竜を支点に【トラッシュアッシュ】
の推進方向が横に捻じ曲がる。慣性の法則を魔導力を使い
キャンセルするアーツ【ターンエッジ】を使い無理やり
機体の機動を捻じ曲げたのだ。
「つ――次は!?」
『手前の、E2!』
ガイトの指示に従い、偵察時に2番目に発見した飛竜に
対する牽制射撃を止める。姿を見せずに攻撃してくる敵
よりも、今まさに群の仲間を切り殺した敵に攻撃しよう
と身をひるがえす前に――
『2匹ィ目ェっ!』
灰色の騎士が空中で即席の槍を、刃の長さを考えれば
長刀と呼ぶべきものを振り回し、右の翼を切り裂いた。
浮力を失った飛竜は哀れ地上に落下、少なくても
1000mの上空から落下した衝撃はその命を奪う。
「なっ!? 二連続っ!?」
そもそも飛竜に対するランスチャージは命中率が高い
ものでは無い。訓練した騎士でも5割が精々。失敗を
前提にフォローが出来る環境で行うのが基本。
もしくはチャージなどというリスクの高い戦法では
なく飛行可能な機体で白兵戦を挑みつつ地上から
竜断砲で援護を行い体力を削いで倒すかのどちらか。
確かに召喚者は基本的に凄腕の騎士とされている。
だがそれは常識的な事を、膨大な反復練習によって
煮詰めた所謂極まった強さのはずで、こんな非常識
なものでは無い。
『次っ! E3…… は位置が、E4を上に。出来るな!?』
「やれといわれれば、そりゃねぇ!」
牽制射撃を集中させ4匹目を上に追い詰め、フリーに
なった3匹目がブレスを吐くポジションに付こうとする
前に攻撃し魔導障壁を展開させる。
飛竜は飛行能力と、魔導障壁、そしてブレスの3種類の
能力を持つが体内に持つ魔導炉の出力から来る制限で同時
に2つの能力しか使う事が出来ないのだ。
上手く狙えれば、攻撃を封じることは難しくない。
『よし、3匹目ぇ!』
3度目の突撃は、やや軸がずれている。そのまま直進
しても当たらないコースだったが。灰色の騎士は柄の握り
を浅くしてリーチを伸ばし、穂先を引っかけるように飛竜
の頭を切り砕いた。
『最後は――!?』
そして最後の一匹に目を向けた瞬間、口からブレスが
発射されそうになって居る事をガイトは理解する。
バリウスという従者のミスかとマントで直撃を避けようと
防御した次の瞬間。
「4匹目だっ!」
バリウスの駆る赤いエアリズから単射モードで放たれた
竜断砲の剣弾が最後の一匹を貫いた。ブレスの発射に
魔導力を回していた飛竜は障壁を張ることも出来ずに一撃
で撃ち抜かれる。
『おいおい、最後のはなんだよ。すげぇ焦ったぞ?
そっちの援護を期待して動いてたんだ、最後にそれを
急に止められちまうのは心臓に悪すぎる……』
「なぁに、こっちはそっちの倍は焦ったんだぜ? ここで
あんたが死んだら女男爵様がどうなるか考えたくもない
まぁ失敗してもあんたなら死なないと思って遊んだ、
それ位は鷹揚に許して欲しいもんさね」
少しばかりの信頼を込めガイトの軽口にバリウスも
軽口で答えた。だがこれで分かり合えたと思う程、
バリウスは気安い男では無い。
ただ少なくともあと2~3戦は戦場と共にし、同じ飯を
食い、酒を飲み交わせばどういう人間か分かると感じた。
少なくとも親殺しの血まみれ女男爵よりはただの
バトルジャンキーなこの男の方が理解出来ると思えた。
「――ん、レーダーに……っ!?」
そう人心地付いた直後、その光点に気が付いた。
エアリズに搭載されたレーダーの索敵限界領域
30kmのライン上。
大出力の魔導力反応、速度は時速300km弱
「マジ…… かよ?」
バリウスは自らが駆る機体のカメラモードを格闘用の
隻眼から単眼に切り替えその空域を目視。
全長20m弱、2翼2手2足、肌は爬虫類染みた緑の
鱗で覆われており、ルビーのように赤くそして昆虫めいた
瞳が二つしっかりとこちらの方を見つめている。
「緑竜が…… 飛べるまでに回復していただと?」
緑竜。飛行能力、ブレスによる砲撃、更に魔導障壁を
併せ持つ平均的な中位竜である。そして平均的という
言葉は、決して弱いという事を現さない。
十全であれば一般的な子爵家の戦力と戦える化け物で、
少なくとも、この場に存在するたった2機の下位魔導機兵
で 対抗出来る程度の生半可な存在では無かった。
次話は2016年01月20日(水)に投稿予定。