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「……ガイト様、お目覚めの時間です」
「ぬ、 誰だおま……っ!」
普段はスマートフォンのアラームで目覚めるのだが、
異世界で初めての朝は無表情で不気味の谷間ど真ん中の
自動人形のモーニングコールで目が覚めた。
彼を起こしに来た自動人形の顔は確かに美しいのだが
表情がまったく無い為能面めいた恐ろしさが拭えない。
「アインです。向こうで同じ戦場に立った事も御座います」
「あー、中身はゲームの時にレオが使っていたNPC?」
アインと名乗った侍女がレオが【道化兵団】で使っていた
NPCの一人だと思い出す。記憶が正しければリーダー格で
お堅い真面目な性格のキャラクターだった筈だ。
「そう考えて頂ければ間違いありません」
一歩離れて一礼する。その動きは淀みないが指の関節に
隙間があり、微かに魔導力の匂いが漂ってくる。表情の制御
だけでなく関節のシーリングにも手を抜いている。もしくは
それだけの余裕が無いのかもしれない。
「あー、今何時だ?」
「現在時刻は7時30分です」
そういえばと、異世界ドラグラドでは地球と同じ時間と
日本と同じ言語、つまりは日本語が使われていたことを
思い出す。少なくてもお約束の異世界召喚の展開の様に
言語や時間で苦労する事は無さそうだ。
なんてことを考えていると扉の向こうから何か
声が聞こえてくる。気になって耳を澄ますと――
「ふっふっふ…… 折角女の子になってガイトと再会出来た
訳だし幼馴染としてはやっぱり寝起きドッキリを……」
レオが恐ろしく頭が悪い事を喋っていた、頭を抱える。
独り言としては説明口調だが、大方自分が既に起きて居た
場合に気まずくならないようにという心遣いなのだろう。
気を使う場所が間違っていると感じるが、そんな事は
お構いなしにレオは扉を開いて部屋に入って――
「ってぇー!? なんでアイン起こしてるのさぁ!」
「特に指示を受けて居なかったので通常のお客様対応ルーチン
を起動して処理を行っただけでありますが何か問題が?」
「ガッデム! その辺はほら、融通を! ってダメだ
この子自動人形だからプログラム優先だしぃ!」
ものすごい勢いでアインと漫才を開始した。もう一度
頭を抱える。アインの思考ルーチンを組んだのがレオである
以上これは一人ボケ突っ込みになるのかと益体が無いことを
考えながらレオが落ち着くのをしばらく待った。
「くっ…… 明日こそはガイト相手にねぇ起きないとキス
しちゃうぞ♪ ってやってやる。やってやるんだから!」
「そんな事より、朝飯はまだなのか?」
ビシっと指を突きつけるレオに無慈悲に空腹を訴える。
全力の宣誓を受け流された彼女はがくりと膝を落とした。
「くっ…… ガイトは男のロマンを理解してくれないの!?」
「可愛い幼馴染が作ってくれた美味しい朝食はロマンだな」
その一言でレオの表情がぱぁっと明るくなった。
立ち上がった反動でツーサイドテールがふわっと揺れる。
言動は確かに昔のレオと同じ、けれど彼女の動きは
女子のそれだと何となくそう感じた。
「ほ、本当!? なら今日は僕が朝食を用意するよ!
いやぁ、確か竜肉のいい奴とチーズが残ってたし――」
そしてそのままルンルン気分でスキップをしながら
ガイトの部屋から出ていってしまい、少しだけ気まずい
空気だけがガイトとアインの間に残る。
「アイン、お前のマスターはちょろいな」
「はい、少なくてもこの手の戦場において優秀な戦略家で
あるとは口が裂けても言えないレベルだと思います」
「あと、食堂まで連れてってくれ。場所が分からん」
「それより前に、服を着替えて下さい。朝食をレオ様が
作り直すまであと30分はかかるはずですので……」
その言葉に頭を抱える。余計なことを言ってしまったと
後悔するがもう遅い。結局着替えて食堂に行った後更に
暫く待たされることになり、結局9時を過ぎるまで
ガイトの空腹は見たされることはなかったのだった。
「それで、何時くらいに出撃できるんだ?」
9時過ぎの食堂で、レオとガイトは食後のティータイム
のついでに今後の予定を話し合っていた。共に食卓を
囲んでいたミリリリアは既に席を立っている。
先程帰って来た自動人形の偵察部隊が使っていた
魔導機兵の整備を行う必要があるらしい。
「んー10時くらいかな? それ位になったら村の方から
従者のバリウスが来るから、詳しいことは彼に聞いて」
チーズがたっぷり乗った竜の肉は確かに美味しかったが
朝食としては少々重く、実際に一緒に食べたミリリリアは
半分ほど食べきれずに、黒パンに挟んで持ち帰っていた。
「従者ってNPCではなく?」
「向こうから引っ張ってこれるのはNPCのデータだけ
だからねぇ。実体がないものは召喚出来ないから」
「つまりこっちの世界の人間を従者として雇ってると」
従者とは一言でいってしまえば魔導機兵を駆る貴族、
即ち騎士階級に使える人間全般を指す言葉となる。
ただし同じ従者といっても単純な下働きから、領地経営の
代行を行うものまで人それぞれだ。
レオの話を聞く限り、バリウスという従者は後者である
領地経営にかかわるタイプなのだろう。
「信頼できる人間なのか?」
「信用できる人間ではあるかな?」
レオは黒パンに粒が見える程大量の砂糖が入ったバターを
たっぷり塗りつけ食べながら会話を続ける。普通ならデブ
まっしぐらの食生活だが10機前後の自動人形を常時運用
するなら、これ位カロリーを摂取しなければダイエット
を通り越し飢え死にしてしまうのだ。
「で、俺達が偵察に出ている間にレオは何するんだ?」
「戦力の増強、ガイトが来てくれて勝ち目は出てきたけど
まだまだ戦力の増強の余地はあるからね。ミリリリアの
機体を弄れるところまで弄りたいし」
中位竜対策はガイトが居るけど下位竜の群だって対応
しないといけない相手だからと言いながらお茶を飲み干す。
この国で一般的なアザミに似た植物を煎じた物で消化を
促進し、ある程度の覚醒効果もある食後のティータイムに
向いた飲物だ。
「けどよ、なんでその従者と一緒に偵察に行って来いと?」
「普段から事前に自動人形で偵察した情報を元にバリウスが
詳細な情報を掴むためにもう一度偵察しているからそれに
ついていって貰いたいなって」
レオは更にパンの方に手を伸ばす。良く見ると目の下に
クマが出ているようにも見える。もしかすると見た目以上に
疲労がたまっていて、それを補う為にカロリーを取っている
のかもしれない。
「まぁ、出来れば初めての実戦な訳だし僕が付いて行きたい
んだけどそうそう余裕はないからさ。それなら実力的には
一番信用できるバリウスにってね」
「ドラグーンエイジ的にはどれくらいの腕なんだ?」
「NPCよりは上、初心者を脱したプレイヤーレベルかな?
ただし連携と補助を重視するタイプで攻撃目標さえ指示
すれば僕と同じレベルで支援は出来ると思うよ」
確かにガイトはドラグーンエイジにおいては中堅上位。
下手をすればトッププレイヤーに数えられることもある
程度には経験豊富だ。
ただ、実際にこの世界で魔導機兵を動かした経験は無く、
竜と殺し合うのも当然初めてだ。信用できるサポーターが
付いていてくれた方が何かと安心ではある。
「多少過保護すぎると思うんだが?」
「冗談、本当に過保護ならそもそも僕自身が一緒に出てる
そもそもゲーム開始直後、ガイトが何度ゲームオーバーに
なりかけたか覚えてる?」
「……13回だったか?」
「自分で立て直した分が13回、僕がフォローした分を
考えれば30回は確実に超えるんじゃないかな……?」
本当に細かいことまで覚えていると悪態をついてガイトは
ラードに塩を混ぜた物を黒パンに塗って口に運んでお茶で
一気に流し込んでむせる。
むせる事がなかったゲームとこの世界の現実との差を感じ
改めてゲームと現実が必ずしも同じではない事をガイトは
情けない感情と共に理解したのだった。
次話は2016年01月19日(火)に投稿予定。