1-3
(くそ、運が悪すぎる――)
状況は最悪とまではいかないものの、良いとは言えない。
僅かな可能性に賭け、月間MVPになるためにガイトは
無理な戦いを続けていた。
大学に通う時間を最低限に。一年の必修単位以外の講義を
全て諦め、時間効率の良いバイトを人伝にかき集め。
課金とプレイ時間の効率化を図り自分の実力を超える
ミッションに挑み続ける。
それも素材やゲーム内通貨より、月間MVPの選考
基準となっている名声値が効率よく入手できる物を
選んで挑む。
今攻略中している辺境の街を襲う中位竜の撃破もその類の
ミッションであり、街に対する被害が少なければ少ない程、
参戦している魔導機兵の数が少なければ少ない程、
報酬である名声値を手に入れることが出来る物だ。
(よりによって1/100の確率で出現する上位竜が初っ端
から出て来るってのは、確率統計は仕事してねぇだろ!)
そう、今回のミッションで倒す予定だったのは中位竜。
いってしまえば中堅上位のプレイヤーであるガイトなら
多少の無理を通せば倒せる相手だった。
砂漠に住まう銀竜、四肢と翼を持つスタンダートな竜で、
そこそこの防御、機動力、20mを超える巨躯と貫通力が
高いブレスによる一点突破の攻撃力が合わさった一般的な
プレイヤーなら最低でも3機のチームで挑むのが適正。
ただし、ガイトと【ジャンクノート】ならば相性は悪く
無く十分に勝ち目があるレベルの相手でもある。
注意しなければならないのは一点突破のブレスのみ。
それ以外にジャンクノートに通じる攻撃を持っていない。
耐久力こそボス補正込で考えれば非常に高いが、
近接火力に特化したジャンクノートならば殴り合いで
勝てる可能性の方が高い。
もちろんこれは中位竜として現れた場合であり、
上位の竜である黄金竜が現れたのなら前提条件は
崩れてしまう。
「「「Guraaaaa!」」」
黄金竜の首は3本、銀竜において手がある部分から
首をはやした異形。三連続で放たれるブレスの一撃は
銀竜に劣るが連射される分、回避する為に必要な運動量
は圧倒的に多くなる。
「ああ、くそっ! イライラするっ!」
ガイトは全身を駆け巡るもどかしさを無理やり抑えて
発射されたブレスを回避、回避、最後の一撃を強引に
上昇して回避。
無理な軌道で折角の攻撃機会を失うが、それでも
ここで強引に突っ込み突撃槍を叩き込んだとしても
ダメージレートで割が合わない。
敵の攻撃機会が3倍、耐久力が2倍を超え、更に
牙や爪による通常攻撃が致命傷になり得る相手、
銀竜とは比べ物にならない程攻略難易度は上昇する。
勝つ手段は幾つか思いつくが、そのどれもが確実で無く
さらにリスキーな手段ばかり。
もしここにレオがいたならこうも一方的に攻撃を受け、
攻撃機会を潰され不利なことにはなってはいない。
そう考えてからやっと、そもそもこの戦いが居なくなった
レオを発見する為のヒントを得られないかと月間MVPを
獲得する為の名声ポイントを稼ぐために挑んだのを思い出す。
「――って事は、別にこいつ相手に逃げ出しても」
冷静に考える。現在は5月31日23時前後。
ランキングはトップ3に入っておりこれから課金アイテムを
使って10連続で銀竜を倒せば確実にランキングトップに
躍り出るポジションに付けている。
ならここで無理に金竜と魔導機兵を失うリスクを払って
まで戦う意味があるのかどうか―― メリットが無くはない。
少なくてもここで金竜に勝てれば、銀竜を10回倒すより
多くの名声ポイントが手に入りそうなれば他のランカーを
大きく突き放すことが出来る。
補給や機体修理を課金によりカバーしながらの10連戦を
確実にこなせるかと問われてば微妙。ソロで中位の銀竜を
狩るのはサーバーで中堅上位のランカーでしかないガイトに
とってやや荷が重い。
つまり10回銀竜を倒すのと金竜をこの場で撃破する事。
どちらもガイトにとって結果と実現する確率に大きな差は
存在しない。
「……よし、ならよっ!」
ガイトは【ジャンクノート】を更に上昇させる。たとえ
魔導機兵と竜が魔導力学という物理法則を超越した力の上で
戦っているとしても重力から解き放たれている訳で無い。
高度優位は絶対という訳では無いが重力に逆らうものと、
味方に付けたもの、どちらが有利なのかは語るまでもない。
「魔導炉最大出力…… 炉心崩壊まであと三分ちょいっ!」
何も代価を払わずに優位を手に入れることは出来ない。
ガイトが支払ったのは【ジャンクノート】の未来。3分
以内に暴走状態の炉を止めなければ愛機は失われる。
たとえそれがゲーム上にしか存在しない電子データで
あっても、だからこそ消失は絶対だ。それを防ぐための
課金アイテムも存在しているが性能とのトレードオフ。
「レオのアカウントだって消えてんだ、なら――っ!」
レオが行方不明なって1カ月が経過、既にアカウント
の削除はフレンドリストから消えたことで確かめた。
もう一度を二人でプレイするなら最初から。
そしてこれで何もヒントが得られなければそのまま
ゲームから足を洗う。VRゲーム【ドラグーンエイジ】
は嫌いでは無い。
しかし互いに分かり合いまるで半身のように共に歩んだ
親友がいない状態でゲームを続けるのは苦痛ですらある。
「ありったけの全力で、ぶっ潰してやらぁ!」
故にここで魔導機兵を使い潰す。当然愛着はある。
だからこそここで全力を出して使い潰すことが正しい。
十中八九、この行為は無意味だとガイトは気づいている。
ゲームで異世界召喚なんて事は現実にはありえない。
それでも月間MVPを無理にでも取ろうとしたのは実質
諦める為だ。ここまでやったのだからと居なくなったレオに
対する区切りを付ける為の行動。
万が一【むせる赤肩】が言うように月間MVPで何らかの
ヒントが得られるのなら5月のMVPは最後のチャンス。
これ以上の無理な課金と攻略を続けるのは現実的でない。
(高度の優位は取った。なら次は――)
こちらに向かって飛翔しようと翼を広げた黄金竜に
両肩の速射竜断砲での牽制を行う。
威力よりも手数を優先しているとはいえ、竜殺しの武器の
欠片を練り込まれた弾丸は、黄金竜の纏う魔導障壁を貫き
少なくない衝撃を与える。
そう、ダメージでは無く衝撃。
竜と魔導機兵の戦いにおいて、魔導力と運動エネルギー。
この両方が伴っていない攻撃は有効打になり得ない。
特に同格以上の相手に対してはそれが顕著であり、
単体の性能として見るなら中位の竜と互角で突撃槍に
よる白兵戦に特化した【ジャンクノート】の射撃武器は
上位の竜に対して牽制以上の価値はない。
(これで二手…… いや、三手分の優位は得られた)
魔導炉最大出力による一時的な魔導力の増加、
それによって生み出された高度優位。そして牽制射撃
によって稼いだ僅かな時間。
この三手の優位を使い潰せば後に残るのは炉心崩壊を
起こし戦闘力を失った【ジャンクノート】が黄金竜に
一方的に食らい尽くされる展開だけだ。
「「「Guraaaaa!」」」
竜が吠え、砂漠の大地に衝撃波を残してこちらを目指す。
速度では限界を超えた魔導炉の高出力と、重力に乗った
こちらが圧倒的に有利。
この限界を超えた速度を持ってやっと、こちらを一撃で
撃墜可能な遠距離火力を持った黄金竜に対して槍を持って
挑むことが出来るのだ。
竜という生物は堅牢な魔導障壁、そして魔導咆哮の高い
攻撃力を圧倒的な魔導炉の出力を持って両立させることで
【ドラグラド】と呼ばれる世界の頂点に君臨している。
そして人類が作る魔導炉の出力は竜のそれに及ばない。
だから同じ土俵で勝負は出来ない。障壁も咆哮も同じ
ように使えば確実に負けて終わってしまう。
「アーツ【ファントムステップ】偏差は±10%に設定っ!」
掛け声と同時に咆哮が【ジャンクノート】に放たれる。
完全な直撃コースでそれでもガイトは回避行動を行わず
槍を構えたまま直進、直撃、瞬間、黒騎士の姿が揺れる。
いやぶれた。
慣性を含む通常の物理法則を無視したように現状の
ベクトルを限りなく維持したまま咆哮を回避する。
「よし、ダメージは無し。二発目は――」
そして二射目は見当違い、いや物理法則にしたがって
回避した場合【ジャンクノート】が存在したであろう
空間を通り過ぎる。
本来牽制である一撃目を最小限の動きで避けることで
本命である二発目を空振りさせたのだ。
(流石に上位でも初見で対応はしてこない……!)
アーツ、つまり魔導機兵を運用する為のモーション。
剣を振るう、歩行する、飛行する、全ての行動を狭い
操縦席に存在するパーツで制御してしまう事は不可能。
魔導機兵を駆り騎士が自由自在に戦える、もしくは
戦えるように見えているのはアーツを事前に登録し、
操縦桿の動作、もしくは音声入力で制御を行うからだ。
同じアーツを使用しても同じ効果が得られる訳では無い。
状況の見極め、発動のタイミング、そういった物を十全に
当てはめ使いこなすのと、ただ発動させているのとでは
天と地ほどの差が存在する。
そういう意味でガイトはアーツを使いこなしていた。
本来は単純な回避を目的としたアーツを調整して
ベクトルを維持したまま紙一重で避けるように調整。
回避率を下げる代わりにそれによって発生する突進力の
減衰を最小限に抑えながら距離を詰めていく。
(そして、三発目を撃たれる前にっ!)
相対距離が1kmを切ったのを確認、左手に握る操縦桿を
振り金竜をターゲットサイトに捉え撃鉄を引き絞る。
【ジャンクノート】に取りつけられたワイヤークローが
今まさにブレスを吐き出そうとした首に向かって巻き付く。
「Gur?!?!?!」
ブレスの発射を直前に止められた首はもがきワイヤーから
逃れようとするが、幾重にも巻き付いたうえで鱗を貫き肉に
食い込んだ先端がそれを阻む。
「まずは、一本っ!」
そしてそのままの速度で黄金竜に突撃、穂先が中央の
首を貫いた。単純な攻撃力なら上位クラスであっても、
本来なら無傷の状態で黄金竜の魔導障壁を貫き首を沈黙
させることは不可能に近い。
可能にしたのは限界を超えた突撃による過剰攻撃力。
バギリとフレームが歪む音と同時に操縦席にアラームが
鳴り響くがガイトはそれを無視した。
「アーツ【ターンエッジ】、【バーティカル】っ!」
そして突撃槍、正確には円錐では無く両刃を持った
突撃剣槍と呼ぶべき得物の運動ベクトルを突きから
薙ぎに変換。
水平に突き刺さった剣槍を強引にねじり、多くの
エネルギーを無駄にしながら左側の首を刎ね飛ばす。
(これ稼いだエネルギー的優位は終わり。後は――)
黄金竜が吠え衝撃で崩壊寸前の機体にダメージが入る。
アラームは中破を示すオレンジからレッドへ、本来なら
鳴り響くはずのブザー音は設定でオフにしている為、
チカチカと赤色だけが操縦席を染め上げた。
「こっちが止まるか、そっちが死ぬかだオラぁぁっ!」
その瞬間、突撃剣槍を握った右手に黄金竜に残った
右の首が喰らいつく。度重なる無茶でボロボロになった
関節は一撃で吹き飛び【ジャンクノート】とガイトは
主力兵装を失ってしまう。
「はっ! どうせ手放す予定だったんだ。手間が省けたぜ!」
負け惜しみを口にしながら腹を蹴り下に飛び降りる。
現在高度3000m、2秒あれば地面に到達してしまう。
ドラゴンも身をひるがえしてこちらを追おうとするが、
その前にワイヤーが伸びきって体勢が崩れる。
高度500mを切った時点でガイトはワイヤーを
切り離し機体を強引に立て直して上昇に転じた。
だが頭を2本失う大ダメージを負った竜は立て直す
ことも出来ずにそのまま地面に叩きつけられる。
「炉心崩壊まで残時間1分54秒、いや意味ねぇ!」
一方的で理想的な展開でガイトは黄金竜を追い詰めた。
しかしその代償は決して小さくない。【ジャンクノート】は
事実上大破直前、高度なダメージコントロールでどうにか
形を保っているが修理が不可能な致命傷を負っている。
「黄金竜は、まだ死んでねぇ。ならっ!」
残った左手で腰に装備した片手剣を引き抜く。
魔導力を拡散させる性質を持ったいわゆる竜殺しの剣。
攻撃力は突撃剣槍とは比べ物にならない程低いが、
限界を超えた出力をもって自爆覚悟で叩きつければ
瀕死の竜に止めを刺すには十分だ。
「お、おぉぉぉぉっ!」
地面で体勢を立て直そうとする黄金竜に向けて突撃。
いやすべての制御を止め、重力に乗って落下する。
だが竜は残った首をこちらに向ける。体勢を立て直す
事よりもこちらをブレスで迎撃する事を選んだのだ。
「ちぃっ!」
発射された黄金のビームを避ける余裕はない。
今落下ルートを少しでも変えれば、二度と黄金竜が纏う
障壁を貫けるだけの火力を出せる高度と速度は得られない。
回避する事は出来る、その後のリカバリーは出来ない。
何かを犠牲にしなければ敵から優位を得る事は出来ない。
未来は既に使い込み、残っているのは――
「切り裂けぇぇぇぇぇっ!」
片手の竜殺しの剣で咆哮を受ける。高密度の魔導力の
奔流であるブレスはそうする事である程度軽減出来る。
だが軽減されなかった余剰の熱量は剣とそれを握る
左手をゆっくり溶かしていく。
黄金のビームに対処した代価としてガイトは残った
左手を失った。今手元にあるのは攻撃に有意なポジション、
十分な運動エネルギー、唯一装備していた武器どころか
既に左手自体も機能を失っており攻撃は使えない。
「アーツ【ドライブキック】っ!」
手を伸ばした状態から無理やり姿勢を制御し蹴りの体勢に
移行し、そのまま黄金竜の腹に叩き込む。総重量45t
日本の主力戦車に匹敵する重量を超音速で叩きつける一撃は
最初に行ったランスチャージに匹敵する破壊力を発揮した。
「Ruaaaar!?」
右に残った首が叫び、残り2本を斬り落とした傷口から
魔導力を含んだ赤い血液が飛沫を上げながら吐き出され、
その流れが止まると同時に最後の首から声が消えた。
「はは…… あーあ、悪いな【ジャンクノート】」
魔導炉の出力を下げながら、機体の状態を確認する。
右手消失、左手溶解、右足圧潰。それに加えて全身の
フレームに強度限界を超える負荷がかかり崩壊寸前。
炉心も最大出力で運転し続けた結果焼き付いている。
辛うじて原型こそ保っているが事実上の完全大破。
黄金竜を踏みつけた状態で地面に立っているのが
奇跡といっても過言では無い。
このミッションで得られる基本報酬は3000万リュカ。
黄金竜から得られるレア素材を全て売り払えば
1億リュカ近い追加報酬は期待出来るが1年かけて
10億リュカ以上のコストと複数のレア素材で組み上げた
【ジャンクノート】が修復不能になったことを考えれば
完全に赤字を超えた大赤字だ。
「サブマシンじゃ日給100万リュカが良いところ……
こっからレオ無しで稼ぎ直すのは本気で絶望的か」
そう呟いて操縦席の背もたれを倒す。
視界に移るのはサイバーパンクというよりは
錬金術染みたスチームパンクの様な機械群。
「まぁあの時、皆と倒した上位竜王と比べれば
格も下の下だけどよ、全力を出せてそれなりに
楽しかったからよ……」
設定上、アーツを含む行動パターンが詰まった
魔導知能がある部分に向けて言葉を続ける。
消えたレオはたぶん戻ってこない。自分に
出来ることはやるだけやったがたぶん無駄だ。
ただレオがいなくなった後を生きる為の区切りを
付けたくてこんな無茶を続けて、満足は出来ないが
納得する事は出来た。
「あーすまない、じゃないな。ありがとう
【ジャンクノート】俺はこれで――」
そうレオとの思い出に別れを告げようとした瞬間。
甲高い電子音が操縦席に鳴り響いた。
「……あ、メール? 赤肩のオッサンからか?」
センチメンタルな気分を邪魔されて、多少不機嫌に
なりながらもメールボックスを開く。
10通弱の新着メールの題名と送り主を確認して、
一番新しいメールでガイトの目が留まる。
「送り主がL、E、O…… レオっ?!」
アドレスを確認すると既に消去されたレオの物でも無く
他のプレイヤーが悪戯で送ったのかと思い確認すると
【ドラグーンエイジ】公式のアドレスだった。
「なんで公式のアドレスで、レオからのメールが?」
頭の中でグルグルと色々なことが回り始める。
異世界召喚、月間MVPの仕様、このメールの真贋。
様々な思いを抱きながらクリック、開いたウィンドウに
表示されたのは4文字の言葉とYES/NOの選択肢。
「はは…… なんだよ」
ずっと昔を思い出す。まだ小学生だった頃。
虐められていたレオに対して自分が言った言葉。
『もう虐められたくないってならたった一言、
4文字で良い――』
「――タスケテって言ってくれりゃそうしてやるから」
メールには同じ言葉が書かれていた。
胸が熱くなる。あの時自分もレオに助けられたのだ。
殴る蹴るしか能が無い自分だって誰かを救えると知れた。
もしあの時レオがその言葉を口にしていなければ、
自分は今よりももっと酷い人生を歩んでいたと確信出来る。
暴力は誰かを助ける為にしか振るわない。暴力を楽しむ
最低な人間がたった一つ決めて守っているルール。
そして自分を救ってくれたレオがもう一度同じ
言葉を吐いている。色々な可能性が頭を過ぎる。
だがガイトは全部些末と切り捨てて一通だけメールを
送った後、迷わずボタンを押して――
次の瞬間、ガイトはVRゲーム【ドラグーンエイジ】
からログアウトしてしまう。
その後の事で日本で語れることは殆ど無い。
【むせる赤肩】に『俺が失踪したら異世界召喚は本当だ』
と書かれたメールが一通届き、その言葉通りガイトもレオと
同じように失踪したという事実だけは確かだった。