5-4
「あーその、まずローシュタイン本家とか分家とか
そこからちょっと説明して欲しいというか……
ぶっちゃけ何がどうなってるんだ?」
ガイトの言葉にレオは視線を下に落とす。何か説明し
難い事があるのは察せられるがどんな状況でどんな問題
が発生しているのかを理解しなければ話は出来ない。
「ふむ…… 一から説明すると長い話になるからな、
中庭で立ち話する程度で終わるようなものでも無い。
レオナ、久々にお前が淹れたお茶が飲みたいのだが
用意を頼んでも構わんか?」
「う、うん。けどお茶なら自動人形のメイドでも……」
「人の手で、お前の手で入れた茶が飲みたい。
俺のわがままである事は分かっているんだが」
「ほんと、ブレイズにぃは……」
そう小声で呟いてレオはすっと姿を現したアインに
椅子の用意と機体の片づけを命じて館の奥に道具を用意
しに消えた。中庭にはガイトとブレイズ、そして3機の
魔導機兵と数人の自動人形が残される。
「ブレイズ様、ロードパラディンは?」
「いつも通りで構わん、格納庫に入れておけ」
「畏まりました」
丁寧な仕草で一礼、そのままブレイズが降りて来た
時に使っていたワイヤーの処まで歩いて握りしめる。
その動作に反応してワイヤーの巻き上げがスタートし
無表情な自動人形が操縦席に収まった。一瞬だけガイト
にスカートを下から覗きたいという欲求が芽生えるが、
シーリング不足の急造品ならどうせ球体関節だと思い
直して踏みとどまった。
「意外と簡単に機体を預けるんだな」
「なに、それだけレオナを信頼しているという事だ」
そうでなければ1人で飛んで来るようなマネも
しないとブレイズは肩を竦める。これまでの流れに
ガイトは自分が知らないレオの人生を感じて少しだけ
悔しいと思ってしまう。
それがレオをブレイズに取られたという嫉妬なのか、
それともレオが自分には無い絆を持って居る事に対する
嫉妬なのか、はたまた別の感情なのかは分からない。
「ふむ、レオナの方もまだ準備に時間がかかるだろうし
しばらく中庭で時間を潰すとするか」
「さっきの続きでもするか?」
「それも魅力的だが…… もっと優先すべき事もある」
その言葉を待っていたかのように1体の自動人形が
机と椅子を持ってきた。アインでは無い茶髪の短髪で
メイドカチューシャを付けた個体だが何号機なのかは
ガイトには判別がつかなかった。
「うむ、御苦労」
鷹揚に答えてブレイズは用意された椅子に腰かける。
中庭でお茶を楽しむ為の椅子とテーブルのセットで素材
は色合いから見て真鍮製。傷の様子を見る限り古い物
だが丁寧に手入れされている事が分かる。
「つまりレオが巻き込まれた状況の説明を?」
「本人の口から言い難いこともあるだろうからな
そもそもレオナが平常心で説明出来るかどうか
という問題もある」
ここでようやくブレイズがお茶の用意という名目で
レオに感情を纏める時間を用意させたことをガイトは
理解した。
「それで、ガイトはどこまで知っているんだ?」
「レオの両親が竜に襲われたって事くらいだな」
「意味は分かっているんだな?」
事も無げに、なんの気負いもなくブレイズが踏み込ん
で来るのを感じる。貴族としてみると驚くほど直球。
辛うじて明言を避けてはいるが事実上のデッドボールと
言っても過言では無いかもしれない。
「どうでもいい、どっちの意味であったとしても
助けが必要だったからこの世界に俺を召喚した。
それで十分だ」
「ふむ、まるで召喚される前から顔見知り
――いや相棒だったような口ぶりだな」
ブレイズの言葉にどこまで話すべきかガイトは悩む。
ある程度事情を知った上でガイトにブラフをかけている
のか、それともレオの真実を知ろうとしているのか。
色々な考えが頭を過ぎるが、ガイトがいくら考えても
ベストどころかベターな答えすら浮かんでこない。
「実際に知り合いだったんだよ。日本にいた頃はな
レオは日本から異世界転生させられたんだよ……」
頭で考えても無意味。だから自分の拳を、殴りあって
ブレイズを信頼出来る相手だと感じた心を信じる。
ブレイズは目を細めガイトから視線を外す。
そしてため息をついて――
「相棒、レオという愛称…… 男から女になったのか?」
「そういう事になるな」
ブレイズは先程より深いため息をつく。そこには
微かな怒気とある種の納得の気配が込められていた。
「ずっと不思議だった。レオナが自分の両親を殺した
理由が分からなくてな。傍目にはそれほど問題がある
ようには見えなかったがその話を聞けば納得できる」
だから昔レオナと呼ぶと不機嫌になっていたのかと
いう呟きを聞いて、バリウスとミリリリアもレオの事を
レオナと呼んでいなかったことを思い出した。
レオナという名前そのものを嫌っていたという事実を
あの二人もどこかで感じていたのかもしれない。
「もしかして両親の死が原因でこの状況に?」
「当たらずとも、遠からずかな。生きて居ても
結果には差が無かったと思うんだけど……」
振り返ると館の方からサービスワゴンを押した
アインを従えレオがこちらに向かって歩いて来る。
キャスターワゴンといってもキャスター式の物
ではなく魔導力の応用で浮遊するタイプである。
正確にはマギフライングワゴンと呼んだ方が良い
のかもしれないが、機能的にはキャスターワゴンで
そちらの方が分かり易い。
直径40cmの半球型浮遊ユニットの上に長さが
60cm程の支柱が3本突き立っており、その上に
ティーセットを設置する天板が乗っている。
一見するとお洒落アイテムに見える気がしなくも
無いが半球型浮遊ユニットの醸し出す空気が致命的
にスチームパンクである為、イギリス紳士の狂った
紅茶感が拗れた代物に見えてしまう。
なお魔導力を込め続ける事でお湯を沸騰させる事
や保温する事も可能なのだが小型とはいえ魔導炉を
積む必要がある為費用対効果は最悪だ。
ドラグーンエイジの時に攻略には完全に無意味な
コレクターズアイテムとして手に入れたのは知って
いたがこちらでも用意してたのは予想外だ。
「いくら美少女でもこれは許されない気がする」
「少し魔導狂いではあるが嗜みの範疇だぞ?」
どうやらガイトが想像している以上にこの世界の
貴族の嗜みとはフリーダムだったようで頭が少し
痛くなった。
そうこうしている間に、レオは天板の下から
ティーセットを用意して手慣れた手つきでお茶を
淹れる。それに合わせるようにアインが菓子を
盛った3段トレーをテーブルに設置する。
1番上にマカロン、2段目にスコーン、そして
3段目にサンドイッチが用意されている。しかし
良く見ればそのサンドイッチの具に見覚えがあり
恐らく今朝の朝食に使った余りを流用したのだと
察する事が出来た。
「さてと、一番説明し難い部分はもうガイトと
ブレイズにぃが話してくれたから全体の話を
していく感じでいいかな?」
まるで先ほどの会話の内容を聞いていたかの様
な振る舞いに違和感を感じる。だがよく考えれば
この屋敷に存在する自動人形のメイドを操作して
いるのはレオであり、会話の内容を確認するのは
造作もないことで、それを知った上でブレイズも
周囲のメイドを下がらせなかったのだろう。
「ああ、まず初めにローシュタインの本家と
分家についての説明からというのはどうだ?」
「それより先にローシュタインという家が持つ
特殊性についての説明から始めようかと」
どうやら召喚者でこういった家の知識が薄い
ガイトに合わせて始めから説明してくれる流れ
になったようだ。
「まずローシュタインという家はプラティナウス
諸侯連合国において特別な地位を持っている」
「男爵家なのにか?」
「それはレオナが継いだ分家の方だ、本家の方は
侯爵家で王族の血が入って居ないことを除けば
国内でも最大規模の貴族だと思っていい」
気が付くと目の前に紅茶が置かれていた。話を聞いて
いる間にレオが置いてくれたのだろう。とりあえず二人
の真似をして一番下のサンドイッチに手を伸ばす。
「それで、どういう意味で特殊な一族なんだ?」
「400年前に新しい方式の召喚術式を作って
以後、召喚によって莫大な富を得ているんだ」
400年前、時間差が200倍つまり現実世界に換算
して2年前。VRMMOゲーム【ドラグーンエイジ】が
正式リリースされた年だ。
「そういえばドラグーンエイジって名前はこっちでも
ちゃんと通じるのか? あー、もうちょっとその辺り
すり合わせた方が良かった気がして来た」
「安心しろ、召喚者は時々おかしな事を言うものだと
そういう認識でこっちは動いている。レオナだって
小さい頃はそりゃもう大変だった」
「い、いや小さい頃の話はやめてよブレイズにぃ!」
顔を真っ赤にして怒るレオとそれをいなすブレイズ。
平時に出番は無いと宣誓された時と同じ場所が少しだけ
痛んだ気がした。
「それでどんな感じでトラブっているんだ?」
「本家で主流になれなかった前ローシュタイン男爵が
30年前に賭けに出て、未開拓地だったこの一帯を
開拓しその時運よく鉱山を発見。その後本家がそれ
を無理やり手に入れようとしたのに前男爵が反発」
「本家を見返そうと研究を進めた結果が僕って訳。
体内に生まれた胎児の肉体を調整して性能向上、
そうやって生まれた肉体に必要な能力と知識を
持った人間を転生させるんだ」
外法だなとブレイズは呟いた。ただその怒りは既に
死んでいるレオの両親に向けられている。無論ガイトも
同じ気持ちだ。
「けどその技術を使えば永遠の命が手に入るんじゃ?」
「成功率が10%以下で一定以上の生命力が無いと成功
しないっていう致命的な問題点があるから自分で使い
たい物じゃないかな」
精々僕みたいに超人を作る程度の使い道しかない
と自嘲気味に呟くレオ。その割には安全装置が存在して
いないようにガイトは感じたがだからこそレオの両親は
死んだのだと1人で納得した。
「えぇっと、つまり冷飯食ってた前男爵がこの辺り一帯
を一発逆転を狙って開拓したら鉱山にクリティカル。
それを本家が寄越せと言って来てブチ切れた結果、
戦力としてレオが転生させられたけど順当に前男爵
夫妻は罪の代価を払う羽目になったと」
「そうだね、その上で本家は僕とこの領地を狙ってる」
「直接という形では無く、子飼の便利屋を使ってだな
アーク=M=ハグマール子爵、レオナなら名前を
聞いたことがあると思うが?」
レオはそれ聞いた瞬間本気で嫌そうに表情を歪め、
気分直しとばかりに一番上のマカロンをえいと口に
放り込む。
「どんな奴なんだそのアーク=Mハゲマル子爵って?」
「うーん、見た目は名前詐欺かなぁ。ハゲでもないし
デブでもないし、カイゼル髭のボサボサ茶髪で結構
オバサン受けするタイプのおっさんかなぁ?」
「だがその本質は婚約により得た領地を焼畑農業的な
手法で利益を搾り取って放置する悪辣な貴族だな。
止めようにも、実際ヤツが狙う領地はそうなっても
仕方が無いレベルの処ばかりというのもある」
ブレイズ曰く、資源はあるが戦力が不足していて
戦線が崩壊しなし崩し的に撤退する事になり易い場所
を狙って焼畑農業をしているらしい。
普通なら利益が出なくても、土地に民が居る限り
守る必要がある、だからこそ土地を守る貴族は尊敬
されるのだが、アーク子爵はその義務を放り出す事
で利益だけを享受しているのだ。
「本来ならうちの領地、スタンディスタを2~3機は
用意しないと不味い位の経済規模なんだけど……」
「ああ、もしかして本家からの妨害が?」
「そうだね、たぶん最初からこの状況になる事を
見越してたんだと思う。本来はもう少し早く事を
進める予定だったけど竜の群が現れ一時中断」
「居なくなったから、当初の予定通りにか」
つまり、今回のアーク子爵の目的はレオナとの婚約。
ブレイズ曰くローシュタイン本家の後ろ盾だけでなく、
30機の魔導機兵という大戦力を持って物理的に断れな
い状況に持っていく事を狙っているらしい。
「この状況を乗り切る方法は2つある、まず1つが」
「僕とブレイズにぃの婚約でしょ、却下」
「ふむ、理由は?」
「ブレイズにぃと結婚した場合、分家とはいえ一つ
貴族の家が消える事になるから周囲の家は反対する。
そもそも僕が今までこうして独身だったのは親殺し
の血まみれ女男爵という悪評以上に周囲の家が
牽制しあってたってのが大きいからだし」
つまりポストが減り自分が利益を得られる可能性が
小さくなるのを周囲が嫌がるという事だ。アーク子爵は
それをローシュタイン侯爵家の威光で押しつぶせるが、
辺境伯という立場で同じことをするのは難しい。
「なら、そういう問題が全部片付いてしまえば?」
「そ……それでも、いゃ。かな?」
レオはブレイズの質問に対して、真っ赤になりながら
ガイトの方に視線を送る。その視線も気になるがむしろ
ブレイズからの生あったかい視線の方が鬱陶しかった。
「ふむ、ガイトとの婚約でも俺は構わんぞ。払う物さえ
払うのなら喜んで後ろ盾になってやる。少なくとも
俺がレオナと無理に婚約するよりはずっといい」
「いや、その…… なんだ? 冗談って訳じゃないのは
分かってるんだが。何というか、あれだよ……」
全て理解していた、レオが自分を男として見ている
部分があるという事も。多少なりとも自分がレオを
女として見ている部分がある事を。色々な事を口走った
記憶もあるが、そのままの関係で無い事は確かなのだ。
「……なんなのさ?」
「俺から見ると一週間前まで男だった相手な訳で」
主観的に一週間前まで確かにレオは男だった。流石に
男の状態で付き合ってくれと言われればガイトは考えた
上で丁寧に断っただろう。
だがしかし、レオナから迫られて。それが自然だと
思う自分、性欲に負けているだけだと言う理性、レオを
大切にしたいならもっと考える必要があるという心が
せめぎ合って居るのだ。この場で簡単に答えは出ない。
「我儘だな」
「悪いかよ」
そもそもレオの感情が自分を男性として求めている
という処までは確かかも知れない。しかしそれが女性
の体になってしまったことで不安定になった心を支える
為なのか、それとも物語のヒーローの如く自分を助けに
来てくれた相手に惚れてしまったのか、場合によっては
これまで押さえつけてきた劣等感が女性化した事で恋に
置き換わってしまった可能性もある。
自分にも、そしてレオにもまだ時間が必要だ。
「別に俺は我儘が悪いとは言っていない」
ブレイズはガイトの目を見つめながら言葉を続ける。
「ただ、我儘を言うにはそれを押し通す力が必要だ。
それが無ければ周囲から認められる事も無くその
我儘は潰されて終わってしまう」
心からの助言だと理解出来る。だがそれでもガイトは
今ここでレオと結ばれたくないと思ってしまうのだ。
「ねぇ、ブレイズにぃ」
先程まで顔を赤くして黙っていたレオが呟く。
「力があるなら、我儘を言ってもいいんだよね」
「ほう、何かあるのか?」
ニヤリと口元を歪めながら零した言葉に対して
ブレイズは面白いものを見つけた少年の笑みを返す。
「ジャンクノート」
「なっ!?」
予想外の言葉にガイトの意識が一瞬止まる。確かに
ジャンクノートが手に入るなら、この前倒した緑竜を
群れごと正面から叩きつぶす事も不可能では無い。
しかし召喚術式では実態が無い物は召喚出来ない。
だからアインを含む自動人形はこちらで用意された
筐体に召喚したルーチンを植え込んで作られている。
だがその名を言い切ったレオの表情には自信が満ち
溢れていた。だからガイトはその顔を、昔と同じ勝利
の方程式を組み上げたレオの表情を信じる事にした。
次話投稿は02月11日(木)になります。




