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「そういえば最近、獅戸の奴見ないけどどうしたんだ?」
「獅戸…… ああ、礼央の事か! 何か休んでるみたいだぜ
気になるんだったら応堂に聞いてみたらどうだ?」
「げぇ、流石に勘弁。普段だったらまだしも今スゲェ機嫌が
悪そうな顔してるしよ。元から怖い顔が余計に怖い。あれ
もう視線だけで人殺せるわ」
ワイワイガヤガヤと昼食時の緩んだ空気のカフェテラスで
耳が拾ってしまった言葉でガイトのイライラは増していく。
レオが月間MVPを取ってから、即ち行方不明になって
1カ月が過ぎようとしていた。
季節は春から夏に向かい、ガイト達の通うキャンバスの
桜は散って日差しが強くなったがレオは行方不明なまま。
レオとガイトは幼馴染でありそして親友だった。
強面で体格が良く、人から避けられるガイト。
弱気で人が良く、虐められる事もあったレオ。
そんな正反対で、得意な分野が違ったからこそ二人は
中学生から大学に入学するまで友人として互いの弱点を
補い合ってきたのだ。
ただその結果、不良気味な行動を取っていたガイトに感化
されレオがイイ性格になったのが良い事かは分からない。
ガイトの方はやや性格が丸くなり、成績が上がったという
意味で素直に良い影響を受けたのかもしれない。
良くも悪くも、互いを互いのまま受け入れて、その上で
相手の好ましい部分を学び、そして足りない部分を互いに
補い合う関係。
だからイライラする、ガイトにとってレオが居ないのは
半身が無いのと同じといっても過言では無い。男同士で
ベタベタしてと裏で陰口を叩かれているのは知っているが
だからどうしたという話でしかない。
「やる気でねぇなぁ……」
そう言いながらスケジュールを確認する。今日の午後から
入って居る講義は出席点の割合がとても低く、試験で赤点を
取らなければ問題なく単位が取れるものばかり。
そして全ての講義に知り合いがいてノートを借りられる。
つまり絶対出席する必要はない。
「……サボるか」
ガイトは呟いて空になった丼を食器返却口に持っていく。
そしてそのまま講義がある校舎ではなく、図書館を目指す。
この時間帯なら図書館にあるVRスペースは空いている
だろうし私物のVRドライバーを使い【ドラグーンエイジ】
をプレイしても咎められないのだから。
それから30分後、ガイトは大学のカフェテラスではなく
VRゲーム【ドラグラド】内に存在する国家プラティナウス
諸侯連合国の首都の酒場にとある男から呼びだされていた。
「つまり、どういう事なんだ?」
「まぁ、出来の悪い小説みたいな話だよな……」
男の名はバットブレンド、二つ名は【むせる赤肩】。
50年前のアニメそのものをモチーフにロールプレイを
しているらしいがガイトはそれに関して詳しく知らない。
だが年齢こそ離れているが、少なくても冗談は洒落に
なる範囲で済ませるし、嘘をつくようなタイプではない。
だからこそ彼が口にした内容を改めて聞き直す。
「確かなことは【ドラグーンエイジ】のトップランカーが
定期的に失踪、もしくは行方不明になってるって事と?」
「ああ、何人かSNSやブログの様子を確認してるから
間違いない少なくても急にネットに顔を出さなくなった
奴が何人もいるのは確かな話だ」
まるで出来の悪い小説のプロローグとしか思えない内容に
ガイトは頭を抱え、その上で確認を続ける。
「そいつらがレオと同じように失踪してる証拠は?」
「失踪した連中とリアルで付き合いがある相手に確かめた」
つまり、自分と同じような人間が複数いるのだろう。
あの時のレオと同じように、ランキングに乗った事を共に
喜んでいた途中不意にログオフ、以後の行方は分からない。
その翌日、リアルでレオの家を訪ねて分かったことは
まるで【ドラグーンエイジ】をプレイ中に突然消えた
としか思えない状況だけ。
マンションの防犯カメラには帰ってくる様子はあったが
出て来る様子は映っていない。事実上の密室失踪事件。
「そういえば、警察って何やってるんだ?」
「ただの行方不明者扱い。高校の時にクラスメイトだった
刑事に話を聞かれたが、ゲーム内でのトラブルが原因で
失踪してるんじゃないかなーって感じだったぜ?」
赤肩はカウンターに置かれた温いビールを飲み干す。
ドラグーンエイジ内の世界【ドラグラド】は竜とロボットが
殴り合う事を除けば中世から近世ヨーロッパ風味の世界観で
当然冷えたビールなんてものはその辺に存在していない。
最もこの温いビールも雰囲気だけのもので実際には
ゲーム内で酔う訳では無いがロール重視のプレイヤーは
喜んでこの不味くて温いビールを飲み干していく。
「で、そんな中まことしやかにあの噂が流れてるって訳だ」
「失踪したランカーは異世界に召還されている、か?」
「まったくVRゲームから異世界召還なんざ手垢の付いた
展開なんてよ、俺が子供の頃に流行ったレベルだぜ?」
赤肩は豆をつまみにしながらもう一杯ビールを注文する。
給仕服姿のNPCがそれに応えてすぐに新しいビールを
持ってきて空になったジョッキと引換にして話を続ける。
「……けどよ、VRゲームが出来たのは俺達が小学生の頃、
赤肩のおっさんが子供の頃に無かったんじゃないのか?」
「未来に存在するであろう夢のガジェットって奴よ、確か
クロスだかクロノだかってって古典が切欠で流行ってよ。
なんかこう一般名詞並の扱いになっちまってて、現実に
VRマシーンが出た時はやったぜって気分よりようやく
って気分で一杯だったぜ」
子供の時からVRゲームで遊んできたガイトには赤肩の
感覚は分からない、典型的なジェネレーションギャップ。
「で、あれか。そんな古典みたいに神様のミスで死んだ
主人公に対して救済として異世界転生とか異世界召喚
みたいなベタな噂が流れてるのか?」
「いや、もうちょっとそれらしい感じの噂だな」
赤肩の話を簡単に纏めると以下のようになる。
このゲームの基幹プログラムを作り上げたプログラマーは
まるで何か神の啓示を受けたかの様にプログラムを組み上げ
られたとこぼしていた。
霊感が鋭い人間はゲームをプレイ中、何かに見られている
感覚に襲われる。このゲームのトップランカーの半数は失踪
して運営会社はその事をひた隠しにしている。
もしくは運営はランカーを異世界に輸出しているetc……
色々な噂を統合すると、要するにこのドラグーンエイジ
自体が異世界ドラグラドで魔導機兵を駆りドラゴンを倒す
騎士を育成し召還する為のシステムという事らしい。
「……神様がお詫びで転生とか、無作為に召喚より理屈は
通ってる気はするけどよ、なんで日本人なんだ?」
「そりゃ、使いやすいからじゃねぇの?」
「日本人が?」
「一定の教養があって比較的従順、不義理を働かない限り
裏切ることは稀。ホレ、戦闘力さえフォロー出来れば
理想的な戦士になるって寸法だ」
そして新しく注がれたビールを飲み干してカウンターに
それを思いっきり叩きつける。乱雑な扱いを受けたジョッキ
はそれでも割れることなく、ドンと大きな音を立てた。
「まぁここで話しても何か解決する訳でもないけどよ!」
「……せめてなんか手がかりみたいな物はないのかよ?」
「……手がかりって言うか、まぁこれも噂なんだがよ」
赤肩は更にビールを、ついでにつまみに飛竜の唐揚げを
頼みつつ言葉を続けた。
「月間MVPに輝くと変なメールが来るらしいぜ? 何でも
異世界ドラグラドへの招待状って奴らしい。手がかりを
本気で掴みたいなら――」
「――月間MVPを狙えって事か」
そう呟いてガイトはそれまで口を付けて居なかった温い
ビールを一気にあおる。口の中に広がった苦味はレオが
いなくなった後のイライラを消してはくれなかった。