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屑鉄のジャンクノート  作者: ハムカツ
魔王復活編
19/24

5-3


 赤茶けた荒野の空を白い魔導機兵が切り裂いて

飛んでいく、空戦可能な魔導機兵は自由に空を飛び

どこまでも駆け抜ける翼を持っている。しかしその

操縦桿を握る召喚者の心は鉛の様な重い感情で満た

されていた。



(はぁ、異世界召喚されたってのになぁ……)



 桐谷透(きりやとおる)は数日前までただの大学生だった。

強いて特徴を上げるなら一年浪人してしまった為、

高校時代の友人と疎遠になり大学で孤立。そのまま

バイト代の大半をVRゲームに注ぎ込んでしまう

負け犬のオタクになってしまったダメ人間である

事くらい。


 他人より優位に立つ事を望みワザワザ重課金ユーザー

が少ない中堅処のVRMMOを選び、そこに親の仕送り

とバイト代を突っ込んでランキングを上げる自己顕示欲

の塊の様な男である。


 しかし決して能力が低い訳では無い。課金込みとは

いえ万単位のプレイヤーが存在するゲームで総合順位

上位100人に入れるだけのプレイヤースキルを持ち

日常生活を破綻させないだけの自重もある。


 だからゲーム内でレアなアイテムや装備が入手できる

チャンスである年間総合順位よりも、実質課金アイテム

が手に入るだけの名誉称号である月間MVPを取ろうと

したのは自己顕示欲を満たそうとした結果でしかない。


 月間MVPになれば異世界召喚されるという噂を信じ

本気になっている連中をあざ笑おうとしただけだ。


 特にトップランカーでもない癖に何度か自分に黒星を

付けた【屑鉄の魔王】が必死になっていたからというの

が理由としては大きい。


 結果として数ポイントの差で【屑鉄の魔王】を抑え

5月の月間MVPに輝くことになり、噂通りに異世界

召喚を示唆するメールを受け取ることになる。


 そのメールをどうするか少しだけ悩んだ。トオルは

ドラグーンエイジの世界観に惹かれている訳では無い。

自分の実力で他人を見下せるポジションに立てる環境が

好きなだけで、そもそも本当に異世界召喚されるとも

思ってはいなかった。


 だからトップランカーが何人か行方不明になっている

というのもただの話題作りでしかなく、この異世界召喚

のように見えるメールも次回作のテストプレイヤー募集

か何かのだと捉えていた。


 悩んだのはこのままドラグーンエイジで自己顕示欲を

満たすのか、どれ位流行るか分からない次回作を先行で

プレイする選択肢、どちらを選ぶのかという話である。


 しばらく悩んだ結果、後者を選んでしまったトオルは

大した覚悟も無いまま異世界召喚されてしまったのだ。



(呼びだした相手がな、なんであんなのなんだよ)



 これで相手が美少女だったらまだやる気を出していた

かもしれない。これで呼びだした相手が本気で助けを

望んでいたならここまで腐らなかったかもしれない。


 しかし彼を呼びだしたのはアーク=M=ハグマール。

40代子持ちの中年オヤジの子爵であり、呼びだした

理由もただの戦力の拡充でしか無かった。


 そしてなお厄介なことにアーク子爵はトオルを軽く

見ることなく彼が満足できるその実力に見合った地位

と報酬を与えてしまったのだ。



(ああくそ、たとえ相手が中年オヤジであろうと

 誰だって同じだ。俺の立場になればこうなるさ)



 もし単純に横暴な貴族であれば、トオルを見下し部下

を使い捨て、周囲に悪意をまき散らすだけの屑であれば

また違った物語が始まったのかもしれない。


 だが自分を認めて貰え、十分な餌を与えられ外の世界

に飛び出す事の危険性を理解してしまえば。人間は進む

事を止めそこに留まろうとしてしまう。たとえその環境

が喰い潰された見知らぬ誰かの犠牲の上に成り立って

いると知ってしまったとしても。



(金もある、地位も得た、女も宛がわれてその上自分が

 出来る範囲で遣り甲斐がある仕事まで与えられれば俺

 以外の誰だってこうなる……っ!)



 イライラした気分のままでトオルは愛機を駆る。

スタンディスタ・フライヤー、プラティナウス諸侯

連合国における最強の量産機を空戦仕様にした中位

魔導機兵である。


 ガンフォルテやエアリズと同じ単眼(モノ)ではなく

バイザー式の頭部は双眼(デュアル)と比べるとやや精悍さに

欠ける部分もあるが、単純な構造から生まれる信頼性の

高さから来る機能美を好む者も多い。


 量産機でありゲーム中ではチュートリアルマシンと

して扱われているが、カスタマイズさえ重ねれば十分

にトップランカーのガチプレイにも対応できる名機。

 

 ゲーム中では重課金の末に自分専用にカスタムした

上位魔導機兵を駆っていたトオルにとっては物足りない

部分も多いが我慢出来ない程でもない。



 ただ標準型の魔導仕掛け(マジックパンク)な操縦席の雰囲気には

未だに慣れることが出来ない。トオルとしてはもっと

SFチックな雰囲気の方が好みである。しかし残念な

事にトオルの実力では課金してもランカーに入れない

人気作かランキングに入っても自尊心を満たせない

不人気作の二択しか無かったのだ。


 そこで自分の好みを優先し、そのどちらかをプレイ

していれば今こうやってモヤモヤを抱えながら異世界

の空を飛ぶ自分はいなかったのかもしれない。


 そんな下らないIfを考えながらトオルは与えられた

任務である進軍ルートの偵察を続けていく。



 トオルの雇い主であるハグマール子爵の目的は表向き

の目的はローシュタイン分家領へ援軍であり、裏の目的

は分家領の当主であるレオナ=L=ローシュタインと

ハグマール子爵との婚約の成立だ。


 どちらにせよローシュタイン分家領に向かう必要が

ありそのルートは2つ存在する。1つはロックハート

辺境伯領を進む安全なルート、もう1つは誰の領地でも

ない竜の群が支配する西部の大荒野を横断する危険な

ルートである。


 通常なら金を払ってでもロックハート辺境領を通る。


 しかしそのロックハート辺境伯子息がローシュタイン

分家領とその当主であるレオナ女男爵を狙っているのは

周知の事実であり、確実に妨害を受けるルートよりも

マシだとハグマール子爵は大荒野横断を選んだ。



 事実これまで大小合わせて30匹近い竜に襲われて

いるがハグマール子爵が誇る遠征騎士団は消耗すること

なく前進を続けている。


 子爵が駆る上位魔導機兵1機、トオルを含めて3機の

中位魔導機兵、下位魔導機兵に至っては20機を超える

大軍勢。並の中位竜程度なら問題なく正面から撃破可能

な戦力である。


 ただし数の割に竜断砲を装備した機体が少ない為、

ローシュタイン分家領を襲った群が報告通りに下位竜

が100匹以上の群であったならやや厳しい。


 しかし分家領を治める女男爵を抑えればそれで十分。

後はあの領地に存在する鉱山から産出する鉱石を餌に

必要な戦力を動かせばいいというのがハグマール子爵

の考えだ。



(実際戦力的にはその通り、そしてそうする事で

 大きな利益が生まれて来るのも間違いはない)



 現状、分家領から産出する貴重な鉱石の半分以上を

ロックハート辺境伯が独占的に買い取っている。その

独占状態を婚約成立によって崩壊させ希少鉱石の市場

価格を下げる。


 それによって大きな経済効果があるのは間違いない。


 ただ問題なのはそうやって得られた影響力を使って

ハグマール子爵の支配する地域が増えそこで不幸になる

人間が生まれるという事実だ。


 利益が出るまでしゃぶりつくし搾りカスになったら

住人ごとその領地を放置する焼畑方式の領地経営で

多くの人間を犠牲にしている。



(せめて、そこを隠して騙してくれればまだ……)



 その事実を知らなければトオルは正義の騎士として

胸を張ってハグマール子爵に仕えていただろう。しかし

その実体は旨みがあるが問題がある領地を婚姻関係で

強制的に乗っ取り、旨みだけ吸い尽くせば後は放置する

悪徳貴族である。


 当然一週間仕えただけでそれを調べ上げられる能力が

トオルにある訳では無い。周囲の様子からそれとなく

理解させられた。ワザと情報を隠さないことで警告と、

そして共犯意識を植え付けるのが目的なのだろう。



(くそ、くそっ! 逃げるのは論外。コネが無い人間が

 どうなるかなんて分かり切っている。俺に魔導機兵に

 乗る以外の才能なんてない。召喚者チートなんてもう

 やりつくされた後、ここを飛び出しても死ぬだけだ)



 そんなネガティブな感情に支配されている最中、

操縦席にアラームが鳴り響く。レーダーの端に光点

が3つ、速度から見てはぐれの飛竜だと理解出来た。



「本隊に報告、いやこの数でこの方向なら……」



 操縦桿に用意されたレバーで巡航モードから戦闘モードに

切り替える。ゲームでは単純に魔導力消費の増大として表現

されるだけだが、この世界では体温の上昇や心拍数の増加と

いった形で体にも影響が出る。



「武装選択、ウィップエッジ」


 

 最初は戸惑ったが、数回ほど実戦を繰り返せばすぐ気に

ならなくなった。平常心のまま左腰に装備した剣を愛機に

装備させて、左手のバックラーを構えて突撃体勢を取る。



「アーツ【ブーストダッシュ】っ!」



 亜音速だった速度を一気に超音速まで加速させる。

翼の端から赤色エーテルの粒子が溢れ、音と空気を切り

裂きながら30kmという距離を飛翔。正面モニターに

飛竜(エモノ)の姿を捉えた。



「アーツ【アッパースラッシュ】っ!」



 その声に反応しスタンディスタが持つ片手剣に切れ目

が走りバラバラに千切れ、いや中央に通ったワイヤーを

軸に繋がったまま鞭としての形を成す。蛇腹剣、地球上

には存在しない空想上の武器。だがドラグラドにおいて

は魔導力という力がそれを実現させた。


 バラバラになった剣をしならせて、大きく振りかぶり

その動作で一番手前にいた飛竜を真っ二つに切り裂く。


 綺麗に決まった奇襲に反応する事すら出来ずに最初の

飛竜は地に墜ちて赤茶けた大地に深紅の華を咲かせた。


 次は振り下ろしつつ流れるように右側に刃を振るう。

2匹目の飛竜は回避しようとするがそれに合わせて

トオルは愛機の手首を捻って逃げた先に刃を飛ばす。


 まるで刃に向かって自分から突っ込んだような形で

頭を砕かれ命を失った。


 3匹目は残りの2匹が犠牲になった時間で体勢を

立て直してスタンディスタに向かって突っ込んで来る。

正直下位竜の突撃程度で中位魔導機兵の装甲はビクとも

しない、ただ白い装甲を赤い竜のエーテルで汚すのは

気分が悪い。


 本隊と合流した後でヒソヒソ噂をされるのも出来れば

避けたい、蛇腹剣を鞭から剣に戻して対応するのが基本

だがそれを守らずに蛇腹剣を薙ぎ払う。



「アーツ【インパクト】っ!」


「Gru!?」



 更に命中する直前、ダメージを与えることよりも衝撃

を与える事に特化したアーツを発動。相手を無力化せず

コースを変更させた。



「アーツ【リッパー】、これで終わりだっ!」



 血飛沫が届かない距離から離脱する瞬間、返す刃で

最後の飛竜の喉笛を切り裂いた。赤いエーテルが空を

染めるがそれはスタンディスタまで届かない。


 接敵から数秒で3匹の飛竜を無効化する。竜殺しの

金属を使った蛇腹剣で魔導障壁を無効化して戦ったとは

いえここまで一方的に倒せたのはトオルの技量があって

こそだ。


 奇襲する事が出来ずに正面からの戦いになれば少しは

手間取ったかもしれないが結果は変わらない。機動力で

連携を崩して切り倒す。それを3度繰り返すだけ。



「状況終了、中位竜ならまだしもこんな状況じゃ

 下位竜の素材なんぞ持ち運ぶ余裕も価値もない」



 通常ならそれこそ30万リュカ、日本円に直せば

300万円相当の資産を捨てるようなマネはしない。

だが2日かけて竜が溢れる荒野を横断する状況で

それを運ぶ余裕はない。


 下位魔導機兵を駆る並の騎士なら話は別だがそれで

も行きがけに拾うような馬鹿はいない、運べる量には

限りがある。



(帰りがけなら知り合いに1~2匹譲ってもいいかもな)



 下位竜を蹴散らし、少しだけ溜飲が下がったトオルは

再び周囲の索敵に戻るのだった。


次話は2016年02月07日(日)に投稿予定です。

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