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ストックが…… 切れた
「巧さんも本当に暇人ね、大学の量子コンピュータを使っ
てVRゲームを非合法にハッキングする事に一体どんな
意味があるっていうの?」
「ちょっと知りたい事があってな、すまん迷惑をかける」
本郷巧はプロデューサーである。古いオタク作品の
版権を整理しスポンサーを集め商売にするのが仕事だ。
本人は版権ゴロと自分を卑下しているが、周囲からは
利益と作品の質を両立しスポンサーと顧客を満足させる
仕事人として認識されている。
ただ同時に興味を持った事に対しては妥協せずに調べ
上げる悪癖も持っており、今もドラグーンエイジに関わる
集団失踪事件の調査にのめり込んでいる。
興味本位では済まない不正アクセス禁止法に引っかかる
非合法な形でのハッキング。それも高い演算能力を持つ
量子コンピュータを使った大掛かりな手口。
本来彼はグレーゾーンの向こう側に足を踏み入れてまで
自分の興味を満たそうとするタイプでは無い。だが今回は
興味だけでは無く知り合いが行方不明になっているのだ。
本郷巧としての興味以上に【むせる赤肩】として自分の
仲間がどこに消えてしまったのかを確かめて、そして可能
なら再び会いたいという思いで真相を探っている。
「別に構わないけど。私は貴方のこ、恋人な訳だし?」
本郷はナイスミドルからナイスを取ったようなごく普通
のオッサンでしかない。それに対して今軽く赤面しながら
本郷に対して恋人宣言を行った相戸由美は黒髪ショート
で白衣を纏ったクールビューティな研究者のイメージその
ままな美女である。
そんな彼女と自分が釣り合うと本郷は思っていない。
だが色々なことがあったのだ、それこそこんな冴えない
男を白馬の王子様だと勘違いしてしまうような色々が。
「俺も悪い男だな、自分の興味本位で年若い恋人に
犯罪の片棒を担がせようとするなんてよ。本当に
嫌なら止めても良いんだぞ?」
「馬鹿ね、貴方と恋人になったのは面白い事を一緒に
見たいからなのよ? そもそも巧さんの人格よりも
行動に惚れているようなダメな女なんだから好きに
使って構わないわ。嫌だったら勝手に逃げるし」
一体どういう話なの? とクールビューティを崩して
子供の顔で本郷に詰めよって来る。もう既に20歳は
超えていると思えない無邪気さである。
本郷本人では無く彼が巻き起こすトラブルに惹かれた
と断言し詳しい話を聞く前から嬉々として法を犯す事を
躊躇しない彼女の姿を見て本郷は少しだけ不安になるが
もう後には退けない。
「ドラグーンエイジって知ってるか?」
「今からハッキングしようとしてるゲームよね?」
どうやら由美は最近のゲームに詳しくないらしい。
どこから説明を始めるべきかと本郷は頭を悩ませる。
こういった多岐にわたる分野にまたがった言葉の説明は
場合によってクドくなったり、また逆に足りなかったり
と加減がとても難しい。
「VRゲームやMMOについての説明は必要か?」
「量子サーバー上に法則やルールを持つ仮想空間を形成。
人間の脳が行う感覚の入出力をVRドライバーによって
現実からそっちに切り替える事で仮想空間上で遊べる
ゲームの事でしょ?」
一応VRの研究をしてるんだからと豊満な胸を張る由美
に釈迦に説教だったかと本郷は呟いて、VRドライバーの
マイクモードとスピーカーモードをONにした状態で頭に
セットした。
VRマシンを起動すると人間の五感は事前に設定された
仮想空間上でのそれに上書きされてしまうがマイクモード
を起動して居た場合、仮想空間上の音声に加えて周囲の音
も同時に聞こえる状態になる。
更にスピーカーモードをONにする事でVRゲームを
プレイしながら現実空間の人間と会話する事も可能だ。
つまり仮想空間上で喋ろうとした内容がマイクを通して
外部に出力されるという事になる。
マイクとスピーカーがオンになった事を被った状態で
確認し本郷はリラックスチェアに身を横たえる。VRの
研究をしているという事もありかなり高級なタイプだ。
「MMOの方は一般的なネットゲーム。それもソシャゲ
みたいにポチポチやる奴じゃ無くて、ガッツリ系って
認識で大丈夫かしら?」
恐ろしくふわっとした理解でありソシャゲでポチポチ
やるようなゲームでも大規模多人数同時参加型のゲーム
が存在してい無い訳ではない。
しかし据え置き型ゲームを全てファミコンと表現する
レベルの理解であっても、何となく皆でワイワイやる
タイプのゲームと理解していれば今は十分。
チャットで連携して同じフィールドを移動しながら
クエストを攻略していくタイプのゲームという認識は
あるものとして話を進めていく。
「大丈夫だ、それじゃダイブするから後の接続を頼む」
本郷は頭にかぶったVRドライバーのスイッチを入れ
仮想空間にダイブした。目の前の光景にノイズが走り、
視界が反転し気づけば直径5m程の仮想空間の中央に
浮いている自分を確認する。
本来ならノイズや反転といった要素は必要では無く
スイッチを入れた瞬間に視界は仮想に切り替わる。
これらの演出は本郷の趣味でしかない。ただし仮想と
現実をシームレスに行き来すると一種の認識障害が発生
する確率が高くなるという研究結果もあるのでまったく
無意味という訳では無いのだが。
『巧さーん、そっちの様子はどう?』
ポン、と目の前にイルカのキャラクターが現れる。
由美が仮想空間にダイブせずにデスクトップパソコン
から操作しているアバターで最近のVRドライバーと
連携可能な情報機器に標準的に用意されている物だ。
本郷の世代だとついついお前を消す方法と入力したく
なるような姿をしており、下手な個人製作のアバターと
比べ物にならない情報密度から生まれるオーバーな表情
は日本人の神経を逆なでする。
「大丈夫だ、量子コンピュータと接続してくれ」
『了解、特に問題は無い筈だけど気を付けてね?』
次の瞬間、一気に真っ白でSFチックな幾何学模様が
走った球形の空間が爆発的に広くなる。急に広大な空間
に放り出された感覚に本郷は驚くが、くるりとイルカ型
のアバターが回った瞬間直径10mの白い足場が現れた。
『大丈夫? 人によってはトラウマになるみたいだし』
VRドライバーに量子コンピュータを接続した事で
急激に表現可能な領域が増大した結果がこれだ。
直径1km程の空間の中央に突如として放り出される
経験は高所恐怖症で無くても恐ろしいと感じてしまう。
「ああ、ちょっとオジサンの心臓には悪かったかな」
『ご、ごめんなさい……』
イルカのアバターがパタパタと表情を変えしゅんと
悲しそうな表情になった。それ自体を可愛いと思わない
が現実で焦りながらアバターを操作している由美の様子
を想像すると可愛らしいと感じる。
由美が落ち着くのを待とうと周囲を見渡すと視界の端に
何かのアプリケーションが映った。正体を確かめようと手
を伸ばしたが傍に寄せることも展開する事も出来ない。
次の瞬間本郷の耳に管理者権限がありませんと最初期型
の合成歌唱ソフトによるアラートメッセージが届く。この
量子コンピュータの管理者とはうまい酒が飲めると本郷は
確信した。
「それで、どこまで話したか?」
『VRMMOについての説明までだった筈』
イルカがクルクル周囲の空間を泳いでいる。因みに
現在本郷は自分そっくりのアバターにトレンチコート
とソフト帽の探偵スタイルだ。普段は出来ない格好を
楽しむのもVRの良さの一つである。
なお本郷の知り合いにはVR空間であえて女性の体
を使用してネカマをやって居る人間もいるがそこまで
やるのは少数派だ。
現実と違う体は違和感を伴う為、最初の内は色々な
アバターを試す者も多いが最終的に自分と近い体型の
アバターに落ち着いていく。
「そうだったな。それでこのVRMMOゲームである
ドラグーンエイジで今、一つの問題が起こっている」
『ゲームでのトラブルというと人間関係のイザコザ?』
「集団行方不明事件だ」
その言葉に由美は首を捻って頬に指を当てたあざとい
ポーズを取るが残念ながら仮想空間にいる本郷にその様子
は伝わらない。精々急に動作が止まったのを見てアバター
の操作に飽きたのかと思う程度である。
『同じゲームをプレイして居る人間が?』
「同じゲームをプレイして居る時にだ」
由美の表情が真剣な物に変わる。こつこつと研究室の
中央に設置してある量子コンピュータに歩み寄って手を
添えた。当然その様子は本郷には見えない。
『もしかして、量子テレポートの可能性があるとか?』
「流石にSFもびっくりな展開だとは思いたくないが」
由美の冗談に半分冗談、半分本気で本郷はそう答えた。
調べれば調べる程、行方不明になった人間が突然消えて
しまったと考えるしかない。移動した証拠も、記録も、
何も残ってないにも関わらず人が消えていくのだ。
本郷が調べた範囲だけでも10人以上、プレイヤーの
母数から見れば大した数では無いが一般人がほんの少し
調べただけでこれだけの人数が見つかったのだ。
これは氷山の一角で、もっと多くの人間が行方不明に
なっていると考えた方が自然である。だからこそ恋人を
頼って犯罪そのものなアプローチを試しているのだ。
それこそVRゲームの根幹である量子コンピュータが
暴走し何らかの条件で人をテレポートさせているという
普通の人が聞けば失笑しそうな可能性も考慮している。
ガイトに語ったような異世界召喚ですら有力な候補
としている訳では無いが、可能性としてはありえると
考えている程だ。
「何か条件があったりするの?」
「ゲームの成績で優秀な人間が多いな」
「まるで古典のゲームやアニメでありそうな展開じゃない
それでどうするの? そのゲームでトップを狙うとか?」
そういえばガイトが今月のMVPを狙っていたなと
仮想空間内で時計アプリを展開する。時刻は23時
30分、多くの人間がゲームをプレイしている時間帯で、
丁度この時ガイトは黄金竜と死闘を繰り広げていた時刻。
尤もこんな時間にコソコソハッキングしているのは、
ゲームのピークタイムを狙ったというよりも本来は研究
で使用されることが多い量子コンピュータを私的に使用
出来るのがこの時間しかなかったという理由なのだが。
「いや、まずは必要な情報を得る為に通信プロトコルの
解析から頼む。ちょっと難しいかもしれないが……」
そう言いながら自分のVRドライバーにインストール
していたハッキングに必要な資料をイルカのアバターに
手渡した。容量が少ないこともあり一瞬でアイコンが
目の前から消えてなくなる。
『特に問題ないというよりもこの環境で通信内容を
開いて確認できるわ。暗号化も申し訳程度で何より
内部からのパスコードもあるみたいだし』
「まぁうん、協力者と必要な装置を揃えればこうなるか」
完璧なセキュリティというものは存在しない、人間が
運用する以上どこかに穴は存在する。ドラグーンエイジ
の販売元は内部での管理権限を切り分ける事でリスクを
下げていたがそれでもご覧の通り。
実は協力者自身もドラグーンエイジをプレイしていた
家族が行方不明になった人間であり。本郷が軽く話を持
ちかけただけで積極的になった位である。
そういう意味ではこの犯罪が露見するリスクは非常に
少ない。営利目的であれば金の動きから、物理的な物を
窃盗するならそのもの自体が証拠になるが今回本郷達が
狙っているのは情報だ。
(もっとも、こうやって量子コンピュータを使うって
手も足跡が残るんで本来は良くないんだがな……)
なお今回のハッキングでは新型に更新予定で一週間以内
にフォーマットされる予定のコンピュータを使っている。
さらにやる内容がデータの改ざんではなく解析で結果も外
に漏らす予定は今のところ無い。
違法行為ではあるが問題になる可能性は非常に小さい。
また違法行為であっても証拠さえ掴んでしまえばそれを
元に合法的な手段で相手を追い詰める方法は幾らでも
存在しているのだ。
「さて、それじゃ洗って欲しいのは……」
自分のVRドライバーに入っているアプリケーションの
起動を念じる。次の瞬間、本郷が使用しているアバターの
周囲にアプリケーションを示すアイコンが表示される。
虚空に指をスライドさせドラグーンエイジのアイコンを
選択する。昔はワクワクしながら起動していたデフォルメ
された主役機ポジションの魔導機兵のスタンディスタと、
代表的な中位竜である赤竜の姿が今は恨めしく感じた。
『今巧さんが手に持ってるアイコンのゲームが?』
「ああ容量がデカいから注意してくれ……ってさっきは
分からなかったがイルカにファイルを渡すと食べるのか
……大丈夫だと分かっていても心臓に悪いな」
渡した大容量のファイルをモゴモゴと口にするイルカの
目が光り由美の操作でドラグーンエイジが起動する。視界
が切り替わり会社のロゴマークと版権が表示された。
この辺りの様子と雰囲気はTVゲームもVRゲームも
殆ど大差は無い。2次元の画面か3次元の仮想空間の違い
があるだけだ。
特にやれることが無いので未だにモゴモゴとファイル
受け取り中のイルカのアバターを撫でてみようかと思う。
しかしその感覚が由美にフィードバックしないと考え直し
本郷は手を止めた。
そしてオープニングをスキップしスタート画面に到着。
そこにあるのはStartとExitの2枚の扉。仮想空間で基幹
となるアプリケーションを切り替える時には分かり易く
区切りを設ける事が法律で定められているらしい。
VR黎明期に多発した有料空間詐欺を止める為らしい
が未だにその被害は減っていないらしい。20年程前に
インターネット上での詐欺にひっかかる老人を馬鹿に
していた若者達が、自分達が老人になってVR詐欺に
引っかかる。因果と呼ぶにはあまりにも情け無い話だ。
『巧さん、構造のチェックは終わったんだけど
出来ればプレイしながらの方が解析しやすいし、
実際にゲームを始めてもらっても大丈夫?』
「ああ、分かった。ちょっと待っててくれ」
本郷は仮想空間上に作られた地面を歩く。時々その
足場が何で出来ているのか気になって怖くなる事も
あるがそんな事を気にしていてもしょうがない。
ドラグーンエイジの雰囲気に合わせて魔道仕掛け
で飾られた複雑に絡まる金属管や用途が分からない
多数のメーターが据え付けられた扉を開く。
扉の向こうに足を踏み入れた直後本郷のアバターが
赤肩に切り替わる。濃い劇画風味で青い短髪の18歳
前後の青年の姿だ。わざわざ特注でダボダボした騎士服
を用意している辺り見る人が見れば呆れる程の趣味人
っぷりであった。
既に由美が操るイルカのアバターはここには居ない。
ちゃんとしたゲーム内でのアバターを用意しなければ
ドラグーンエイジの世界に入ることは出来ないのだ。
ただしマイクモードとスピーカーモードの両方が
ONになっているので問題なく会話は出来る。
しかし先ほどの様に由美のアバターは存在しない上、
赤肩以外には由美の声は届かない為、他のプレイヤー
から見ると電波を受け取っている人間に見えてしまう
のでこの状態でうろちょろすべきでは無い。
さてと一言呟いて赤肩は自分の個人格納庫を見渡す。
数日前にログインした時と同じように4機の魔導機兵
が待機状態で待ち構えていた。
特注で緑色に塗ったガンフォルテは単眼ではなく
複数のスコープを組み合わせた複雑な物に交換されて
いるのが特徴で自分の手でパーツをデザインした本郷の
お気に入りだ。
下位魔導機兵でありながら、純粋にゲームをプレイ
する相手に合わせる時に使う中位魔導機兵を遥かに
超えたリアルマネーを注ぎ込んでいると説明すれば
彼の酔狂さが少しでも伝わるかも知れない。
なお奥の一角に壊れたパーツが山積みになっているの
は整理がめんどくさいからでは無く赤肩の趣味である。
「そういえばログインするのは3日ぶりか……
折角だしメールのチェックでもしてみるかね」
赤肩は格納庫の端に用意されている魔導端末を起動
させた。ガイトがドラグラドで使っていた物と比べ、
一回り小さくまたデザインも洗練されている。
世界観の再現よりもユーザーの利便性を優先した結果
なのだがこれでも常時オプションウィンドウを開く事が
出来る一般的なVRゲームと比べると雰囲気作りに力を
入れている。
ただし画面の表示はガイトが使用していた端末の様に
緑のドットを組み合わせた物では無く、一般的なPCと
ほぼ同等の水準となっている。
実際に碌な通信技術が存在しないドラグラドにおいて
メールに相当する物は存在してい無い。それに合わせて
ゲーム内でもユーザー間では最低限拠点でのメールの
やり取りは可能となっているがミッション中にそれを
自由に利用する事は出来ない。
この仕様は召喚術式をゲームの設定という形で脳裏に
焼付けられたプログラマーと、ゲームの利便性を考える
プロデューサーの双方が妥協した事で生まれた物だ。
しかしそれなりの雰囲気と耐えられる範囲の利便性は
多くのユーザーにとって納得できる妥協点となっている
部分もあり世の中何が幸いするかは分からない。
「……まぁ、失踪事件関係のやり取りはリアルで
やっているからこっちに新しい情報が来てる訳
は無いんだけどな」
そんな事を言いながらメールを確認していく、未だ
このドラグーンエイジに関する失踪事件に関する情報を
ただの噂だと思っている無邪気な知り合いからのメール
を微笑ましく眺める最中に新着のメールが到着した。
赤肩は画面をタップしメールを開いて内容を確認した
瞬間に固まる。たった一行異世界召喚を示唆した内容。
「由美っ! 今から指定するプレイヤーを監視してくれ!」
『この子ね、すぐに――!?』
量子コンピュータ側で本郷が何をしていたのか確認して
いたのだろう。指示を出した瞬間に作業を開始、次の瞬間
息を飲む音が届き量子コンピュータを冷却する為のファン
が回転音がマイクを通じて赤肩に聞こえた。
本来通常型のPCと比べて熱が殆ど発生しない量子
コンピュータでファンが起動するのは専門家ではない
赤肩でも理解出来る明らかな異常事態た。
『なにこれ!? 大量のデータ転送…… けど送り先は?
ああもう、本当にこれは何がどういう事なのよ!?』
一体何が起こったのかは分からない。だがその結果を
予測、いや何が起こったのか理解出来た赤肩は1通だけ
メールを送信する。それがこの訳の分からない状況を
解決する手掛かりになる事を半ば確信しながら赤肩は
魔導端末のエンターキーを押し込んだのだった。
しばらく本編の更新はストップします。一応今後は週一で
今までの4話分位を投稿していくことを目標に出来ればと。
異世界召喚編のリテイクもして行きたいですし。
出来れば変わらぬご愛護と一章完結祝いで感想やポイント
を頂けるとその、非常に嬉しいですOrz




