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ありふれた恋歌  作者: 徒然
第一章 邂逅
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第9話


 シンとした気詰まりな空気を破ったのは、ウィルの方だった。

「ごめん、意地悪な事を言った。忘れてくれ。」

 動揺が収まらないままに頭を振る。自分でも、自覚していないことだった。

 私がイサクを思い浮かべる時、それは決まって今よりももっと幼い顔のイサクだ。

 明るく無邪気な笑みを浮かべるイサクも、マーヤを愛しげに見るイサクも、私は大好きだった・・・。

 どうして、今のイサクを思い浮かべようとしないのか・・・。

 そこまで考えて、ヒヤリとしたものが胸に落ちた。

「本当にごめん。でも、ユニがあの男の話ばかりするから、その・・・悔しくて。余計な事を言った。」

 思ってもいない言葉に驚いて顔を上げると、少しだけ顔を赤くしたウィルがいた。


「そうだ、腕の方はどうだ?あまり動かさないようにしていれば、もう大丈夫だと思うんだが。」

 自分の言葉にあまり突っ込まれたくないのか、ウィルは急に話題を変えた。

「う、うん。確かに、動かすとちょっとまだ痛いけど、じっとしていれば何ともないよ。」

 うっかり動かしてしまわないように首から手を吊り下げて固定してはいるものの、もう見た目程には酷くない気がした。

「でもちょっと、気になることがあって・・・。」

 言いながら、右手をゆっくりと握りこむ。それは自分が想像した動きよりも、やけに緩慢なものだった。

 いずれ傷が完全に治れば自然に分かることだと言い訳をして、できるだけ考えないようにしていたけど・・・でも、やっぱり気になる。

「・・・・・私の手、思ったように動かないの。指なんて、全然怪我と関係ないはずなのに。ウィル・・・私の右手、もう元通りにならないのかな?」

 できるだけ何でもないように言おうとしたのに、少しだけ声が震えてしまったことを、ウィルは気付いてしまっただろうか?

 傷跡が残ってしまうことは、諦めていた。自分でも見えにくい場所だし、服を着ていればそのうち気にならなくなるだろうと思って。

 最初は痛むのが怖くて動かさなかった右手・・・でも、傷が次第に治っていくうちに、気付いてしまった。

 ただ物を掴もうとしただけなのに、力が入らない。手の先だけなのに、思ったように動かせない。

「ユニ・・・・・。」

 ただ、名前を呼ばれただけだった。でも、その気遣うような、低い声で分かってしまった。

 力なく視線を落とした私の右手に、暖かい手がそっと触れる。

「完全に元通りになるとは言えない。だが、ちゃんと訓練をすれば、少しでも良くなる可能性はある。だから、諦めるな。」

 ウィルの言葉はとても力強くて、落ち込む私の気持ちを不思議と引き上げてくれる。

「もし不自由だというのなら、俺がユニの右腕の代わりになる。」

 その言葉にウィルに視線を戻すと、驚くほど真剣な表情をしていた。

「ユニの代わりにご飯も食べさせてやるし、着替えも手伝うし、髪を洗うのだって・・・。」

 なぐさめようとしてくれるのは分かるけど、真剣な顔と言ってる内容がどうにもそぐわなくて、可笑しくなってつい笑ってしまった。

「そんなことしてたら、ウィルは自分の生活ができないじゃない。でも、ありがとう。ちょっと元気出たみたい。」

 私から手を離したウィルは、本気なんだけど、と言って苦笑した。その後すぐに立ち上がって、大きく伸びをする。

「もっとゆっくり話していたいけど、時間切れだ。どうやら、客が来たようだ。」


 何の事かと私も立ち上がって、入り口の布をめくってみた。

 外には誰も立っていない。

 辺りを見回すと、村の入り口の方からヤタクと父が歩いてくるのが見えた。

 遠目でも何となく誰だか分かるけど、ここまではまだかなり距離がある。天幕の中にいてどうして彼らが来るのが分かったのだろう?

「ウィル、どうして分かったの?」

 たずねると、ウィルはクスリと笑って冗談のような返事を返した。

「耳は良い方なんだ。」

 笑った方がいいのかどうなのか迷ってるうちに、二人は顔を覗かせてる私に気付いて早足で天幕へと近づいてきた。


「ユニ、男と二人っきりで部屋に閉じこもるなんて、お行儀が悪いぞ!お前もいい年頃なんだから、それくらい気をつけないと。」

 しぶい顔の父が小声で言った言葉に、ヤタクは苦笑して父の肩を叩いた。

「それより、ウィル殿はおられるか?話があるんだが。」

 ヤタクの言葉に、私は天幕の外に出て入り口をふさぐように立ちはだかった。

「槍ならありません。私がしっかり探しましたから!他をあたってください。」

 本当は探そうともしなかったけど、ヤタク達がウィルを疑って天幕の中を家捜しするのかと思うと、とても許せなかった。

 鼻息を荒くする私の服を、父がクイクイと引っ張る。

「そういうつもりで来たんじゃない、別の話があるんだ。とにかく、そこをどきなさい。」

「別の話って何?」

「大人同士の話だ。ユニは家に戻っていなさい。」

「私はもう大人よ!ちゃんと説明して!」

 私を蚊帳の外に置こうとする父の態度に余計に腹が立って、つい声を大きくしてしまう。

「ユニ、大丈夫だから。二人を通してくれないか。」

 私の後ろから姿を見せたウィルは、苦笑して私の肩を叩いた。

「でも・・・・・。」

「本当に大丈夫だ。ユニは家で待っていてくれ。後でちゃんと説明するから。」

 ウィルがそう言うのなら、私がここでいつまでも意地を張ってるわけにもいかない。私は牽制の意味を込めてヤタクと父を睨みつけてから、ウィルに別れを告げた。

「何かされたら、遠慮なく言ってね?じゃあ、もう帰るから。」

「お前、父親の言う事は聞かないくせに・・・。」

 娘の言動に多少ショックを受けたらしい父を置いて、私はウィルに手を振った。

「まっすぐ家に帰れよ。遅くなるとアトリが心配するだろう。」

 父に配慮したのかそんな事を言うウィルに分かってると返して、私は家へと向かった。



 そこへ行こうと思ったのは、ふとした思い付きだった。

 槍が保管されていたはずの族長の家の倉庫は、一体どんな風に荒らされていたのだろう。

 今日はみんな仕事どころじゃないだろうし、家に帰ってじっとしてると、色んな事を考えてしまって疲れそうだったから。

 だから、ほんの少しだけ遠回りをした。

「・・・・・イサク?」

 倉庫の周囲には、数人の大人とイサクがいた。

 呼びかけようとした声が小さくなったのは、イサクがやけに挙動不審に見えたからだ。

 荒らされた倉庫の中を見ているようで、時折周囲の人間にチラチラと視線をやっては辺りをうかがっているように見える。

 ほかの大人達は倉庫の周囲や中を真剣な表情で見てまわっていて、イサクの様子には気が回らないようだった。

 倉庫の扉の影に入ったイサクは、誰も自分に注意を向けていないのを確認すると、ゆっくりと握りしめていた手を開いた。

 その手の中から、小さな何かが地面に転がり落ちる。

 イサクは自分が落としたその何かを見ようともしないまま、その場を離れた。

「悪い、ちょっと水飲んでくるよ。」

 そんな声がかすかに聞こえて、イサクは早足で倉庫から去っていった。


 イサクの姿が完全に見えなくなってから、私は倉庫へと近づいた。

 何となく嫌な予感がして、誰かに気付かれる前に急いでイサクが落としていったそれを拾い上げる。

「ユニ、どうしたんだ?」

 声をかけられて、心臓が大きく跳ねた。

「う、うんっ!ちょっと気になって・・・。ほんと、酷いね。槍の他に盗まれたものはなかったのかな?」

 倉庫の鍵はどうやって開いたのか、壊されたような形跡はなかった。

「他にって言っても、金目のものはないからなあ。でも、多分慣れた奴なんだろうな。針金かなんかで鍵を開けたんだろう。」

 傷一つない錠前を苦虫を噛み潰したような顔で睨んだ彼は、大きく溜息をついた。

「盗んだ奴はもうとっくに遠くへ逃げたと思うけど、念のため今日はあんまり表に出ない方がいい。危険だからな。」

「うん・・・・・そうだね。」

 調査に戻る男の後姿を見送って、そっと握り締めた左手を開いてみる。


 そこに見えたものに、一瞬本当に息が止まったような気がした。

「・・・・・これって・・・・・。」

 小さな丸い金属のボタン、その中に黒い翼の意匠が入っている。

「イサク・・・・・・。」


 それは、黒き翼。偉大なる大陸の王の下、かの王の手足となることを誓った者達が使うことを許された意匠。

 もし私が見つけなければ、他の誰かがこれをここで拾っていたら、槍を盗んだのは当然エストアの誰かだと思うだろう。

「イサク、どうして・・・・?」

 ジクジクと痛む心臓を押さえながら、私は浅く息をして落ち着けと何度も繰り返し自分に言い聞かせた。


 何故イサクはこのボタンを落としたのか。

 ・・・それは、槍を盗んだ犯人がエストアの人間だと思わせるためだ。

 それなら何故、イサクはそこまでして犯人をエストアの人間だと言う事にしたいのか。無実の人間に罪をかぶせたとしても、槍は戻ってこない。

 ならどうして?


 ・・・・・だけどもし、槍を盗んだのがイサクだとしたら?

 どうしてイサクが槍を盗む必要がある?槍は、村の唯一の宝なのに。

 それがどれだけ大切なものなのか、この村で生まれ育ったイサクには十分すぎるほどよく分かっているはずだ。

 そこまで考えて、はっと気付いた。

 イサクはこの村を嫌っているわけじゃない。むしろ、大切に思っていると思う。

 それでも、イサクにはそれよりも優先するものがある。

 村よりも、家族よりも、何よりも大切なものが・・・。


 それに思い至った時、私は弾かれたように駆け出していた。


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