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ありふれた恋歌  作者: 徒然
第一章 邂逅
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第8話


 いつもなら鶏の声で目が覚めるのに、今日はざわざわとした人の声で目が覚めた。

 胸騒ぎがして布団から出ると、母が不安げな表情で家の戸を開け、外を見ていた。

「お母さん、どうしたの?お父さんは?」

 声をかけると、母は我に返った様子で手を胸にあてた。

「ヤタクのところへ行ったわ。私達も行かないと・・・。」

 そう言って、慌しく家の戸締りをはじめる。

「行くって、どこへ?何かあったの?」

 一瞬手を止めた母は、真剣な表情で戸惑う私を振り返った。


「槍が、ウルの槍がなくなったらしいの。」

「えっ・・・・ウルの槍?」

 何が起こったのか、わけが分からなかった。

 ウルの槍は、この村を作ったウルという男が持っていた槍だ。

 まだこの国が名を持たず、数多の部族同士が憎みあい、領土をめぐって争いを続けていた暗黒の時代。

 ウルは黒き翼持つ夜明けの太陽の下、自らの命を惜しむことなく、ただ槍一本だけを頼りに多くの敵を倒し、多くの味方を救ったという。

 最初の槍が折れ、二本目の槍が折れた時、黒き翼持つ夜明けの太陽がウルに与えたというその槍は、決して折れることなく、錆びることなく、終生ウルと共に在り続けた。

 その槍はウルの子孫達に受け継がれ、祭りや特別な日に族長が手にすることになっている。

 それ以外の時は厳重に保管され、表に出されることはない。

 いってみれば槍は、ウルの村そのものの象徴でもあった。

「・・・・・とにかく、集会場に行きましょう。多分、お父さんもそこにいると思うわ。」

 動揺する気持ちのまま、私達は急いで身支度をすませて、集会場へと向かった。


 集会場といっても、特に何かがあるわけではない。村人全員が集まれるくらいの広さがある場所に、目印の棒が立っているくらいだ。

 そこには、ぞくぞくと村人達が集まってきていた。

 集会場の奥では族長とヤタクが深刻な表情で言葉を交わし、父がヤタクの代わりに村人への対応を行っていた。

 話を聞いたのか、それとも呼ばれたのか、トウリの人達やエストアの人達も既に来ていて、深刻な表情で互いに言葉を交わしていた。

 その中にはウィルの姿もあったけど、デリックと話し込んでいて私には気付かないようだった。


「盗賊といい今回のことといい、本当に、どうしてこんなことが続くのかしら。」

 嘆く声が聞こえたけど、その問いに答えられる者は誰一人としていない。

 誰もが俯き加減で、不安をあらわにしていた。

 村人達の大方が集まったころ、族長は手を叩いて自分の方に注目を集めた。

「みな、よく聞いてくれ。我が村がこの百年以上にわたり守ってきたウルの槍が、何者かによって持ち去られた。犯人は分からぬ。誰が何の目的でどこにやったのか、検討もつかぬ。・・・・・だが、探さねばならん。」

 重々しい族長の言葉を、誰もがシンとして聞き入った。

 族長の隣に立つヤタクが一歩前に進み出て、大きく声を張った。

「槍を保管していた場所は、明らかに荒らされた後があった。昨日の昼過ぎにその場所を通った時は、異常はなかった。だから、昨日の昼から今朝方にかけてのことだと思う。誰か、不審な者を見た者はいないか?気付いたことがあれば、何でもいい、何かないか?」

 

 再びザワザワとしだしたみんなを黙らせたのは、イサクの言葉だった。

「昨日、エストアの隊長さんが村の中をうろついてたのを見た。夕方くらいだ。一体何の用だったんだ?俺には、何か探してるみたいに見えたけど?」

 挑発するような言い方に、エストアの兵たちが色めき立つ。

 私は血の気が引くような気がした。

 確かに、ウィルは昨日、何か気になることがあるとかで、村の中にいた。

 でも、ウィルが槍を盗むなんて、そんなことをするはずがない。

「族長!彼は確かに昨日、村の中にいました。でも、彼がそんなことをするはずがありません!私達を、無償の厚意で助けてくれるような人です!」

 数日という短い間だけど、ウィルの人となりを見て、決して盗みなんかする人ではないという自信がある。族長達だって、きっとそれは分かっているはずだ。

 大声を出す私を、イサクは鼻で笑った。

「無償でやってるのが、バカバカしくなったのかも知れないだろう?」

「イサクっ!なんてことを言うの!?」

 あからさまなイサクの攻撃に、怒ると同時に泣きたくなってくる。

 どうしてだか、イサクがそんな風に言うことがとても悲しかった。


「黙っていればどこまで我らを愚弄する気かっ!隊長っ、もう我慢できません!こんな所はさっさと引き上げて、エストアに帰りましょう!」

 デリックが顔を真っ赤にして大声を上げた。それに同調するように、他の兵達も声をあげた。

「仲間同士で疑うようになったら、もう終わりだな。・・・貴方は何か言う事はないのか?」

 ドルガ様が吐き捨てるように言って、もどかしげにウィルに反論を促した。

 ウィルは考えるように集会場を見回して、肩を竦めた。

「特にはないな。だが、疑われたままというのも気分が悪い。今日はみんなで天幕に引っ込んでるとしよう。その間、どの天幕でも自由に入って探してくれればいい。後ろめたいことはないし、問題ないだろう?」

「そうか。・・・それなら、我らもそうしよう。槍を持ち逃げされたと思われてはかなわないからな。」

 憤まんやるかたなしといった様子でドルガ様は集会場を後にし、エストアの部隊も怒りで顔を赤くしながらその後に続いた。

 唯一怒っていないようだったのはウィル一人だけで、彼は私に視線を合わせて大丈夫だというように笑顔を見せると、私達に背中を見せて天幕へと戻っていった。


 その後はもう誰からも発言はなく、村の中でも何かしらの役を持った男達が集会場に残って今後の相談をすることになった。

 厳しい表情で立ちつくすイサクに歩み寄ると、私は声を荒げて詰め寄った。

「いつからそんな礼儀知らずな人間になったの!?ウィルを疑うなんて、目が曇ってるとしか思えない!」

「世間知らずなんだよ、お前は。この狭い村の中しか知らないくせに、簡単に外の人間を信用しすぎだ。」

「じゃあイサクは外の世界を知ってるって言うの?私と同じように、村から出た事もないくせに!」

 私の詰る言葉に、イサクも次第に目を吊り上げてきた。

「しょせんよそ者はよそ者なんだよ!連中に頼ったのがそもそもの間違いなんだ!」

「ウィル・・・・・。」

 頑迷な言葉にショックを受けた私は、次に何を言えばいいのか分からず、口を閉じてしまった。

 言い負かせたと思ったのか、イサクは表情を和らげた。

「この件にはもう口を出すな、ユニ。後は俺達が何とかする。」

 そう言ってヤタク達の方に向かうイサクを、私はただ呆然と見送るしかなかった。

「ユニ・・・家に帰りましょう。」

「うん・・・・・。」

 しばらくして後ろからそっと私に声をかけた母は、私を促して家へと歩を進めた。

 母に手を引かれて歩きながら、頭の中ではさっきのイサクの言葉が繰り返されていた。

 あんなに、心の狭い人だっただろうか?あんな風に、証拠もないのに人を疑うような人だっただろうか?

 いくらイサクが今、マーヤのことで普通の精神状態じゃなかったのだとしても、人にあたっていい理由にはならない。

 ウィルは、何もしていない。イサクに、何も悪いことをしていないのに・・・。

 そう思ったら、急にウィルと話がしたくなった。

 申し訳なくてとにかく謝りたいという気持ちと・・・・・あと、無性にウィルの声が聞きたくなった。

 あの落ち着いた声を聞いたら、何だか元気になれそうな気がした。

「お母さん、私・・・ウィルのところに行ってくる。」

 そう言って立ち止まると、母は一瞬驚いたように目を大きく開いて、そしてすぐに笑顔で頷いてくれた。

 

 村の外にある天幕のあたりは、いつもの喧騒もなくシンと静まり返っていた。

 みんな中に入っているのか、人気はない。

 ウィルの天幕に向かうと、声をかけるより前に入り口の布がよけられてウィルが顔をのぞかせた。

「あ、ごめんなさい。どこかへ行くの?」

 ちょうど外出するところだったのかと体を脇によけると、ウィルはいつもの笑みを浮かべて私の肩を抱き、天幕の中へと引き入れた。

「足音が聞こえたから、のぞいて見ただけだ。」

 ウィルは私を座らせると、横に並ぶようにして自分も座り込んだ。

「さっきは庇ってくれて嬉しかった。ありがとう。」

「そんなっ!私達の方こそ、ごめんなさい。あんな失礼なことを言って・・・・・。」

「謝らなくていいよ。ユニのせいじゃない。それに、ユニは俺の事、信じてくれるんだろう?」

「当たり前よ!ウィルは、命の恩人だもの。」

 そう言うと、ウィルは何故か少しだけ寂しそうな顔で苦笑した。

「イサクも、本当はあんな人じゃないのよ?」

「・・・じゃあ、どういう奴なんだ?」

 少しだけ低くなった声に、やっぱりウィルはイサクに対して怒っているのだと思った。

 それも当然だろう。何もしていないのに、あんなにも敵意を向けられたのだから。


「イサクはね、子供の頃からずっとマーヤの事が好きだったの。でも、私とマーヤを同じように扱ってくれて、マーヤだけ特別扱いしたりしなかった。」

 イサクは私達より二つだけ年上で、私達にとってはお兄ちゃん的な存在だった。

 悪い事をすれば叱り、いい事をすれば褒めてくれた。

 内緒でお菓子をくれる時も、私とマーヤは必ず同じ数、同じ大きさで、えこひいきしたりしなかった。

 いつからかは分からない。でも、気がついたら私はいつだってイサクを目で追いかけていた。

 村の中には他に私達と近い年頃の子がいなくて、私がイサクを好きになるのも、イサクがマーヤを好きになるのも、当然のなりゆきだったのかも知れない。

 もしマーヤがイサクを好きになっていれば、きっと話は簡単だった。

 でも、結局マーヤは、イサクを恋愛対象としては見れなかったのだ。

「本当に公平な人だったの。ちゃんと相手を思いやることもできたし、感情的になって人を傷つけるようなこともなかった。」

 そう話す私に、ウィルはどこか感情の読み取れない顔を見せた。

「全部、過去形なんだな。ユニが見ているのは、一体誰だ?」


 静かに告げられた言葉に、一瞬時が止まったような気がした。

 私が見ているのは、イサクだ。

 いつもマーヤを追いかけていて、私にも心からの笑みを向けてくれる。

 脳裏に浮かぶ数々の思い出に、愕然とする。


『全部、過去形なんだな。』


 ・・・・・私は一体、いつから今のイサクを思い出さなくなったの?



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