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ありふれた恋歌  作者: 徒然
第一章 邂逅
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第7話

 広々とした草地で、羊達がのんびりと草をはんでいる。ゆったりとした動きでウロウロと歩き回り、時折気の抜けたような鳴き声を上げた。


「・・・・・あのな、ユニ。暗くなる気持ちは分かるし、わしもマーヤ達の事は心配しとる。けどな、その溜息、朝からもう何回目になる?」

 木の陰に座って私と一緒に羊の番をしているコモ爺が、嫌そうに私を見ながらそう言った。

「・・・ごめん。」

 自覚のある私は、素直に謝った。でも、溜息くらいはつかせて欲しいと思う。

 村に戻ってから数日が経ち体力も大分回復してきた私は、なんとか両親から外出の許可をもらえるようになった。

 本当は捜索隊に加わりたかったけど、右腕が不自由なまま馬に乗るのは危険だし、もし盗賊を見つけたとしても、片手だけでは自分の身を守ることすら十分にできないからとウィルにかたく拒否されてしまった。

 それはもうまさにウィルの言う通りで食い下がることもできず、それならせめてと、捜索隊に加わっている村の男達の代わりに、片手しか動かせない私にもできる仕事を引き受けている。

 放牧してる羊の番とか、鶏の餌まきとか・・・。

 コモ爺も落ち着かないのか、私を心配してくれているのか、時間さえあれば私についてまわって一緒に仕事をしてくれる。

 

 体を動かせている時はまだ気が紛れていいけど、こうしてのんびりしているとどうしてもいろんな事を考えてしまう。

 マーヤとマナのこともそうだし、父の怪我のこと、それに、イサクのことも・・・。


 イサクは残酷だ。それとも、無神経なのだろうか?

 マーヤだったら良かったなんて、そんな酷い言葉を悪気なく投げつける。

 よりによって、その言葉を、イサクに言われるなんて・・・・・。

「ねえコモ爺、やっぱり男の人って、みんなマーヤみたいな子がいいのかな?」

 苦しい気持ちを逃がしたくて口からこぼれ出た言葉に、馬鹿な事を聞いたと顔をしかめた。

 今そんな話をするのは不謹慎だ。

「なんじゃ突然。お前の頭の中はどうなっとるんだ?」

「ごめん、こんな時にする話じゃないよね。今の忘れて?」

 それに、そんな事は聞かなくても分かっているのに。

 マーヤは可愛いけど、私はごく普通の顔。マーヤは背も小さくて華奢だけど、私は女にしては背が高い方だ。太ってはいないけど、痩せてもいない。

 それに、マーヤは編み物や織物をするのが好きで、料理も得意だ。

 私は料理の腕は壊滅的だし、家の中で編み物をするよりも、馬に乗ったり狩りに行く方が好きだった。

 同じ年に生まれたというのに、この違い・・・。同じ年だからこそ、比べられてしまう。

「別に、一日中心配ばっかりしてても何も変わらんしな・・・そうじゃなあ、人によるだろ、それは。お前にはお前の良い所がちゃんとある。男の真似事をするのは感心せんけどな。」

「良い所って、例えばどんなとこ?」

 コモ爺は足元に置いていた筒から水を飲むと、口角を上げて笑みを浮かべた。

「まあ、元気で明るいし、健康で子供もたくさん産めそうだ。家族を作るなら、そういう女の方がいい。だが料理はもっと練習した方がいいな。昔お前が作ったスープを飲んで、わしは腹を壊した。」

「・・・・・だから、それはもう何度も謝ったじゃない。いい加減、蒸し返さないでよ。そうじゃなくて!女としての魅力を教えて欲しいんだけど。」

 何年か前、コモ爺が体調を崩したと聞いて心配した私は、母に教えてもらったばかりのスープを作ってコモ爺に届けたことがある。

 何が悪かったのか、スープを飲んだコモ爺は腹を壊して母の薬の世話になった。

 もちろん、私は母にこっぴどく叱られた。

 それから幾度となく料理には挑戦しているけど、いまだにまともなものを作れたためしがない。

「う~ん・・・・・。」

 腕を組んで考え出したコモ爺に、軽くショックを受ける。

「ま、まあ元気で明るいのは男にも好かれるんじゃないか?わしは大人しい女子の方が好みじゃが・・・。」

 ようやく捻り出された言葉も、あんまり嬉しくない。

「でもなあユニ、他の娘と比べて自分がどうかなんて、そう悩む必要もないと思うぞ?ほれ、そのままのお前でも好きになってくれる物好きもおるじゃろ?」

 そう言って、コモ爺は手に持っていた筒で自分の斜め後ろを指した。


 指された方に顔を向けると、ゆったりとした足取りでこちらに歩いてくるウィルが見えた。

「ちょっと、変な事言わないでよ!」

 ウィルに聞こえないように小声で訴えると、コモ爺はニヤニヤして私を見た。

「何が変な事じゃ。毎日毎日、たいして代わり映えもしないお前の顔を拝みに家まで来とるじゃないか。そんな奇特なまね、好きでもなければ誰がするかね?」

「怪我の状態を心配してくれているだけよ。それに、私がマーヤ達の事を心配しているのを気にして、毎日報告に来てくれてるの。」

 ウィルは忙しい合間を縫って、毎日家に顔を出してくれていた。

 そう長い時間はいないけど、その日の捜査状況を話したり、私の怪我の様子を見たり、時には夕食を共にしたりしてから自分の天幕へ戻っていく。

 本当に、誠実で優しい人だった。

「あの人は奇特な人なのよ。変な勘ぐりは失礼よ。」


「お話中、邪魔してもいいかな?」

 私達のそばに立ったウィルは、そう言って手に持っていた包みを私の膝の上にのせた。

「アトリから預かってきた。お昼ご飯だそうだ。」

「あ、ありがとう。ウィル、こんな時間に珍しいね?どうしたの?」

 早朝から夜までは大抵村の外に出ているウィルが、こんな真昼に村の中に現われるのは珍しいことだった。

「ちょっと気になる事があって、調べてる。」

「気になる事?」

 ウィルは頷くと、暑いのか自分も木の影に入った。

「そう。色々と、ね。でもそれは、今は秘密ってことにしておくよ。ところで、楽しそうに何の話をしていたんだ?」

「えっ?べ、別にたいした話じゃないから。ねえ?」

 秘密が何なのか気になりながらも、さっきの話題に触れられて焦った私は思わずコモ爺に話を振ってしまった。

「ああ、たいした話じゃない。ユニが男にモテないっていうだけの話じゃ。」

「コモ爺っ!」

 無神経にも本当の事を言ってしまったコモ爺につい大声を出すと、近くで寝そべっていた羊が驚いたように起き上がって、早足で逃げていった。

「ユニ、モテないのか?」

 心底不思議だとでもいうように聞かれて、あまりの恥ずかしさに顔が熱くなる。

「16にもなって誰からもそういう話がなければ、そう言わざるおえんだろうなあ。」

「何でそんなこと分かるのよ!私だって一度くらい良いお話を頂いたことありますから。」

 コモ爺のしみじみとした言い方に腹が立ってムキになると、何故かウィルは目だけが笑っていないという、整った顔立ちでされるととても恐ろしく感じる顔で笑みを浮かべた。

「あるのか?」

 決して威圧的ではないのに、少しだけ低くなったその声がどうしてか怖くなって、私はたった今口から出たばかりの言葉を即座に否定した。

「ごめんなさい、嘘です。ありません・・・。」

 すぐに訂正した私を可笑しそうに笑って、コモ爺は固まった腰を伸ばすようにして立ち上がった。

「ウィルさん、ついでにここで少し休んでいくかね?そうしてくれたら、ちょっと家に戻って用事を済ませて来たいんだが。」

「だから、私一人でも平気だってば!」

 子供扱いされたようで、面白くない。ウィルの前でそういう扱いをされたこと自体、どうしてか恥ずかしかった。

「そうだな。では、お言葉に甘えて少しだけ。」

 二人は私の言葉など聞いていないようで、コモ爺が座っていた場所に今度はウィルが腰を下ろした。

「ありがたい。じゃあユニ、後でな。」

 意味ありげな笑みを浮かべて、コモ爺は自宅の方へと戻って行った。

 二人きりにしてやろうという思惑があからさま過ぎて、なんとも居心地が悪い。


「ごめん、邪魔だったかな?」

 黙りこんでしまった私に、ウィルは困ったように笑った。

「えっ?あ、違うの!コモ爺が変な気を使うから・・・。」

 何だか、意識してしまって困る。

「俺には、ありがたいけどな。」

「ありがたいって?」

 ウィルは小さく息を吐くと、表情を引き締めた。緊張した雰囲気に、思わず私も背を伸ばしてしまう。

「ユニ、おそらく後2、3日中に決着がつく。」

 確信を持った言い方に、ドクリと心臓が大きな音を立てる。

「攫われたマーヤと世話役の女性も、俺の予想では無事でいるはずだ。だが・・・・・。」

 言いよどんだウィルは、痛ましいというように表情をゆがめた。

 ・・・・・二人は男達に慰み者にされた後だろう、そう続けようとしたのだろうか。

 私だって、それはずっと考えていた。むしろ、何もされていないことの方が異常なのだ。

 多分、族長も、ドルガ様も、村のみんなも、もちろんイサクも。口には出さないけどそれは分かっていると思う。

 だから、私達は、覚悟をしておかなければならない。

 戻ってきた二人がどれだけ心身を傷つけていたとしても、必ず支えてみせるという覚悟を。

「分かってる。多分、みんなも分かってると思う。だから、大丈夫。」

 自分をも励ますように笑顔を作った私に、それでもウィルはうかない顔をしていた。

 その時の私は、ウィルがマーヤ達の事を心配しているのだと、そう疑いもしていなかった・・・・・。


「ユニ、この件が片付いたら、ユニに聞いて欲しいことがあるんだ。」

「いいけど・・・今ここじゃ話せないこと?」

 ウィルはふっと表情をゆるめると、溜息をついた。

「今はやめておくよ。落ち着いてから話したいから。」

 ウィルの言葉に、私は話の内容が気になりつつもただ頷いた。



 事態が大きく動いたのは次の日、早朝のことだった。



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