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ありふれた恋歌  作者: 徒然
第一章 邂逅
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第6話※


 かがり火の灯りも届かないほど野営地から離れて、己のものとは思えないほど重い足をただひたすら前後に動かす。

 頭の中では、さっき目にした光景が何度も繰り返されていた。

 ユニの様子から、何となくそうなんじゃないかとは思っていた。でも、想像することと、はっきりと事実として目の前に突きつけられることは、まったく違う。

 こんなに強くショックを受けたのは、生まれて初めてのことだった・・・。



 ユニの家を出た後、俺はまず村の長に会いに行った。長は老人というほどの年齢ではなかったが、髪や髭には白いものが混じっていた。

 娘が攫われたことが相当こたえているのか、顔には生気がなく、疲れ果てているようだった。

 デリックが先に話を通してくれていたが、改めて協力を申し出ると何度も礼を言って頭を下げられた。

 型通りの挨拶を済ませた後、今度は捜索隊の指揮をしているドルガという男に会い、これまでの捜査状況を聞いて今後の打ち合わせを行った。

 事態は一刻を争い、捜索は可能な限り効率的に行う必要がある。

「この辺り一帯にある古い砦や洞窟なんかは、もう全部調べたんだ。そのうち二箇所には野営の後があった。」

 広げられた地図には、いくつも赤いバツ印が打たれていた。その中で、二つだけグルグルと黒丸で囲まれている箇所がある。

 それが、野営の後を見つけた場所なのだろう。

「新しい方はどっちだ?」

 たずねると、ドルガはこの村に近い方の丸を指差した。もう一つの方の丸は、襲撃地点からもトウリからも、この村からも離れた山の中にある。

「・・・妙だな。」

 離れるならまだしも、近づいているのは何故だ?

「分からない。だが、多分見つかりそうになってこっちに逃げるしかなかったんだと思う。そう考えると、まだこの範囲内にいる可能性が高い。」

 そう言って、ドルガは地図の上に指で大きな円を描いた。

 見つかるのを恐れて慎重に動くしかないとなれば、最後に見つかった野営地から動ける距離は大体想像がつく。

 この限られた範囲でまだ他に手がかりがないのは、探し方が悪いのか、それとも盗賊たちがそれだけ狡猾なのか・・・・・。

「とにかく、手分けしてしらみつぶしに当たっていくしかありませんね。一度は探した場所も、もう一度探してみましょう。それにうまく動けば、連中の動きを誘導できるかも知れません。」

 俺の隣で一緒に話を聞いていたデリックがそう言うと、ドルガは頷いて同意を示した。

 ドルガという男は、若いながらもなかなか貫禄があり、指導者としてのカリスマもある男のようだった。

 優しそうな面立ちながらも目は鋭く、今後の成長が楽しみに思える。

 お互いにどう動くか、どの場所を探すのか、見つけたときの連絡方法等を確認してから、ドルガの天幕を出た。


 村の方に足を向けた俺に、デリックが声をかけた。

「隊長っ!どこに行くんです?」

「ユニの様子を見てくる。先に休んでてくれ。」

「もう寝てると思いますよ?それに・・・・・。」

 言いよどんだデリックに、俺は足を止めて振り返った。

 かがり火に照らされたデリックの困ったような表情に、俺は先を促すように黙ってデリックに視線を向けた。

「その、余計なお世話かも知れませんが・・・。あまり肩入れしない方がいいと思います。あの子はこの草原で生きていく子で、あなたはもうすぐエストアに帰る身です。思い入れが強いと、別れが辛いですよ?」

 それでは、と言って天幕に戻っていたデリックを見送って、俺は何を言われたのか一瞬理解できずに考え込んでしまった。

 別れが辛い?・・・ユニはこの村の娘で、俺はエストアに帰る。そんな事は最初から分かっている。

 そのはずなのに、いずれ来るその時のことを想像するとひどくうろたえてしまった。

 この何ともいえない落ち着かない気持ちがどこから来るものなのか、検討もつかない。

 言葉で理由をつけることができない感情に不安を覚えて、俺はユニの家へと足を速めた。

 なんとなく、あの子の顔を見れば落ち着けるような気がしたのだ。

 もし眠っていたら、寝顔を一目見るだけでもいい。それが無理でも、ただその存在を感じるだけでも良かった。

 離れたくない、なんて、何故そんなことを思うのだろう。

 ・・・・・今まで、そんな風に感じた相手はいなかった。


 思えば、ユニは不思議な娘だ。

 容姿だって特別優れているわけではないはずなのに、何故か綺麗だと感じてしまう。

 あの時。雨の中、地面に倒れ伏すユニを見つけて、とにかく助けなければと気が焦った。

 雨で頬に張り付いた髪、青白くなった顔は泥だらけで、そんなユニを綺麗だと思ってしまった自分に罪悪感を覚えた。

 意識がない間、必死に看病した。

 この子の目は、どんな色をしているのだろう。この子の声は、どんな声なのだろう。

 そんなことを考えながら・・・。

 意識を取り戻したユニの目をのぞきこむと、まるでその中に吸い込まれそうな気がした。

 淡い茶色の目の中に自分の姿を見つけて、嬉しいような、いたたまれないような、変な感じがした。

 わけもなく動揺してしまう自分に、ユニは幸いにも気がつかなかったようだったが・・・。

 こんなにも、あの子に心を揺さぶられるのは何故なのか。何故、あの子だけを特別だと感じてしまうのか。

 そんなことを取りとめも無く考えながら向かったユニの家で、俺は見たくなかったものを見てしまった・・・。


『・・・・・お前が、マーヤなら良かったのにな。』


 そう言われた瞬間の、あのユニの傷ついた顔が目に焼きついて離れない。

 一瞬にして膨れ上がった怒りを、俺は必死に押さえつけて踵を返した。

 頭の中で、あのイサクとかいう男の顔を何度も握りつぶし、決してそれを実現させないよう、誰にも危害を加えないように、急いで遠くへと逃げた。

 村に入った時のやりとりから、多分、ユニはあの男が好きなのだろうなとは思っていた。

 その想像が、どうしてかあまりにも俺には痛く感じて、考えないようにしていたのだ。

 


 どれ程村から離れたのか、ふと振り返ると野営の火はただの小さな点になっていた。

 ここまで来ればもう誰にも会わずにすむだろうと、俺はふっと肩の力をぬいて地面に座り込んだ。

 どうすれば、この怒りがおさまるのか。冷静になろうとすればするほどさっき見た光景が頭をよぎり、よけいに苛立ちを募らせる。

 思わず舌打ちをすると、少し離れた場所にゆらりと煙のようなぼんやりとした人影が立ちのぼった。

『このような場所でお目にかかれるとは、まことに僥倖なこと。しかし、ずいぶんと荒れておられますなあ・・・』

 声なき声に、俺は苛立ちを逃がそうとふっと息を吐いた。

「騒がせてすまないな。」

『あなた様がかように心を乱されるとは、若くして早くも伴侶を見つけられましたか・・・。』

 感慨深そうな言い方の中に聞きなれない言葉を耳にして、俺はまじまじと影を見つめた。

「伴侶・・・?」

『そうですとも。あなた方がそのように心を動かすのは、愛しい者の存在のみ。お父君も、そのようであられたと聞き及んでおりますゆえ。』

 愛しい者・・・・・。

『こう申してはなんですが、生身の体を持たぬせいか、我々は恋情というものが分かりませぬ。強靭な精神を持つあなた様でさえ、このように荒れさせるそれが、何やら恐ろしいやら羨ましいやら・・・・・。』

 人影は黙り込んでしまった俺にふわりと動いて頭を下げると、しゃべり過ぎてしまったと謝罪した。

『あなた様のお怒りに、我々もこの辺りの生き物達もみな怯えております。なにとぞ、ご容赦を・・・・』

 本当はそれが一番言いたかったのであろう人影は、早口でそれだけ伝えると、煙がかき消えるように消えていった。

 気がつけば、これだけの草木がありながら虫の鳴き声一つ聞こえてこない。


 とにかく落ち着こうと深呼吸を繰り返し、頭の中を整理する。

 ・・・ああまで言われて、それでも自分の気持ちが分からないほど鈍くはない。

 今まで、こんな気持ちになったことは一度もなかった。これ程に、ただ一人の人間に執着することも・・・。

 俺はどうやら、ユニのことが好きらしい。そう考えれば、自分の不可解な気持ちにすべて説明がつく。

 だからデリックも、あんな事を言ったのだ。別れが辛くならないように、好きになり過ぎないようにしろと。そう遠まわしに伝えたのだろう。

 自覚すると同時に、心臓が剣で刺されたのかと思うくらい、鋭く痛んだ。

 俺は自分の気持ちがはっきりと形になる前に、失恋したのだ・・・。



『あの時、俺はマーヤが好きだと言った。ユニは、分かってたって答えた・・・。どうして、そんなに簡単に諦められる?どうして、引き下がれるんだ。』


 あの男の言うとおりだ。他のやつが好きだからといって、はいそうですかと頷けるものなのか?

 いや、そんなことは決してないはずだ。ユニが分かってたと答えたというのなら、それはそれまでに、乗り越えてきたものが必ずあったはずだ。

 俺にもできるだろうか・・・。自問自答して、すぐに否定した。

 できるはずがない。俺が諦めるというのなら、それは俺自身の命が尽きた時だ。

 

『・・・気持ちがないなら、振り向かせればいい。俺は・・・俺には無理だ。どうしても、諦めきれない・・・。』


 そう、その通りだ。

 諦められないのなら、振り向かせるように努力するしかない。

 例え好きになってくれる可能性がないのだとしても、そうするしか他に方法がないのだから。

 

 腹を決めると、やっと気持ちが落ち着いた。

 気がつけば辺りは明るくなってきていて、一晩かけて悩んでいたのかと自分でおかしくなる。

 石のように固まっていた体を伸ばして、俺は村の方へと足を向けた。


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