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ありふれた恋歌  作者: 徒然
第一章 邂逅
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第3話

 次の日、私は悲鳴のような声で名前を呼ばれて目を覚ました。

「ユニッ!!」

 目を開けて、視界に入ったその人の姿に驚いて体を起こそうとした。

 でも、すぐに腕に鈍い痛みを感じて顔をしかめただけになってしまった。

「ユニッ!ああっ、本当に生きていたのね・・・・・。」

「お母さん・・・お母さん、泣かないで?ねえ、どうしてここに?」

 村にいるはずの母が、何故か今私の目の前にいる。

「心配したの。もう駄目かと思った・・・。痛かったでしょう?怖かったでしょう?お母さんが来たから、もう大丈夫だからね?」

 流れる涙を拭おうともせず、私の髪を撫でながらまるで幼子に言うような声音でそう言う母に、私まで泣きたくなってしまう。

 目の下には大きな隈ができていて、すこし痩せてしまったようにも見える。

 たった三日ほどしか会っていないだけなのに、まるで別人のようだった。

 私がのん気に寝ている間、どれ程心配させてしまったのかと思うと胸が痛んだ。


「お母さん・・・ごめんなさい、心配かけて・・・。私なら、大丈夫だから。怪我もほら、こうして治療もしてもらったし、ね?」

 私の言葉に何度も頷いてようやく涙を止めてくれた母は、やっと笑みを浮かべてくれた。

「古の神々と黒き翼持つ夜明けの太陽に、ずっとお祈りしていたの。どうか私の娘をお返し下さいって・・・お父さんに話を聞いて、生きた心地がしなかったわ。」

「お父さん、無事なの!?」

「・・・・ええ、大丈夫よ。足と目を傷つけられたけど、命に別状はないわ。自分も大怪我なのにユニを探しに行くってきかなくて、仕方ないから眠り薬を飲ませたの。多分、まだ寝てると思うわ。」

「そ、そう・・・。」

 母は薬草や香草に詳しく、簡単な薬なら自分で作ってしまう。仕方なかったとはいえ自分の旦那に眠り薬を飲ませる母に、何と言葉を返していいか分からなかった。

「じゃあイサクは?マーヤも無事だったの?」

 父が生きているということは、他のみんなも生きて村に帰れたのかも知れない。

 はやる気持ちを押さえてたずねると、母は言葉を探すように少しの間黙り込んだ。。

 不吉な予感に、心臓が早鐘を打つ。

「・・・夜中になって、トウリの人がお父さん達を連れて帰ってきてくれたの。みんな酷い怪我で・・・でも、幸運にも死者は出なかったわ。ただ、マーヤとマナはどこかに連れ去られたらしくて・・・・・。」

 母の言葉に、無事な方の左手をぎゅっと握り締める。

「今、ドルガ様が陣頭指揮をとってマーヤ達を探してくれているわ。まだ手がかりはないけど、すぐに見つかるはずよ。」

「マーヤ・・・・・。」

 必ず守るって、言ったのに。守るどころか、私達だけが無事だったなんて・・・・・。

 今頃マーヤがどんな目にあわされているかと思うと、胸をかきむしりたいような気持ちになった。


「お母さん、イサクは?あいつのことだから、マーヤを守ろうとして大怪我したんじゃない?」

 イサクはマーヤのことになると、周りの事が何も見えなくなってしまう。

「それが幸か不幸か、殴られて気を失っていたらしくて。あの子はかすり傷程度よ。頭におっきなたんこぶできてたけど。」

「・・・そっか。」

 よかったと言うのも変な気がして、短い言葉を返した。

「・・・・・私も、マーヤを探しに行く。」

 痛みをこらえて起き上がると、母は語気を荒げた。

「馬鹿なことを!その怪我で、動けるわけないでしょう!」

「マーヤは怪我で済まないかも知れないわ!殺されるかも知れないのよ?」

「わざわざ連れて行ったんだもの、そう簡単に殺したりしない。それにドルガ様が探してくれてるって言ったでしょう?ろくに動けないあなたが行って、何の役に立つっていうの!」

「だからって、こんな時に大人しく寝てろっていうの!?」

「あなたにも、お父さんに飲ませたのと同じ薬が必要なのかしら?」

 


 声高に言い合う私達の耳に、いささかわざとらしい咳払いが聞こえた。

「ちょっといいかな?」

 天幕に入ってきたウィルに、私と母は軽くにらみ合ってからウィルの方に顔を向けた。

 ウィルにつづいて、ウィルと同じような服装をした壮年の男が天幕の中に入ってくる。

「外まで声が聞こえてきたよ。大分回復してきたみたいだな。」

 おかしそうに笑うウィルに、私と母は恥ずかしくなって何となく居住まいを正した。

 二人は私達から少しはなれた場所に座ると、自分達の紹介をはじめた。

「俺はウィル、この小隊の隊長だ。こっちは副隊長のデリックで、彼にウルの村に行ってもらった。」

 ウィルが紹介すると、デリックは人の良さそうな顔に笑みを浮かべた。

 まさか、ウィルが隊長だったとは思わなかった。それにしては、全然強そうなイメージはない。

 どちらかといえば、優しげな雰囲気の人だ。

「娘を助けていただいて、本当に何とお礼を申し上げればいいか・・・。私はこの子の母で、アトリと申します。」

「いや、当然のことをしたまでだ。すぐに家族と連絡が取れて良かった。・・・傷のことだが、かなり深く刺さっていた。今のところ膿んではいないが、清潔にして注意深く様子をみた方がいいだろう。昨夜までは熱も高かったが、今朝はかなり下がったみたいだな。」

 ウィルの話に、母は顔色を悪くしながら頷いた。

「それと、例の盗賊の件だが、ちょっと気になる事があるんだ。」

 私達が首を傾げると、ウィルは促すようにデリックに視線を送った。それを受けて、デリックは頷いてから話しはじめた。


「まず、連れ去られたという二人の女性以外、全員生きて無事だったということだ。殺すより、怪我をさせて動けなくする方がはるかに難しい。大人しく身包み渡して逃げるというならともかく、全力で抵抗して全員無事とは・・・・・。」

 言われてみれば、確かにおかしい。生きていてくれたのは本当に嬉しいけど、死人が一人も出なかったのは不自然かも知れない。

「それに、襲撃された地点。両側に林があって身を隠しやすい場所ではある。だが、あの道を通るのはほとんどウルとトウリの者だけだという。それも、月に何度か往来がある程度だと聞いた。そんな場所に、通るかどうかも分からない獲物を待って、奴らが何日も身を潜めていたと思うか?」

 私と母は、ほぼ同時に息をのんだ。

「それって・・・・・。つまり、最初からマーヤを狙ってたってこと?」

 私の独り言のような問いかけに、ウィルがゆっくりと頷いた。

「おそらくな。偶然でないと言い切れないが、その可能性は高いだろう。」

 マーヤがトウリに向かう日は、特に隠されていたわけではない。

 どこの誰が知っていても不思議ではないのだ。

 それにしても、貧しいウルからの花嫁行列など、何故襲おうと思ったのだろう?正直金銭的な価値のあるものなんてなかったし、女が目的ならもっと楽に攫う方法がいくらでもあるだろう。

 何も、護衛がついている女をわざわざ狙う必要はないはずだ。

 だとしたら、例えば身代金が目的なのだろうか。ウルの村は貧しくても、トウリからなら搾り取れると思ったのだろうか。

「人質にして、お金を要求するつもりとか?」

「考えられるが、どうかな。今の段階では何とも言えない。もしかしたら、こうしている間に何か連中からの接触があったかも知れないが・・・。何にしても、盗賊が出没しているのを無視してエストアに帰るわけにもいかない。俺達も盗賊狩りに参加する。」

「えっ?」

「帰還しろと言われてる日まで、まだ半月は余裕がある。俺がユニの代わりにそのマーヤって子を探すよ。だから、無理せずちゃんと休んで傷を治してくれ。」

 ウィルはこっちが恥ずかしくなるような優しい笑みでそう言うと、今度は母に向かって話しかけた。

「小隊の半分を連れて、デリックと村に戻って欲しい。ユニを運べそうな荷車は村にあるかな?」

「私なら馬で・・・。」

「あります。」

 言いかけた私をひと睨みで黙らせて、母はにこやかに答えた。

「良かった。デリック、明日の朝でいいから、それを借りて誰かこっちに寄越してくれるか?」

「分かりました。」

「それじゃあ、準備ができるまでここで休んで待っていてくれ。」

 ほとんど口を挟めないままに話が進んで、ウィルはデリックを伴って慌しく天幕を出て行った。


 二人の姿が天幕の外に消えると、母は私をジロリと睨んだ。

「ユニ、目上の人に対してあの言い方は何?ちゃんと敬語を使いなさい!」

「あ、うん、ごめん。最初に普通にしゃべっちゃったから、途中から敬語にするのも変かと思って。」

 正直最初は失敗したと思ったけど、ウィルは私が敬語を話さなくても、全く気にする様子もないかった。

 それに、つい甘えてしまったのだ。

 ウィルはすごく綺麗な顔をしているけど、とっつきにくいという感じはしない。

 どちらかと言えば話しやすくて、そばにいると張っていた気が緩むような、妙な安心感を覚えてしまう。

「しょうがない子ね、まったく。」

 母は傷に触れないよう慎重に私を寝かせると、大きな溜息をついた。

「・・・帰ったらお父さん、煩いわよ?覚悟しておきなさい。」

 困ったように、それでもどこか嬉しそうに笑う母に、私も苦笑を返した。


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