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ありふれた恋歌  作者: 徒然
第一章 邂逅
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第2話


 体中が熱い。

 特に右腕は焼けるように熱くて、じくじくと痛む。

 重い瞼を無理矢理開けると、今まで見たことのないような、綺麗な青色の瞳が見えた。染み一つない白い肌に、どこか冷たい月を連想させる、銀色の髪。

 その風貌は、明らかに異国のものだった。


「やっと目が覚めたな。気分はどうだ?」

 低く、心地いい声が耳に届いた。

「・・・・あなたは?」

 どうしてか、体に全く力が入らない。息をすることすら辛く感じる。

 絞り出した自分の声は、カラカラに乾いて掠れていた。

 いったい私はどうしてしまったのだろう?

 そう考えた瞬間、次々と思い出した記憶に慌てて身を起こそうとした。

「まだ無理をするな!酷い怪我で、君は二日も目が覚めなかった。出血が多くて、死んでいてもおかしくなかったんだぞ?」

 起き上がろうとした私の肩をそっと押しとどめて、その青年は焦ったようにそう言った。

「・・・二日?そんなに?」

 呆然とする私に、青年は真剣な表情で頷いた。

「君は、この近くの林の中で倒れていたんだ。腕に矢が刺さっていた。雨も降っていて、あともう少し発見が遅かったら危ないところだった。」

 マーヤやイサク、それに父や、マナも・・・・・みんな、どうなったんだろう?

 ・・・・・とても勝てるような人数じゃなかった。せっかく逃がしてくれたのに、助けを呼べなかった。

「どう、しようっ・・・私・・・・・。」

 次々と涙があふれ出て、頬を伝っていく。みんなの事を思うと、ただ怖くて仕方なかった。


 まったく力が入らず指一本動かせない私の代わりに、青年は綺麗な布で根気よく私の涙を拭ってくれた。

 ようやく涙がおさまってくると、彼は私の頭の下に腕を差し入れて、少しだけ体を起こしてくれた。

「一口だけでも、飲めるか?」

 口元に差し出されたのは、水の入った筒だった。頷くと、冷たい水が少しずつ口に流し込まれる。

「・・・ありがとう。」

 もういいと言う代わりにお礼を言うと、彼は私の頭をそっと下におろしてくれた。

「何があったか話せるか?まだ辛いだろうから、手短でいい。」

「ウルの村からトウリに向かう途中で、盗賊に襲われて・・・・・父さんが、逃がしてくれたんだけど、まだみんな、戦ってて、私、助けを・・・。」

 話を続けようとする私の口元に指を当てて黙らせると、青年は真剣な表情で頷いた。

「分かった。俺の仲間に、ウルの村へ行ってもらう。君はまだ動かせない。代わりに君のお父さんや一緒にいた人たちの安否を確認して来てもらおう。いいな?」

 優しいけれど、有無を言わせない声に気がつけば頷いていた。

「いい子だ。何かお腹に入れるものを用意するから、目を閉じて休んでいてくれ。」

 そう言って立ち上がった彼は、私に毛布をかけると外に出て行った。

 目だけを動かして周囲を見ると、どうやら自分は布が張られた簡易の天幕のような場所に寝かされていることが分かった。

 ざわざわとした気配があり、時折布の向こうに通り過ぎる人影が見える。


 体の下には何枚もの毛布が敷かれ、怪我をした腕には丁寧に包帯が巻かれている感覚がある。

 助けられたのだという安堵感と、私だけが助かってしまったのではないかという不安の間で、いてもたってもいられない気持ちだった。

 それでも、今の私には何一つ出来ることがない。

 ・・・・・これがみんな悪い夢だったら良かったのに。そう思いながら、目を閉じた。


 次に目を開けた時、天幕の中は薄暗かった。

 柱の部分に引っ掛けてあるランプの明かりが、ぼんやりとした光で私の隣に座る青年の姿を映し出していた。

「私、また寝ていたの?」

 さっき起きた時は、天幕の外も中ももっと明るかった。二日も寝ていたらしいのに、まだ眠れるのかと自分でも驚いてしまった。

「それだけの怪我だ、無理もない。スープがあるが、飲めそうか?」

「・・・・・うん。」

 あまり食欲はなかったけど、喉は渇いていた。

 私が頷くと、彼は入り口の近くに置いていた木の器を取って、いったん床においた。

「ちょっと食べにくいかも知れないけど、我慢してくれ。」

 そう言って、私の体をゆっくりと起こすと、後ろから抱き込むように座って器を手に取った。

「あっ、あのっ・・・」

「傷は縫って消毒したが、閉じるまでは時間がかかる。力を入れたり、動かしたりしては駄目だ。俺の事は椅子だと思って、気にするな。」

 そうは言われても、この状況は恥ずかしすぎる。しかも、彼はスープを匙ですくって私の口元に差し出した。

 まさか、このまま二人羽織状態でスープを飲めというのだろうか?

「・・・左手は動かせるから。」

「いいから、遠慮するな。」

 匙を受け取ろうと左手を差し出しても、彼は匙を渡してくれない。

 これは介護なのだと言い聞かせて、いそいでスープを飲み干した。

 熱のせいなのかそれとも恥ずかしさのせいなのか、味はよく分からなかった。


 スープを飲み終えて再び横になった私は、満足そうな顔で器を片づける青年に声をかけた。

「本当にありがとう。私を助けてくれて・・・・・私はウル族のヘイルの娘、ユニです。あなたの名前を聞いてもいい?」

 正式な自己紹介の時、未成年の子供は父の名を告げるのがこの国の礼儀だ。

「俺はウィルだ。」

「ウィル・・・あなたは、お医者様?」

「医者?そう見えるか?」

 ウィルは私の言葉に、おかしそうに笑った。

 確かにお医者様には見えない。体の線は細く見えるけど、さっき触れた腕や胸板はとても硬くて、よく鍛えられているように感じた。

 一つ一つの動作には無駄な動きが一切なく、ただ者ではないと思わせる。

 でも傷を縫合するなんて、普通の人にできるものだろうか?

「俺は軍人だからな。ある程度応急処置の知識もある。・・・・実践するのは初めてだったが、多分大丈夫だ。」

 後半自信なさそうに小声になったウィルに、私も少しだけ笑みを浮かべた。

「去年の冬の冷害で、どれくらい被害が残っているか見に来たんだ。エストアからも相当な食料の援助を行ったが、当座の食料だけではどうにもならんだろうからな。」

 そういえば、北の方ではかなり被害が酷かったと聞いた。南の方にあるこの辺りはそれほどでもなかったけど・・・・・。

「想像していたよりも酷かった。カルカッタは自治区が強いかわりに、国としてのまとまりは弱い。各地で何かあっても、王のところまですぐに情報が届かない。各国から届いた物資も、うまく分配できなかったようだ。」

 カルカッタはこの大陸の北側にあり、国土の半分以上は草原と山で覆われている。

 面積の広さのわりには人口が少なく、部族間の交流もごく近場のみで行われていた。

「あなたは、エストアから来たのね?」

「ああ、そうだ。」

 髪と目の色や服装から、何となくそうではないかと思っていた。

 数瞬会話が途切れると、頭の中に盗賊に襲われた時の記憶が蘇る。

 マーヤの悲痛な声、必死な父の表情、それにイサク・・・・・。

 マーヤを守ろうとして、無茶をしなかっただろうか。


「・・・明日の朝には、ウルの村に向かった仲間も戻ってくるだろう。考えるなと言っても無理な話かも知れないが・・・・・。眠くなるまで、何か話でもしようか。何か聞きたいことはないか?」

 私の表情を見て、ウィルは慰めるようにわざと明るい調子でそう言って、私の枕元に座り込んだ。

「・・・私が倒れていた近くに、私の馬がいなかった?」

「いたよ。実はユニを見つけられたのも、あの馬のおかげなんだ。俺達が進んでいた道の近くをウロウロしていて、手綱が血で真っ赤に染まっていたから、何かあったのかと思って周辺を捜索したんだ。それで、ユニを見つけた。今は俺の馬と一緒に外に繋いでるから、心配しなくていい。」

「そうだったの・・・・・あの子にも、お礼をしないと。」

 林の中は人気がなく、もし馬が林の外に迷い出ることがなければ、私は今頃生きていなかったのだ。

 死んでからも誰にも知られることなく、朽ちていくしかなかったかも知れない。そう思うと、背筋がぞっとした。

「・・・あと、ここはどの辺りなの?」

「ウルの村から見ると、南西の方になる。」

 そう言って、ウィルは私の枕元に積んであった荷物の中から、一枚の羊皮紙を取り出して見せた。それは、この辺り一帯の地図だった。

「ここがウルで、ここがトウリ。今俺達が野営している場所は、だいたいこの辺りだ。」

 ウィルが指で指し示した場所を見て、ほっとした。

 思ったよりも村からはなれていない。馬も無事なようだし、これなら一人でも村に帰れそうだ。

「他に聞きたいことは?」

 特に他に聞いておかなければいけない事は思いつかなかったけど、まだ眠くなかった私は気になっていたことをウィルにたずねた。

 正直に言えば聞くのも恥ずかしくて嫌だったけど、聞かないままでいるのも落ち着かない。

「この服・・・・・・誰が着せてくれたの?」

 小声になる私に、ウィルは首を傾げた。

 血でよごれ、雨に濡れていたはずの私の服は、意識を取り戻した時には清潔な異国の服にかわっていた。治療をしてくれた時に、着替えさせてくれたのだろう。

 それはとても感謝しているけど・・・・・。

「誰って、俺だけど・・・・・男物しかないから、着心地は悪いかもしれないが我慢してくれ。」

 何を勘違いしたのか、ウィルはそう言って苦笑した。

 そうだろうとは思っていたけど、体を見られてしまった恥ずかしさに言葉が出なくなってしまう。

 そんな私を、ウィルは心配そうに見て額に手を当てた。ごつごつとした大きな手が、大人の男性を意識させてよけいに恥ずかしくなってしまった。

「熱が上がってきたかも知れないな。辛いか?」

「大丈夫、何でもないから!」

 ウィルはただ治療のためにそうしてくれただけなのだから、私が変に意識してしまっては、親切にしてくれるウィルに申し訳ない。

「・・・少し、眠くなってきたかも。」

 誤魔化すために言った言葉だったけど、話して疲れたのか本当に今なら眠れそうな気がしてきた。

「眠れそうなら良かった。お休み、ユニ。」

 ウィルの声はとても穏やかで優しくて、耳に心地良い。

「お休みなさい・・・。」

 不思議な安心感を覚えて、私はゆっくりと目を閉じた。



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