第14話
「もう帰っちゃうの?」
つい口から飛び出した言葉に、慌てて口を閉じる。ウィルが驚いた顔になったのを見て、自分の失言を後悔した。
マーヤが戻った次の日、イサクと盗賊たちの処遇が正式に決まると、ウィルは早々にエストアに帰還するための準備を始めた。
別れの挨拶に家まで来てくれたウィルに言ってしまったのが、さっきの一言だった。
「ご、ごめん。ずっとウィルに頼りっぱなしだったから、何か不安になっちゃって・・・。言ってたもんね、半月くらいって。」
考えてみれば、私がウィルに助けられたあの日からもう半月近くは経っている。盗賊の件が片付いた今、ウィル達は急いでエストアに帰らないといけないのだろう。
「それもあるし、これ以上いても村の食糧事情を圧迫させるだけだしな。」
「・・・・・本当は、ちゃんとお礼がしたいんだけど・・・。」
今は、何も差し出せるものがない。食料もなければ、宝石類や金もない。鶏の一羽や二羽ならなんとか都合がつくけど、持って帰るのは大変だろう。
それに、あんまり喜ばれそうにもない。
「気持ちだけで十分だ。それより、二人だけで話したいことがあるんだ。今、少しいいか?」
そういえば、ウィルが聞いて欲しいことがあると言っていた。その事だろうか?
特に用事もなかったけど一応家の中を振り返った私は、ニコニコした母が行って来いというように手を動かしているのを見て、ウィルに頷いた。
ウィルは私を促して、村のはずれの方まで歩いた。人のいない場所まで来て、ようやくウィルは足を止めた。
誰にも聞かれたくない話なのだろうか?
後ろからついてきていた私を振り返ったウィルは、盗賊に対していた時よりももっと真剣な表情で、じっと私の顔を見つめてくる。
なかなか口を開こうとしないウィルに、私も落ち着かなくなってきた。
もしかして、よほど言いにくいことなのか、それとも知らない間に、私がウィルに何かしてしまったとか?
沈黙に耐えられずに口を開こうとした私より一瞬前に、やっとウィルが声を発した。
「俺は、ユニのことが好きだ。」
耳朶を打つその言葉に、息が止まった気がした。多分、一瞬ほんとに止まっていたと思う。
それは生まれて初めての、異性からの告白だった。
「初めて会った時から、ずっと好きだった。盗賊を捕まえたら、俺の気持ちを伝えようと決めていた。」
初めて会った時・・・?でも、初めて会った時って言っても、私は死にかけていただけだけど・・・・・。
「一目惚れだったんだ。それに、一緒にいてもっと好きになった。友達思いのところとか、無謀だけど行動力のあるところとか、笑ってる顔とか、あと、怒っても可愛いところ、それから・・・・・。」
私が疑っているのが分かったのか、ウィルは焦ったように立て続けに言葉を繋いだ。
「わ、分かった!分かったからもうやめて!」
告白されたのも初めてなら、こんな風に異性から褒め称えられたことも初めてだ。
嬉しいのか恥ずかしいのか、心臓がバクバクと激しく音を立てて、顔が熱くなるのをおさえられない。
これ以上聞かされてはたまらないと、私は慌ててウィルの言葉を遮った。
ウィルは残念そうに言葉を止めると、悔しそうに顔を歪めた。
「ユニがあの男の事が好きなのは、分かってる。それでも、どうしてもユニのことだけは、諦められないんだ。」
苦しそうな、少しだけ掠れた声に、私まで切なくなる。ウィルの気持ちは、昨日までは私も、そしてイサクも感じていた気持ちだから・・・。
「ウィル、イサクのことはもう、私・・・・・。」
そう言うと、ウィルは分かっているというように頷いた。
「だが、すぐに心の中から消えるとは思えない。でも、いつかは消えるだろう。・・・いや、俺が必ず消してみせる。だからユニ、俺のこと、真剣に考えてくれないか?」
刺激の強すぎる言葉に、またしても赤面してしまう。ウィルのことは嫌いではない。むしろどちらかといえば好きだし、このまま一緒にいれば、いつかそれが恋に変わることもあるかも知れない。
でも・・・・・。
「でもウィルは・・・・・エストアに帰るんでしょう?」
恨みがましく聞こえないように、注意しながら聞いた。遠くにいる相手を、どうやって好きになればいい?
声も聞こえない、姿も見れない。頭の中にしかいない相手を好きになることは難しい。
それに、ウィルだってエストアに帰ってしばらくすれば、私のことを忘れるかも知れない。
特殊な状況で自分が命を助けたから、好きだと勘違いしているだけかも知れない。
「・・・ユニは、エストアに来るのは嫌か?もし一緒に来てくれるなら、不自由な生活は絶対にさせない。きっと、来て良かったと思ってもらえるように、努力する。」
「私が、エストアに・・・?」
考えたこともないことだった。村を出ることも考えたことがないのに、国を出るなんて・・・。
それに、私が家を出て行ったら、両親はどうなる?
私の困惑を読み取ったウィルは、苦笑した。
「俺は、本気でユニに一緒に来て欲しいと思ってる。でも、ユニがそう簡単に生まれ故郷を捨てられないことも、分かってるつもりだ。生まれ育った故郷と俺を天秤にかけたら、はるかに故郷の方が重いだろうことも。」
「ウィル・・・・・。」
ウィルは、最初から私が断るのを分かっていたようにそう言って、重い溜め息をついた。
それから、再び何かを決心したような、強い眼差しで私を見つめた。
「・・・・・2年だ。」
「・・・2年?」
「今すぐ、この場で仕事を放り出すわけには行かない。本当はそうしたいが・・・。俺が突然職務を放棄すると、色々と迷惑する奴が多い。2年以内に誰かに後を継がせて、必ずここに戻ってくる。だから、約束して欲しい。」
「約束?」
私と一緒にいるために、本当に仕事を辞めてしまうのだろうか?引継ぎに2年もかかるということは、それだけ大変な仕事内容なのだろう。
やりがいだってあるだろう。迷惑する人がいるということは、それだけ人に必要とされている仕事をしているということだ。
「お願いだ、ユニ。俺が戻るまでの2年の間、結婚しないで待っていて欲しい。もし、その間に他に好きな奴ができても・・・それでも、絶対にユニを俺に振り向かせるから。」
必死な言葉に、胸がドキドキした。
こんなにも熱く想われて、胸をときめかせない女などいないだろう。
のぼせたような頭のまま、私はぼんやりと頷いていた。
私を家まで送り届けてくれたウィルは、その足で族長に挨拶をしに行った。
「変な顔してるけど、大丈夫?告白でもされた?」
ニヤニヤと嬉しそうな母は、そう言って私の顔を覗き込んだ。恥ずかしくてとっさに誤魔化そうとしたのに、告白という単語についさっき言われたことを思い出して、一瞬でまた顔が熱くなってしまう。
「やっぱり?そうじゃないかと思った!それで、なんて言われたの?返事はした?嫁ぎ先は遠くなっちゃうけど、若いのに立派な青年だもの。あなたの命の恩人でもあるし、お母さん、反対しないわよ?」
「ま、まだ返事なんてしてないし!それに、急にそんなこと言われたって、何にも考えられないわよっ!」
「・・・ふ~ん。そうかしら?もう答えは出てるようなものだと思うけど。・・・でも、もうすぐにエストアに帰っちゃうんでしょう?」
やっぱり母も私と同じことが気になるようで、納得いかないというように首を傾げた。
「うん。エストアに一緒に来ないかって誘われたんだけど、さすがにじゃあってわけにもいかないし、ウィルは2年以内に仕事を誰かに引き継いで戻ってくるからって言ってたけど・・・。」
私の話を聞くと、母は少女のように目をキラキラさせて手を打った。
「まあっ!素敵じゃない!男にとって仕事は人生そのもの。それを捨ててもいいと思えるほど好きになってくれるなんて、そうあることじゃないわ。」
そうかも知れない。でも、今はそう思っていても、人の心は変わるものだ。
私が今、イサクのことを思っても胸がドキドキしないように、ウィルも何かの拍子に気が変わるかも知れない。
一緒にいたのは半月ほどなのに、次に会うのは2年後だというのだから、尚更だ。
「浮かない顔ね?まあ、イサクのこともまだ引っかかってるだろうし、突然告白されて戸惑う気持ちも分かるけど。」
肩を竦めた母に、私も肩を竦めて見せた。
ウィルの心変わりを今から疑ってるなんて言ったら、後ろ向きすぎると怒られるだろうから。
その日のお昼前には、村の外に張られていた天幕は全て綺麗に片づけられていた。
「ユニ、体に気をつけて。手も諦めずに少しずつ動かしてみてくれ。あまり使わないと、体の方も必要ないと思って機能を低下させてしまうからな。」
「分かった。ウィルも気をつけて帰ってね。」
最後の別れをしていると、族長がマーヤとグエンを連れて見送りに来た。
「本当にありがとう、エストアの方々よ。ウルの槍と共に、この恩はきっと子々孫々に受け継ぎ、忘れることはないだろう。」
3人が頭を深く下げると、私を含めて見送りに来ていた村人達が同じように頭を下げた。
「気持ちだけ受け取っておこう。・・・イサクも、エストアの国境近くの町までは一緒に連れて行こう。そこに俺の知人がいるから、しばらく面倒を見てもらうように頼んでおく。」
盗賊達と一緒に一箇所に集められ、うなだれて座り込んでいるイサクをかたい表情で見ていたヤタクに聞かせるためか、少し大きな声でそう言ったウィルは、気遣うように私の方にチラリと視線を寄越した。
私の顔に想像したような感情が見て取れなかったのか、ウィルは意外そうに首を傾げた。
「ありがたい。これでヤタクも、少しは安心するだろう。子が何をしでかそうと、親子の絆は断ちがたい・・・。」
「そうであればこそ、救いもある。」
ウィルの言葉に、族長は何度も頷いていた。
慌しく隊が去った後は、なんとなく村の中が寒々しい感じがした。
元の人数に戻っただけなのに・・・・・。
「寂しいか?」
家に戻る途中、立ち止まった私にコモ爺が声をかけた。
「・・・・・・うん。寂しいね。」
正直に答えると、コモ爺は慰めるように私の背中をポンポンと叩いた。
「出会いがあれば、必ず別れが来る。早いか遅いかは、別にしてな。ほれ、元気だせ!わしらは明日からも生きていかねばならん。落ち込んでいるだけじゃ、腹は膨れん。」
コモ爺らしい言い方にクスリと笑って、私は再び足を動かした。
「そうだね。コモ爺、慰めてくれたお礼に、久しぶりに料理でもしてあげようか?いつも自分で作ったものばかりじゃ、飽きるでしょう?」
「冗談はたいがいにせいっ!お前の料理を食うくらいなら、そこら辺の草でも食った方がまだましじゃわい!」
心からの親切心で言ったのに、ひどい言われようだ。久しぶりに作ったら、何となく成功するんじゃないかと思ったんだけど・・・。
それも憎まれ口を叩いているんじゃなくて、本気で言ってるのが分かるからなおショックだ。
それでも気持ちは上向きになって、お返しにコモ爺の背中を叩いてあげた。
「いてっ!お前は左手でもバカ力じゃな!それだけ力があったら、右手が不自由でも困らんじゃろう!」
素直じゃないコモ爺の言葉に、私は今度こそ声をあげて笑った。




