第13話
林を出た私達は、盗賊たちを突き出してくると言ったドルガ様達と別れ、ウルの村へ戻った。
投降した盗賊たちは村に連れ帰ることになったけど、徒歩のためデリック達が後から連れて来てくれるということだ。
マーヤとマナは私が乗ってきた馬に二人乗りして帰ることにして、私はイサクが乗っていた馬に乗って帰ることにした。逃亡を防ぐため、イサクは徒歩でデリックが連れてくる事になっている。
マーヤが乗っていた馬車と馬は別の場所に隠してあるとかで、グエンがそれを取りに行ってくれることになった。
「グエン、ちゃんと村に来てくれるかしら・・・」
心細そうなマーヤに、マヤが苦笑して言葉を返す。
「大丈夫よ。あなたの荷物が山ほど入っているんだもの。それを届けもせずにどこかに消えたりしないわ。」
「うん・・・そうだよね。それにしても、イサクのこと・・・・・ヤタクはどう思うかしら?私がもっとしっかりイサクを説得できていれば、こんなことに・・・・・。」
ヤタクは責任感の強い人だ。息子が引き起こした不祥事に、耐えられるかどうか・・・。
「ヤタクはもう息子のした事を知っているよ。イサクに槍を持ち出させるために、協力してもらったからな。」
「それって、どういう事?」
ウィルの言葉に驚いて問うと、ウィルは私達に詳しい事情を説明してくれた。
「俺達がイサクを疑った理由は大きく二つある。連中はこのあたりに留まりながらも、あれだけ手当たり次第探していた俺達の網にひっかからなかった。つまり、誰かが誘導している可能性があった。イサクはあれほど俺達を嫌っていながら、俺達の会議には必ず出席していた。つまり、誘導が可能だった。もう一つ、イサクはマーヤをドルガには渡したくないと思っていた。だから、そういう手段に出ることもあるかも知れないと思った。」
もしイサクが全て仕組んだことだとしたら、きっと盗賊と落ち合ってマーヤを引き取るはずだ。もちろん、ただというわけにはいかない。
何らかの対価は支払われなければならない。
馬車に積んでいたという荷の中身を確認したけど、とても金に換えられるものではなかった。
それに、馬車とその中身だけでいいのなら、イサクはすぐにでもマーヤを迎えに行っていただろう。
だとすれば、何を対価に払うつもりなのか。
ウルの村で、それに見合うほどの対価となるものはあるのか。それを族長に尋ねた時に、槍の話を聞いた。倉庫の鍵のありかは、族長とヤタク、それにヤタクの後を継ぐ予定だったイサクしか知らないという。
だから、槍とマーヤを交換する予定なのだと考えた。
「多分もっと早く動くはずが、俺達が来たせいで身動きが取りにくくなってしまったんだろう。昨日、俺は会議の中で村の中に手引きをしている者がいると言って、その後わざと村の中をうろついて見せた。イサクという男はどんな奴だと聞いてまわりながらな。だから焦って、昨日の夜のうちに動いたんだ。ヤタクには、イサクが俺やドルガを犯人だと言い出しても止めないように頼んでいた。俺達が動けなくなれば、安心してマーヤを迎えに行くだろうからな。」
一息に話して、ウィルは心配そうに私を見た。その時になってようやく、私は理解した。
ウィルが心配していたのは、マーヤ達のことじゃなかった。
私の腕の怪我は、私の想い人であるイサク自身の意思で負わされたのだと・・・それも、他の女性を得るために・・・・・。
それを知った時に、私がショックを受けるだろうと心配してくれていたのだ。
私はイサクが好きですと公言したわけではないけれど、態度を見ていればきっとバレバレだったのだと思う。
確かに、ショックだった。ショックよりもどちらかと言えば怒りの方が大きかったけど、今まで生きてきて一番の衝撃だったことには違いない。
「・・・・・ありがとう、ウィル。本当に・・・・・・。私のこと、心配してくれたんだよね?でも、私・・・ウィルが思うより大丈夫だと思う。ウィル、言ってたでしょう?全部、過去形だって。正直、反省した。本当にそうだったから。私も、自分勝手だったのよ。大好きだった頃のイサクを追いかけて、いつまでも、変わってしまったイサクを見ようとしなかったから。」
好きだった頃のイサクが、変わったはずはないと。いつまでも、私はイサクが好きなのだと思って、そう思いたくて、そこから動こうとしなかった。
変わってしまったイサクを愛せなかったのなら、それはもう愛ではない。
ただ私は、いつまでも初恋をひきずって、その偶像をイサク自身にも強要しようとしていただけだ。
「私の好きだった人は、もうどこにもいないの。今のイサクが、どこかに消してしまったから。」
だから大丈夫と笑うはずだったのに、胸の中にどこかひんやりとしたものが落ちてきて、言葉尻が震える。
私は好きな人と一緒に、片腕の自由を失ったのだ。
「ユニ・・・あんな男のこと、もう考えるの止めよう?ユニにはもっと相応しい人がいるよ!例えば・・・・・例えば、ロウとか・・・。」
マーヤの励ましに、思わず噴出した。
「ごめん、さすがに八歳じゃ対象外かな。」
イサクより年上の男子はみんな結婚していて、年下には女子が多く、男子で次に年が近いのは今年八つになるロウしかいない。
「ユニの事より、マーヤは自分の事を考えなさい。グエンと結婚したいんでしょう?私達を襲った盗賊の仲間だもの。説得するのは簡単ではないわよ?」
少し強めに言って話を変えてくれたマナは、彼女なりに私を気遣ってくれているのだろう。
ただ、マナの言う事はもっともで、目下一番の難問だった。
村に戻った私達は、村人達の歓声に迎えられた。
再会を喜んだのも束の間、マーヤとマナは族長の家に戻り、私は鬼の形相をした両親に無言の圧力を加えられ、自宅へと帰った。
報告のためマーヤ達についていったウィルは、顔を青くした私を見てただ頑張れというように肩を叩いていった。
「せっかく助かった命を、お前は何だと思ってるんだ!!」
あまり声を荒げることのない父の怒声に、ビクリと肩が竦む。何とか取り成しを求めようにも、母も同じくらい怒っていて全く父を制止するつもりはないようだ。
「・・・・・ごめんなさい。」
言い訳のしようがないことは、十分に分かっている。危険だという事は分かった上で自分の気持ちを優先したのだから、ここはとにかく謝るしかない。
「今回もウィルさんがすぐにお前を追いかけてくれたから良かったものの、そうじゃなければ今頃どうなっていたか。」
「あなたに何かあったら私達がどう思うか、少しは考えたの?」
「俺達はお前をそんな親不孝な娘に育てた覚えはない!」
私とマーヤはいいコンビだと思うけど、うちの両親も流石は長年連れ添った仲というか、息ピッタリで責めてくる二人に返す言葉もない。
よほど腹に据えかねたのか、そのお説教は部屋の中が暗くなりはじめるまで続いた。
ずっと正座をしていた足はもう感覚もないし、とにかく疲れた。
最初はちゃんと殊勝な気持ちでお説教を聞いていた私も、あまりの長さに次第に言葉が右から左に通り抜けていく。
「ユニっ、ちゃんと聞いてるの?」
「はっ、はいっ、聞いてます!」
私の態度に腹を立てた母が、怒りを新たにして口を開いた。
結局解放されたのは、灯りを灯さなければならないほど部屋が暗くなってからだった。
「もう、二度と危険なことはしないと約束してちょうだい。」
「分かったな、ユニ?」
「・・・・・はい。」
そう締めくくられて、やっと空気が緩んだ。
「今日は朝から何も食べてないでしょう?今夕飯を用意するから、足を崩してゆっくり休んでなさい。」
「父さんは族長のところへ顔を出してくる。遅くなるかも知れないから、先に食べていてくれていい。」
二人が部屋を出たのを見届けて、その場に滑り込むように倒れた。
空腹も疲れもあったけど、とにかく足が痛い。
食事ができたと呼びに来た母が、倒れたまま変なうめき声をあげる私を見て、あきれたようなため息を落とした。
翌朝再び村の集会場に集められた私達は、族長から事の経緯と今後の話を聞かされた。
昨日の夜中に村に着いたというデリックと盗賊達はエストアの天幕にそのまま留まり、代表としてグエンとウィルが立ち会った。
イサクは後ろ手に縄をかけられ、ヤタクが毅然とした表情で縄の先を持っていた。
「・・・・というわけだ。まずイサクの処分についてだが、私財を没収しこの村から放逐することとする。」
ざわついた村人達を手を上げて沈め、族長は話を続けた。
「それから、悔い改めたという盗賊たちについて・・・確かに、償いをさせるというのはよい案だと思う。しかし、この村に住んで働いたとしても、己の食い扶持すら稼げるかどうかさえ怪しい。この通り貧しい村だ。そこで、エストアの方々がこやつらに仕事を与えてくださることになった。稼いだ金の三分の一をこの村に送り続けるようにすると・・・。」
族長の言葉に、村人達は族長と共に感謝と尊敬の意を込めてウィルに目礼した。
そうなると、やはり心配なのはグエンのことだ。グエンも彼らと共に行くのなら、きっとマーヤはグエンに付いて行くだろう。
マーヤに視線を向けると、マーヤも不安そうにグエンと族長を交互に見ていた。
「そして、我が娘、マーヤの嫁ぎ先についてだが・・・・このたびのトウリとの婚姻は白紙に戻すことになった。マーヤはこの盗賊の仲間のもとに嫁ぎたいと言っている。」
村人達の間で、小さなささやき声が広がった。
自分達の夫を、父を、あるいは息子を傷つけた男達の仲間と、族長の娘であるマーヤが情を交し合うのが不快なのだ。
「もちろん、皆の気持ちも分かる。だから、もし皆が許せないというのであれば、マーヤにはこの男と共に村を去らせるつもりだ。」
考える時間を与えるように、それきりしばらくの間族長は黙り込んだ。
「どうだろうか、意見を聞かせてくれ。」
その言葉を待っていた私は、急いで立ち上がって意見を上げた。
「私も彼らに大きな怪我を負わされ、あやうく命をも失いかけました。この上友を失う苦痛を味わいたくありません。彼が心からマーヤを愛し、この村に誠心誠意尽くすというのであれば、私は二人を受け入れます!」
反論が出るよりも前に、今度はヤタクの隣に立っていた父が声を上げた。
「私は片目を失い、娘も失うところでした。しかし、マーヤの事は赤ん坊の頃から、我が子同様に見守ってきた。娘が許すというのであれば、私も許します。」
それからあの時怪我を負わされた男達が次々と立ち上がって、二人を許すと言ってくれた。
本心は反対の人もいたのかもしれないけど、同じ条件で女の私が一番に許すと言った手前、自分だけが反対することもできなかったのかもしれない。
だから、二人の試練はこれから始まるのだ。長い時間をかけて、誠意を見せていかなければならない。
「・・・・・感謝する。」
言葉を震わせて頭を下げる族長は、この時ばかりは父親の顔をしていた。
族長が頭を上げると、今度はヤタクが縄を持ったまま一歩前に出た。
「みんな聞いてくれ!不肖の息子が大変なことをしでかしてしまった。子の責任は親の責任。私は族長の補佐を退き、イサクと共に村を去る。補佐の仕事は、ヘイルに継いでもらおうと思う。」
ヤタクの言葉に、また村人達がざわめき出す。事前に話を聞いていたのか、父は驚いた様子はなかった。
イサクは一瞬大きく目を開いてヤタクの方を見たけど、ヤタクの思い詰めた顔を見ると泣きそうな顔で再び目を伏せた。
「私はイサクと共にエストアへ行き、盗賊達と同様に生涯村への償いを続けるつもりだ。・・・ヘイル、俺の一生のお願いだ。聞いてくれるか?」
「・・・・・お前の気持ちは分かる。俺も、昨日の夜ずっと考えていた。だがな、ヤタク。お前はここに残るべきだ。お前の穴を俺では埋められない。」
「ヘイル・・・だが、俺は・・・・・。」
ついに俯いたヤタクの肩を、父がやや乱暴に掴む。
「逃げるな!俺の知ってるお前は、容易い方に逃げるような、そんな根性なしじゃなかったはずだ!補佐はお前だヤタク。償いたいなら、お前にしかできない方法があるだろう?」
普段どこか頼りなく見える父の必死な姿に、思わず胸を打たれる。
その様子を見ていた村人達も、励ますように声をかけた。
「そうよ、ヘイルじゃあ私達も安心できないもの!お願いよヤタク、私達を見捨てないでちょうだい。」
「イサクはもう十分大人だ。責任は一人で取らせろ。」
涙ぐむヤタクに、族長が声をかける。
「私からも頼む、ヤタク。お前以上に頼りになる者はこの村にいない。次の世代も育てなければならん。村に残ってくれ、この通りだ。」
族長の心を込めて頭を下げると、ヤタクは乱暴に涙を拭って頷いてくれた。




