第12話
男の手から滑り落ちた短剣を拾い上げたウィルは、鋭い視線で盗賊たちを眺め回した。
急に、ウィルの存在感が大きくなったような気がした。
それはもちろん気のせいなんだろうけど、これまでの危機感とはまた違う、息をするのもためらってしまうような圧迫感に包まれて、呼吸が浅くなる。
視線を向けられた盗賊たちもウィルから何かを感じているのか、私以上に緊張した、そしてどこか怯えたように表情を強張らせた。
「暴力は好きじゃない。振るわれるのも、振るうのもな。」
ウィルが一歩前に出ると、それに押されたように盗賊たちも後ろへ後ずさる。
数で圧倒しているはずの盗賊たちがウィル一人に怯える姿は、とても異様に見えた。
「この娘を射たのは、どいつかな?」
ウィルの視線が盗賊たちの姿をもう一周する。その途中で、ピタリと止まった。
「お前か。」
ウィルが目を止めたのは、一際怯えた様子の初老にも見える男だった。男は手に持っていた剣を構えなおして、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「そ、そうだ。俺だ!しかっ、仕方なかったんだ!あのまま逃げられてすぐ助けを呼ばれちまったら、俺達が隠れる時間がなくなってしまうと思って、それに殺そうと思ったわけじゃねえ!ほんとは馬を狙ったんだ!」
男の言葉に、私はぞっとした。もし馬を射られていたら・・・あの速度で走る馬から振り落とされて、無事でいられたかどうか・・・・。
馬に当たろうが自分に当たろうが、死ぬほどの大怪我をさせられたことに違いはないだろう。
「仕方ない?仕方なければ、人に怪我をさせてもいいのか?」
「お、俺達は、生きるために盗賊になったんだ。人間だって、牛だの鳥だの殺して食ってんじゃねえか。俺達が奪って何が悪い?弱いやつは強い奴が生きるために犠牲になる。それが当然じゃねえのかよ?」
答えたのは、ウィルに倒された男だった。
「・・・確かに、正論ではあるな。だが、それならお前達は獣と同じだ。考える事をせず、ただ弱い者を殺し、強いものに淘汰されるだけの存在だ。お前達は、本当に最善を尽くしたのか?食べるものがないなら、分けてくれと頼めばいい。誰も助けてくれないのか?本当にただの一人も?北の方ではそれも難しいだろう。だがこのあたりならどうだ?奪わずに生きていく方法が、本当にないのか?」
ウィルの言葉に、私を含めた誰もが聞き入っていた。良心を刺激されたのか、盗賊たちからの敵意が少しずつ薄れていくのが分かる。
「苦労知らずの坊ちゃんが、分かったような口きいてんじゃねえっ!!」
血を吐くように叫んで起き上がった男が、ウィルの顔に向けて殴りかかる。
その手を掴んで止めたウィルは、溜息をついてから男の胸倉を掴みあげて、そのまま上に持ち上げた。
「苦労知らずの俺としては、大人しく全員投降して欲しいんだが・・・どうする?」
「すっ、するわけっ、ねーだろっ!」
服で首が絞まって苦しいのか、掠れた声で返事をする。
「・・・分かった。」
ウィルは胸倉を掴んだまま、人形でも投げて寄越すかのように、片手で男を放り投げた。
放物線を描いて宙を舞った男は、私に矢を射たという男の方に一直線に飛んでいった。
「うぐっ!」
一応武器を離して受け止めようとした男は、当然支えきれずに一緒に地面に倒れむ。
「・・・ウソでしょ?」
小さなマーヤの呟きは、今この場にいる全員の気持ちを代弁していたと思う。
大の大人、それも男の人を、片手で放り投げられるはずがない。それも、投げた先にいた男は軽く十歩分くらいは離れた場所にいたのだ。
それに、そんな力を出したら普通、力んで声くらいだしそうなものなのに、まったくそんな様子もないのだ。
うすうす、ウィルはかなりの怪力なんじゃないかとは思っていたけど、これは普通に人が持ちうる範囲を超えているんじゃないだろうか?
二人は倒れてからピクリとも動かない。もしかしたら、打ち所が悪くて気を失ったのかもしれなかった。
「投降したとしても罰は当然受けることになるだろう。だが、反省の態度を見せるなら多少情状酌量の余地はある。・・・では、投降する意志のある者は武器を捨てて手を上げろ。」
ウィルが声を張り上げると、盗賊たちはうかがうように互いに顔を見合わせて、そのうちの何人かが武器を地面に落として、両手を上にあげた。
「流石に頭領を見捨てて逃げるほど、クズにはなれねえ。どうせ捕まるんなら、投降した方がいい。」
「・・・俺も、もう隠れて暮らすのは疲れちまった。」
一人、二人と武器を落とすと、釣られたように半数近くの盗賊たちが同じように武器を放棄して手を上げた。
「俺も投降する。」
「グエンっ!」
マーヤの切羽詰った声に、グエンは無骨な顔に笑みらしきものを浮かべてマーヤの頭を撫でた。
「そんなっ・・・・それなら、私も一緒に行く!お願いっ、私も連れて行って!」
マナはそんな二人を見て、困ったように私の方に目をやった。
何とかしてあげたい気持ちはあるけど・・・・・。これまで被害にあってきた人たちの事を考えると、彼だけが許されるというのはおかしいと思う。
かといって、マーヤが辛い思いをするのは私も辛い。
一体どうすれば・・・・・。
ふとウィルの方を見ると、ウィルは問うように私を見ていた。
「・・・・どれくらいの罰になると思う?」
「そうだな。これまでの被害の大きさにもよるだろうが、だいたい鞭打ち何回かと苦役が十年から三十年の間。あとはこの国の裁判官次第だろう。」
ウィルが言った刑罰は、私が大体想像したのと同じくらいだった。鞭打ちされるのを可哀相だとは思わない。でも、何十年も待たされるマーヤは可哀相だ。
マーヤは一途な所があるから、きっと待つと決めたら何十年でもグエンを待ち続けるだろう。
「・・・・・苦役なんて、私達に何も償われないじゃない。被害を実際に受けたのは私達なのよ?」
こんな事を言うのは自分勝手で、これまで被害を受けてきた人たちに対して不公平だと分かっている。
でも、私はやっぱり、見知らぬ他人よりもマーヤの方が大事だった。
グエンに向かって、私はわざと怒った表情を作って見せた。
「本当に反省する気があるなら、私達の村に来てちゃんと償ってよ!私の父は片目を失明して、足だって大怪我でもう馬に乗れるかどうかも分からないわ!ダッドの所は小さい子が3人もいるのに、怪我で動けない間母親のリエッタが一人で仕事も家事も、子育てもしないといけないのよ。他にも大怪我をした人はたくさんいるし、これからまともに働けるかどうかも分からない。それにこの半月、マーヤを探すために人手も動かして、もう村の備蓄もカラッカラよ。」
マーヤも罪悪感に打たれたように顔を歪ませたけど、私がそんな表情をして欲しいのはマーヤじゃない。
イサクの方を見ると、イサクも苦しそうに顔を歪めて私の視線から逃げるように顔を逸らせた。
おかげで少しだけ溜飲が下がった私は、今度は再びウィルに向かって訴えた。
「お願い、償わせるなら、私達に償わさせて。三十年なんかじゃ済ませない。一生かかって償うべきよ!私達が得られたはずの生活を、彼らに保障させてっ。」
ウィルにそんな権限がないのも、私が無茶を言っているのも分かってる。
私はウィルに、彼らを見逃せと言っているのだから。
ウィルはふっと笑みを浮かべると、おもむろに大きな声を上げた。
「・・・そういうことだ!今手を上げてない連中は縛り上げろ!武器は全て回収する。」
私達が驚いているあいだに、木々の合間からいっせいにエストアの兵士とトウリの村の男達が飛び出してきて、盗賊たちが呆然となっている間に素早く縛り上げてしまった。
兵士達と一緒に動いていたドルガはイサクの前にくると、思いっきり顔を殴りつけた。
衝撃で地面に座り込んだイサクを縄で縛りながら、ドルガは唸り声のような声を上げた。
「卑怯な男だ。お前のせいで、俺は花嫁を失った!」
イサクが挑戦的な目でドルガを睨み返すと、ドルガは皮肉な笑みを浮かべた。
「良かったな。お前の希望通り、マーヤは自分の愛した男と結婚する。望んだとおりになったじゃないか。」
くっと息を詰めるイサクを鼻で笑って、ドルガはマーヤの前に立った。
「・・・君が無事で本当に良かった。」
「ドルガ様・・・・。」
ドルガはマーヤに差し出そうとした手を止めて、後ろに立つグエンに声をかけた。
「この俺が、心の底から妻にしたいと望んだ女性だ。お前に、守りきれるか?」
「・・・この命をかけて。」
グエンの言葉に満足したように頷いて、ドルガはウィルの方に向き直った。
「色々と迷惑をかけたが、なんとか丸くおさまったようだ。・・・マーヤは良き友を持ったな。」
優しく微笑まれて、思わず顔が赤くなる。
「惚れるなよ?」
面白くなさそうに言って、ウィルは私を隠すように自分の背中に押しやった。
「ははっ!失恋したばかりで、そうすぐに他の女性は目に入らないさ。縛った連中は俺達が責任を持って役人に突き出そう。他の連中はどうする?」
「取りあえずウルの村に連れて行く。今後どうするかは、族長が決めるだろう。」
「無茶したな、お譲ちゃん。その腕で馬を乗りこなす技術といい、盗賊の前に飛び出す勇気といい、我が隊に欲しいくらいだよ。」
いつの間にか近くにいたデリックに笑いながら声をかけられて、恥ずかしいやら何やらでいたたまれず、無理矢理笑みを作った。
「あ、いえ、必死だったので・・・。ところで、いつからみんな隠れていたんですか?」
気配に全然気がつかなかった。それだけ言い合いに夢中になっていたのかも知れないけど、盗賊たちも気付いていないようだったし。
でも、ウィルだけは彼らが潜んでいるのを分かっていたようだった。
「わりとすぐ追いついたみたいで、お譲ちゃんとそっちの娘さんがあいつに喧嘩をふっかけてるあたりからかな。」
あごでイサクを指して、デリックはおかしそうにクックッと笑った。
「どこの国でも女は強し、だな。俺は女だけは敵に回したくないよ。」
おかしそうに笑って、デリックは武器の回収を手伝いに行った。
「ユニッ!」
「マーヤ・・・・・。」
マーヤは私に駆け寄ると、労わるようにそっと私の右手に触れた。
「ユニ、私のせいで・・・本当にごめんなさい。」
大きな瞳に涙が盛り上がって、キラキラしてとても綺麗だった。
「マーヤが悪いわけじゃないわ。それより、マーヤとマナが無事で本当に・・・・・。」
ここにきてようやく心から安心した私は、思わず声を詰まらせた。もしもの場合のことを、何度も考えていた。
考えないようにしても、何度も何度も頭をよぎって・・・。
この半月は私にとっても、ウルの村にとっても、かつてなく辛い日々だった。
涙ぐむ私に抱きついたマーヤを、私もぎゅっと抱きしめる。
これで、本当に終わったのだ。




