第11話
ウィルが足を止めたのは、盗賊達がいる場所から少し離れた茂みだった。
少しだけ葉をかき分けて彼らの方をうかがうと、ちょうどイサクの後姿が見えた。
イサクの前にマーヤが立ち、マーヤの肩を抱くようにしてマナが隣に立っている。
まずは二人の無事が分かって、思わず安堵の息を吐いた。
マーヤ達の後ろには頬に傷のある大男が立っていて、その周囲を他の盗賊たちが囲んでいた。
「イサク、自分が何をしたのか、分かってるの!?」
「分かっている!だけど、こうするしか他に方法がなかったんだ!俺だって色々考えたさ。けど、マーヤが犠牲にならない方法が、他に何があったって言うんだよ!」
かなり距離はあったけど、大声で話しているせいか声は聞こえてくる。
どうやら、マーヤとイサクは何か言い争っているようだった。槍を持ち出したことを怒っているのだろうか?
「私は犠牲になったなんて思ってなかった!何度も説明したじゃないっ!!それなのに、こんなの酷い!ユニやみんなにどう謝れっていうの?」
鳴き声の混じるマーヤの声に、後ろにいる大男が慰めるようにマーヤの頭を撫でる。すると、マーヤは勢いよく後ろを振り返って、大男に抱きついた。
「えっ?どういうこと?」
思わず声を出した私の口を、ウィルが慌てて手で覆った。
目だけでごめんと謝って、再びマーヤ達の様子をうかがった。
「マーヤに触るなっ!!」
思わずというように二人に近づこうとしたイサクの腕を、それまで黙って会話を聞いていた盗賊の一人が掴んだ。
私の記憶が正しければ、あの時馬車を置いていけと言っていた首領らしき男だ。
「やぼな真似はすんなよ、若造。あれからこっちも事情が変わったんだ。お譲ちゃんは、俺の弟の嫁さんになりたいんだと。だから潔く諦めな。」
「なんだとっ!どういうことだ!?」
大声をあげるイサクと同じように、私も同じく大声を出しそうになって、またウィルに口をふさがれた。
「ウルの槍を置いてどっかへ行け。一人でな。」
「待って!槍は村の大事な宝なの、これだけは村に返して。お願いだから!」
「そうはいかねえな、何のために何日も逃げずに隠れてたと思うんだ?帝国の兵士だって俺達を追いかけてるんだ。槍くらいもらわなきゃ、わりにあわねえ。」
首領の男は、イサクの腕をぐっと引いて低い声を出した。
「少なくとも、約束は守ったぜ?花嫁を攫って、ちゃーんとお前が来るまで預かってた。手も出しちゃいない。けどよ、この通りお譲ちゃん自身がお前と行きたくないって言ってるんだ。そこまでは責任持てねえな。槍は俺たちの労働に対する正当な報酬だ。そうだろう?」
わざと仲間に聞こえるような大声を出すと、他の盗賊達はそうだそうだとはやし立てた。
私は聞こえてきた内容の意味を理解するまでに、たぶん、数瞬はかかったのだと思う。
「護衛の連中も誰も殺しちゃいない。俺達を追えない程度に手加減した。苦労したぜまったく!」
そう続ける首領の言葉に、またしても盗賊たちがおもしろおかしくはやし立てる。
うまく動かない頭で、聞こえてきた言葉をゆっくりとそしゃくする。
息すらも止めたように動かない私を心配してか、ウィルが握った手に力をこめた。
「・・・・・ゆるさない・・・・。」
自分でも、びっくりするくらい低い声が出た。
最初から、全部、イサクの計画通りだったってこと?マーヤを自分のものにしたくて、盗賊にマーヤを攫うように頼んだの?槍を渡すことを条件にして?
「ゆるさない・・・・。」
父の右目は、もう一生見えない。足だって、完全に元通りになるか分からない。私の右腕も、後遺症が残るだろう。
怪我をしたのは私達だけじゃない。
ヤタクだって、他のみんなだって、しばらく仕事に出れないほどの怪我だった。
イサクはたんこぶだけだったって聞いた。それは、最初からそうする予定だったから?
人間本気で怒ると、本当に目の前が真っ赤に染まったような錯覚を覚えるのだ。
「イサクっ!!この人でなし!裏切り者っ!!無事で良かったなんて、よくも平気な顔して言ってくれたわねっ!!」
気がつけば、私は叫びながらイサクに向かって突進していた。
この時私は、いっそイサクを殺してやりたいとすら思っていた。
「「「ユニッ!?」」」」
マーヤとマナ、それにイサクの声が見事に重なった。
左手に変わらずウィルの手があることすら忘れて、私は歩きがらもひたすらイサクに罵声を浴びせ続けた。
「村の人間を襲わせるなんて!あんた頭おかしくなったんじゃない?みんなの怪我を見ても何とも思わないわけ?あんたは自分の欲のために、家族同然の人たちに大怪我負わせたのよ!」
あっけにとられた盗賊たちは、突然の私の登場にただ呆然と固まっていた。
それをいいことに、私はイサクとマーヤの間に入ってさらに詰った。
「しかも自分の力じゃどうにもできなくて、よりによって盗賊に頼むなんて!結局あんたには、男としての能力も人間としての魅力も足りないのよ!いいえっ、こんな卑怯な真似をするなんて子供以下っ、幼児以下っ、人間以下よっ!!」
声がかすれるほどの大声で一気に叫んで、さすがに息切れした私は呼吸を整えるために言葉を止めた。
「・・・仕方なかったんだ。マーヤが好きでもない男と結婚するなんて、俺にはとても耐えられなかった・・・。」
苦しそうに吐き出したイサクの言葉に、また頭の血管が切れそうになる。
「しつこい!私だって何回も止めたわよ!それでもマーヤが気持ちを変えなかったから、だったら応援するしかないじゃない!」
「それが不幸になるって分かっていてもか?」
責めるようなイサクの視線に、もう憤死するんじゃないかと思った。
「勝手にマーヤが不幸になるって決め付けないで!マーヤの幸せはマーヤが決める!マーヤがどう生きるかもマーヤが決めるっ!!あんたじゃないっ!!」
「そうよっ!私がそうしたいって決めたことを、イサクが止める権利なんてない!私はイサクの持ち物じゃないのよ!」
後ろで泣いていたはずのマーヤが私の横に並んで、私に加勢した。
「今はそれが理不尽だと思っても、いつか俺についてきてよかったと思える日が来る。考え直せ、マーヤ。」
ここまで言われてもめげないイサクに、怒りと共に情けなさと呆れもやってくる。
「私はイサクのそういう所が嫌なのよ!結局私を対等に見てない、私の意見を無視するじゃない!それに、イサクのことを近所のお兄ちゃん以上に思えないって何度も言ってるでしょう!」
「そもそも他人の力を借りなきゃ何もできないような男が、女一人満足に幸せにできるはずがない!あんたにマーヤはもったいないわ!」
「それに私の親友に大怪我を負わせて、私がイサクを許すと本気で思ってるの?」
「だとしたら本当におめでたいわね。頭の中に脳みそじゃなくて羽でも入ってるんじゃない?だからいつまでもふわふわと夢みたいなことばっかり考えてるのよ!」
怒涛の攻撃に、イサクも流石に黙り込んだ。
ゴホンゴホンとへたくそな咳払いをして、首領の男がやや引きつった愛想笑いを浮かべた。
「あんたは、この男と一緒にイサクを追いかけてきたのか?だったら話は早い。悪いが槍はもらっていく。マーヤは俺達と一緒に逃げる。もう一人の女はあんたらといっしょにここらへんの木にくくりつけておく。それで決まりだ。どうせ、仲間も後ろから来てるんだろう?帝国の軍人が、一人で盗賊の巣に飛び込むなんて無謀な真似するわけないからな。」
ここにきてやっと我に返った私は、慌ててウィルの姿を探した。
馬鹿なことに左手はしっかり握られたままで、ウィルは律儀に私についてきていた。
怒りで我を忘れて、ウィルのことも完全に頭に残っていなかった。こんなことになって怒っていると思ったウィルは、予想外に笑いをこらえるように口の端をピクピクさせていた。
「・・・ぷっ・・・・・本当に二人は親友同士なんだな。息がピッタリだ。」
妙な事に感心されても困る。今はそんなことを悠長に話している状況ではない。
私のせいだけど・・・・・・。
「マーヤ、本当に、その・・・・・。」
見てはいけないものを見るように恐る恐る大男の方を見る。大男は横幅はマーヤの二倍はありそうだし、背もウィルと同じくらいある。
頬には縦に大きく傷跡があり、髪は短く刈り込んでいる。一重の目はするどく、野獣のような印象を受けた。
「うん・・・。盗賊たちに捕まってから、グエンが何かと私達の面倒を見てくれて・・・。彼、とても怖く見えるでしょう?でも本当は臆病で、すごく大人しいの。私、こんな気持ちは初めてなの。どうしても、彼のそばにいたいの。・・・・・それが、族長である父やユニ達を裏切ることになっても・・・。」
「そ、そう・・・。」
ぽっと頬を染めて目を潤ませるマーヤは、文句なしに可愛らしい。
臆病で大人しいという特徴が男として魅力になるかどうかはともかく、マーヤが本気だと言う事は理解した。
「ねえマーヤ、やっぱりグエンを連れて村に帰りましょう。族長を説得するのは、私も一緒にしてあげるから。あなたが盗賊の生活をするなんて、やっぱり無理よ。」
ずっと黙っていたマナが、もどかしそうにマーヤに訴えた。
「でも、私の為にグエンをお兄さんから引き離すなんて・・・・・。」
「俺は、マーヤと一緒ならどこでもいい。」
グエンは見た目通り、低い声で、ぼくとつな話し方だった。
「おいっ、勝手に決めるな!」
「うるさいからちょっと黙ってて。」
今は、イサクの声を聞くのもわずらわしい。
「おいグエン、俺を見捨てていくのか?そりゃないんじゃないか?ここは最初の予定通り、槍をいただいてずらかろうぜ。早くしねーと、こいつの仲間が来ちまう。」
首領の男はあごをしゃくってウィルを指すと、腰に挿していた短剣を抜いた。
それを合図に、今まで遠巻きに見ていた盗賊たちがいっせいに武器を手に私達との距離を詰めてきた。
ギラギラと光る刃に、襲撃されたときの事を思い出して血の気が引く。
「おいっ、誰か縄持ってこい。」
首領の言葉に、一人が慌ててぼろ布で覆われた天幕へと入っていった。
盗賊たちのものだろう天幕は木の枝や葉が上に無造作にのせられていて、遠目から見ると分かりづらくなっている。
「全員手を上げてじっとしてろ。いいか、動くんじゃねえぞ?少しでも動いたら、グサリだぞ。」
顔を青くする私とマーヤにクツクツと笑う。
イサクは手に持っていた槍と荷物を地面に置いて、早々に両手をあげた。
それにも多少幻滅しながらも、私も両手を上げようと手を上に出す。ウィルに離してもらった左手は持ち上がったけど、右手はやっぱりうまく動かない。
ゆっくりと胸の前くらいまで持ち上げた私に、首領の男は表情を怒らせた。
「譲ちゃん、ふざけてんじゃねえぞ!ちゃんと上げろや!」
私の上がらない手を上げさせようと短剣を持ったまま近づいた男の胸倉を、ウィルが掴んだ。
「汚い手でユニに触れるな。」
ゾクリとあわ立つ様な低い声とともに、ウィルが男を後ろに突き放す。
本当に軽く押しただけのように見えたのに、男は勢いよく後ろに倒れて、うめき声を上げた。




