第10話
考え込んでいる間にイサクの姿はとっくに消えていたけど、どこに向かったかは大体想像がついた。
イサクの家の裏手にある馬小屋だ。そこに行くと、ちょうどイサクが馬を引いて小屋から出てくるところだった。
肩に担いだ大きな荷袋に、自分の予想が当たっていることを確信する。
駆け寄って問い詰めたい気持ちをぐっとこらえて、イサクからは見えないように小屋の死角に隠れる。
イサクは用心深く周囲を見渡すと、馬を引いて歩き出した。
焦る気持ちを宥めながら、十分な距離をとってイサクの後を追いかける。
慎重に人のいない道を選びながら村の外まで出たイサクは、最後にもう一度周囲を確認して馬上にあがり、短い掛け声をかけて馬を走らせた。
イサクが向かった方角を確かめた私は、今度は急いで自分の馬の所へと走った。
誰かに伝えておかなきゃと思うけど、悠長に説明している時間もない。
自分の家の馬小屋に入って、私は極力音を立てないように馬を引いた。こんな所を母に見つかったりしたら、確実に足止めをされてしまう。
「危ない事につき合わせてごめんなさい。帰ったら、特別おいしい草をご馳走するからね。」
そう言って薄茶色の鼻面を撫でてやると、気持ち良さそうに目を瞬かせた。
村の裏手から出て、村の外周に設置された柵に足をかけながら、なんとか馬によじ登る。
利き手が使えないと、本当に不便だ。それでも、やるしかない。
首から提げていた三角巾を取って、右手でも一応手綱を握る。ほとんど使えないとはいっても、ないよりはましだろう。
掛け声と共に足でかるく馬の腹を叩き、駆け足でイサクを追いかける。
方角しか分かっていないから、後は何とか足跡を追いかけていくしかない。
馬を走らせながら、私はこれからどう動くべきかを考えた。
おそらく、イサクは盗賊たちと接触したのだろう。いつ、どこで、どうやってかは分からない。
でも、きっとその時に交渉したのだ。
村の一番の宝と、マーヤ達を交換することを・・・。
ウルの槍とマーヤなら、イサクにとっては比べる対象にもならないだろう。
そのことを村のみんなに知らせなかったのは、槍を交渉に使うことを渋られると思ったのか。 それとも、自分一人でマーヤを迎えに行って、そのままマーヤを連れ去るつもりだからなのか。
あるいはその両方か・・・。
イサクが持っていた荷袋の大きさを考えれば、あそこに槍が入っていたとは考えられない。
あの袋には、おそらくこれからの旅に必要なものが入っているのだろう。
きっと、村の外のどこかに槍を隠している。それを取りに行って、それから盗賊のところへ向かうはずだ。
そこまで考えて、ふいに背後から聞こえた馬蹄の音に思考が中断された。
恐る恐る後ろを振り返り、顔を引きつらせる。
「利き手が使えない状態でこれほど早く馬を走らせられるとは、なるほど、乗馬の腕前は確からしい。盗賊がどこに潜んでいるかも分からないというのに、寸鉄も帯びずに単騎で飛び出して、一体どういうつもりだ?」
馬を並走させたウィルは、怒った口調で私を責めた。
私が言い訳をしようと口を開くよりも前に、またウィルが話し出す。
「・・・ユニは、イサクを追いかけてきたんだろう?」
「・・・・!どうして、それを?」
ウィルは深いため息をつくと、ここに来た事情を説明した。
「槍が消えたという話を聞いた時に、あの男が持ち出したのだろうということは予想していた。だから、見張りをつけてもらっていた。あの男が村の外に出たと聞いて追いかけて来てみたら、ユニが見えたから慌てて追いついたってわけだ。」
「予想していたって・・・それは、やっぱりイサクがウィルを犯人にしようとしたから?」
「・・・・・それもある。それよりユニ、イサクは俺が後を追いかける。ユニは村に戻っていてくれないか?両親も心配しているだろう。」
両親と言われると辛いけど、そう言われてはいそうですかと戻れるくらいなら、最初からイサクを追いかけたりしない。
「・・・・・イサクは多分、盗賊と接触したんだと思うの。多分、槍とマーヤ達を交換するつもりなのよ。誰にも相談しなかったのは、マーヤを連れてそのままどこかに行ってしまうつもりだからだと思う。だから、私・・・。」
自分の気持ちを探すために黙り込んだ私を、ウィルはじっと待っていてくれた。
「・・・もし、マーヤがイサクと一緒に行ってもいいと思うなら、それでもいい。マナは私が村に連れて帰る。槍のことは・・・族長なら多分、許してくれると思う。でももしマーヤが村に帰りたいと思うなら、私がイサクを止める。」
二人が幸せになるなら、見守るだけにする。でも、そうじゃないなら、全力で止めてみせる。
それが、幼馴染みとして私にできることだと思うから。
「それに、こんな別れ方はしたくないの。・・・最後に見たマーヤの顔は、怯えてた。ずっと一緒に育ったんだよ?このまま会えないなんて、絶対いやだよ・・・。」
もしイサクと一緒に行ってしまうことになったとしても、ちゃんと見送りたい。
言いながら、ぼやける視界に目を何度もこすった。
「お願いウィル、絶対足手まといにならないようにするから、このまま一緒に行かせて?」
きっと駄目だと断られると思ったけど、ウィルは少しの間の後、諦めたようなため息をついた。
「先延ばしにしても、同じことか・・・。」
独り言のような言葉に首を傾げると、ウィルは苦笑した。
「俺の言う事には全て無条件で従ってもらう。それと、絶対に俺のそばから離れるな。約束できるか?」
「うんっ!約束する!ありがとう、ウィル!」
こうして頼もしい同行者を得ることができた私は、ウィルの意味深な言葉を深く考えようともせず、つい聞き流していた。
何度か馬を止めて蹄のあとを確認しながら、私たちはイサクの後を辿った。
その度にイサクは手荷物から小石を取り出して、地面に置いていった。
「それって、目印かなにか?」
「ああ。白はまっすぐ、青は右、黄色は左。一応、そう決めてある。隊を整えたら、デリックが後ろから追いかけてきてくれるはずだ。」
村からもうどれくらい離れたのか、しばらくして急にウィルが馬の速度を緩めた。
「どうしたの?」
同じように馬足を遅くして、ウィルにたずねた。
「どうやら、追いついたようだ。」
ウィルが目を細くして見据えるその先に、黒い小さな点が見える。ここからだと、何かが動いているという程度しか見えない。
「ウィル、ここから見えるの?」
「・・・・・・見つからないように、もう少しだけ距離を置こう。」
「・・・分かった。」
私たちはしばらくその場に留まってから、またイサクを追いかけた。もう私の目には点すら見えなかったけど、ウィルの目はしっかりとイサクの姿を捉えているようだった。
一体どれほど視力がいいのか、本当に不思議な人だ。
「この奥に入って行ったようだ。ここからは、馬からおりて行こう。」
そう言ってウィルが示した先は、意外にも普通に商隊が通るような、大きな道の近くにある林だった。
馬を降りると、ウィルが二人の馬を近くの木に繋いでくれた。
「こっちだ。」
小声でそう言って、ウィルは私の左手を引いて歩き出した。
暖かい大きな手の感触に、こんな時だというのにドキリと胸が高鳴った。
「ね、ねえ、手を繋いでいたら歩きにくくない?」
自然に言うつもりが、妙に声が裏返ってしまった。
ウィルは周囲を見回しながら、歩調を緩めずに言葉を返した。
「ここからは何があるか分からない。歩きにくいかも知れないが我慢してくれ。」
「う、うん。分かった。」
そもそも無条件で言う事に従うと約束して連れて来てもらったのだ。ちょっと恥ずかしいくらいは我慢するべきだろう。
ウィルにならってできるだけ足音もたてない様に、奥へと進む。
来た道が分からなくなるのではと不安になりだした頃、かすかに人の話し声が聞こえてきた。
聞こえるということは、こちらの声も向こうに聞こえてしまう可能性があるということだ。
私が合図をするように繋いだ手を引っ張ると、ウィルは分かっているというように頷いて、また歩き出した。
心臓が緊張でドクドクと音を立てる。
この先に、盗賊が隠れているのだろうか・・・?
近づくにつれてはっきりと聞こえてくる声に、私はハッとして立ち止まった。
「・・・・って、・・・・だからっ・・・・。」
かすかに聞こえてくる高い女性の声。聞き間違えるはずがない。
思わず声を上げそうになった私を目で制したウィルは、私の体を抱えるようにして背の高い茂みの裏をゆっくりと歩いた。




