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ありふれた恋歌  作者: 徒然
第一章 邂逅
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第1話

 小柄な馬車を囲む騎馬は十騎。八名は男、うち二名は女だった。

 女二人は弓を背にかけ、男達は腰に剣を佩きそれぞれ武装している。

 馬車の左右を女達がはさみ、その前後左右を男達が守って道を進んでいた。


 その馬車の窓が開き、中から愛らしい少女が顔を出した。ふわふわの茶色い髪をゆるく後ろで括り、白くまろやかな頬を拗ねたように膨らませている。

「ねえ、私も外に出て馬に乗りたい!もう半日以上一人で馬車の中に閉じ込められているのよ?私を可哀相だと思わない?」

 そう言って、少女は髪と同色の瞳を潤ませて訴えた。

「可哀相だと思うけど、今日だけは我慢よ。夕方にはトウリからの迎えと合流するはずだから。花嫁が護衛と同じように馬に乗っていたら、とんだお転婆だと思われるわよ?」

 少女の名はマーヤといって、草原の南の方に住むウル族の族長の娘だ。

 ウルの村から馬で西へ二日ほど行った場所に、トウリ族の集落がある。

 トウリの族長の息子ドルガから、マーヤを妻にしたいと申し出があったのが半年前。受諾の返事を返したのは、その二週間後のことだった。

 二人の婚礼の儀は夏至の日にトウリで行われることが決まり、準備のためその一ヶ月前にマーヤはトウリに入ることになった。

「夕方って、まだまだ先じゃない・・・・・。ほら、太陽はまだこんなに高いのよ?」

 ウルはそれほど豊かな村ではない。人を運ぶための馬車はこれ一台しかなく、マーヤと荷物だけで一杯になってしまった。

 必然的にマーヤはたった一人で馬車に詰め込まれることになり、暇をもてあましているようだった。


「ねえユニ、トウリの人と合流したら、やっぱりユニは帰っちゃうんだよね?」

「マーヤ・・・・・。ごめんなさい。」

 寂しそうな顔をするマーヤに、私も胸が苦しくなる。

 私と同い年のマーヤは、小さな村の中で姉妹のようにして育った。

 二度と会えないわけではないと分かっていても、毎日のように顔を合わせていた近しい人と離れるのは、心の中に穴が空くような気持ちになる。

 私でさえそうなのだから、生まれ育った村を離れるマーヤはもっと辛い思いをしているだろう。

「でも、マナはあなたとずっと一緒にいてくれるわ。それに婚姻の儀を行う時には、私も族長と一緒にトウリに行くから。」

 トウリからは、花嫁に一人だけ付き添いをつけても良いと言われていた。

 そこで族長は自分の末の妹、マーヤにとっては叔母にあたるマナを付添い人として選んだ。

 今年四十歳になるマナは数年前に夫を亡くし、二人の子供は独立して家庭を持っていた。

 マナは姪のマーヤをとても可愛がっているし、亡くなった夫がトウリ出身の人だったから、トウリの風習にも詳しい。

 付き添いとして連れて行くにはうってつけの人物だった。

「マナなら、きっとマーヤを助けてくれる。」

「何を助けてくれるっていうんだ?マーヤが一度しか会ったことのない男と結婚して、好きでもない男の子供を生むのをか?」

 苛立ちもあらわに言い捨てたのは、私の斜め前にいた青年、私とマーヤの幼馴染みのイサクだった。

「トウリに刃向かえば、ウルはただではすまない。族長は、保身のために娘をトウリに売ったんだ。」

「黙れイサクっ!口が過ぎるぞ!」

 先頭にいたイサクの父ヤタクが、私が口を開くよりも前に怒鳴り声をあげた。

 ヤタクの隣に馬を並べていた私の父も、私達の方を振り返って苦笑を浮かべて見せた。

 馬車の反対側からは誰の声も聞こえてこないけど、マナにもイサクの言葉は聞こえていただろう。

 マナは気が優しいから、イサクの言葉に傷ついていないか心配だった。


 誰も何も言えずに黙り込んだまま、ただ馬車の車輪が回る音と、道を踏みしめる馬蹄の音だけがやけに大きく聞こえた。

 トウリの集落はウルの村と比べて何倍も大きいし、人も馬も家畜も多く、ウルの村にはない軍隊も持っている。

 そしてこの大陸の中心、エストアに続く大きな行路の近くにあり、物流も盛んだった。

 ウルのような小さな村は、トウリには逆らえない。ウルはトウリの商人を介して、特産品を売ったり生活に必要な日用品を買ったりしている。

 トウリに交流を断たれては、たちまち立ち行かなくなる。

 イサクが言ったことは、決して間違いではなかった。

「ねえイサク、私、売られたなんて思ってないよ?ドルガ様はお優しそうな方だったもの。見た目だって良かったし。すぐには無理かも知れないけど、いつか、好きになれそうな気がするの。」

 マーヤが窓から身を乗り出してイサクに話しかける。イサクはまるで聞こえないかのように、前を向いたまま無言で馬を進めていた。


 イサクがマーヤに特別な気持ちを持っていることは、私もマーヤも、村のみんなも知っていた。

 半年前にトウリからの申し出があった後、イサクはマーヤにプロポーズしたのだ。

 でも、マーヤはそれを断った。イサクはマーヤが村の為に自分の申し出を断ったのだと思っている。

 だから今回の見送りの護衛には、族長もヤタクもイサクを外すつもりだった。

 でも、イサクの強い希望があって護衛に入れることになった。

 イサクは自分なりにけじめをつけたいと言っていたらしいけど、さっきの言動を見るととてもけじめをつけられているようには思えない。

 私とマーヤがどうしたものかと互いに顔を見合わせたとき、それは起こった。


 道の両側に続く林の中から突然、私達を取り囲むようにして大勢の男達が飛び出してきた。

 男達はいずれも屈強で、おのおの手に武器を持っている。

 最近盗賊の被害が多いという話は聞いていたけど、襲われるのは大体護衛の少ない商隊で、念のために武装はしていたものの、まさか自分達が襲われるなんて思ってもいなかった。

「何者だっ!?」

 ヤタクと父が剣を抜くのを見て、呆然として固まっていた他の者も慌てて剣を構えた。

 私も弓をつがえて、馬車の近くにそっと馬体を寄せた。

「ユニッ!」

「マーヤ、馬車の中から出ないで!あなたは、私達が必ず守る。」

「・・・・・分かった。ユニ、みんなも気をつけて。」

 男達に視線を走らせながらそう言うと、マーヤは逡巡する気配を見せた後、肯定の返事を返した。

 首領らしい男がニヤニヤと笑みを浮かべてイサクの父を見上げた。

「その馬車を置いていきな、旦那。そうすりゃ、命だけは助けてやるぜ?」

 首領の言葉に、仲間の盗賊達は下卑た笑い声を上げた。

「この馬車には、トウリの族長ゴラム様の長子、ドルガ様に嫁がれるウル族族長の娘、マーヤ様が乗っておられる。トウリとウル、共に敵に回す覚悟があってのことかっ!!」

 族長の補佐を任されているだけあって、堂々たる物言いは力強く、覇気に満ちている。

 盗賊達は一瞬怯んだ様子を見せたが、首領の男だけは動じなかった。

「捕まるのが怖くて盗賊なんぞやってられるかっ!!やれっ!!」

 首領の男が手を上げると、槍を持った男達がまずいっせいに馬に襲い掛かった。

 槍にさされた馬たちは悲痛な声を上げて横転し、振り落とされた男たちはそれでも冷静に立ち上がり、剣で盗賊達に反撃した。

 私はその間弓で援護をしたけど、盗賊と仲間が混戦していて、なかなか的を絞れない。

 それに何よりも、獣ではなく同じ人間相手に矢を放つのは初めてで、情けなく手が震えて思うように動かせなかった。

「てめぇら分かってるだろうな?女と女の馬は殺すなよ!」

 首領の怒鳴り声に、背筋が寒くなる。

 盗賊に連れ去られた女の末路は想像に難くない。慰み者にされ、飽きれば殺されるか、それとも奴隷としてどこかに売り飛ばされるのか・・・・・。

「ユニっ、逃げろ!逃げてトウリの連中を呼んできてくれっ!」

 馬をやられた父が、剣戟の合間を縫って私の所に走ってきた。

「お父さんっ!でもっ・・・・・。」

 こんな状態で、仲間を見捨てて一人逃げるなんて!

「私からもお願いよユニ!助けを呼んできて!私、待ってるから!!」

 外の様子を見守っていたマーヤが、真っ青な顔で叫んだ。

「ユニっ、行けっ!」

 父は言うと同時に、剣の腹で私の馬のお尻を強く叩いた。


 馬がなかば棹立ち状態になり、驚いた私はとっさに弓を取り落としてしまった。

 その様子に危険を感じた盗賊達が必然的に道をあける形になり、私は暴走して走り出した馬に振り落とされないよう、ただ姿勢を低くして手綱にしがみついた。

「っっ!!」

 次の瞬間、二の腕に強い衝撃と鋭い痛みが走った。

「「「ユニッ!!!」」」

 後ろから、何人かが悲痛な声で私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 強い痛みを感じる場所から、熱を持つ何かが流れていくのが分かった。

 それは袖から伝い出て、手綱を持つ私の手を赤く濡らした。

「・・・・弓で狩られた獣って、こんな気分なのかしらね。」

 冗談でも言わなければ、とても正気を保っていられない。痛みと恐怖で、頭がおかしくなりそうだった。

 それでも、一刻も早く助けを呼ばなくては・・・・・父もイサクも他の仲間も、あれだけの大人数を相手にいつまで無事でいられるか・・・。

 マーヤだって、どうなってしまうか分からない。

 次第にかすんでいく視界が涙のせいなのか、それともこの痛みのせいなのか、私にはもう分からなかった。



 それからどれほど経ったのか、遠くなりそうな意識を何度も手繰りよせる。

「誰かっ、誰かいませんかっ!?」

 雨が降るのか空は厚い雲に覆われていて、今どこに進んでいるのか方角すら分からない。

「お願いっ、誰か返事をしてっ!」

 いつの間にか入り込んだ林の奥。道なりに沿って進んでいれば、今頃トウリとの合流地点に着いていたはずなのに。

 怪我のせいで手綱を強く引くことができず、道を曲がれずに正面の林の中に入ってしまったのだ。

 暴走して走り続けた馬はさすがに疲れたのか、ゆっくりと獣道を歩いていた。

 人の気配が全くしない事は分かっていたけど、それでも縋らずにはいられなかった。

「お願い、だから・・・誰か・・・・・・。」

 力の抜けきった手から、真っ赤に染められた手綱がこぼれおちる。

「誰か・・・・・・。」

 激しい眩暈がして、気がついたら体が強く地面に叩きつけられていた。

 ポツリと頬に水滴が落ちてきたかと思うと、それはすぐに地面全体を濡らすほどの数に増えていく。

 もう、体のどこが痛いのかすら分からなかった。

「・・・黒き翼持つ、夜明けの太陽・・・・・。」

 それは、希望の名。草原の民が絶対の忠誠と信頼を捧げる、大陸の支配者にして偉大なる導きの手。

「た・・・けて・・・・。」

 私の命は、きっともう助からない。でも、どうか仲間だけはお助け下さい。あなたの忠実な民達を、お救い下さい。

 強く強く願いながら、眠るように意識を手放した。



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