5.
暖かい日が続いた頃、俺は職場に向かう電車の中にいた。
揺れる電車は通勤ラッシュのせいか、非常に混んでいる。慣れているとはいえ、朝から疲れが倍増される。
いや、疲れが倍増されて、なにも考えられなくなるくらいがちょうどいいのだ。
俺は、無表情のまま流れる窓に目を向けていた。
すると、聞くともなしに聞こえてくる、少女たちの声が耳に入ってきた。
少女たちは高校生らしく、世の中の苦悩など何も知らないような光を放っていた。
「ねぇねぇ、私のお父さん、とある島の国王だったんだって~」
少女の一人が真剣そうな声で言っていた。
「うそ~。幸恵のお父さん、普通に喫茶店のマスターしてるじゃん」
「んでも、時が時なら、国王だったんだって」
「時っていつよ」
「え~。そこまで考えてなかったよ」
「うそかよ!」
混みあう電車の中で、三人の少女が口々に言い合い、笑いあっている。
それにしても、喫茶店の店主が島の国王とは、偉い嘘を言うもんだなと思っていると。
「だって、エイプリールフールだもん」
「それなら、もう少しまともな嘘を考えてきなよ」
「幸恵ってさ~。毎年アホだよね~」
「じゃぁ、あんたたちはどんな嘘を言うつもりよ」
「暴露したら楽しみがないじゃない」
「あ! ねぇねぇ、知ってる?」
きゃぁきゃぁと笑っていたかと思ったら、一人が思いついたように二人に言い出した。
「なにが?」
「エイプリールフールの日が終わる、深夜十二時ジャストについた嘘は、本当になる! と言う話」
「あ~。それって、ネットで噂されてる都市伝説じゃない」
「知ってる! それ! でもさ、火のないところに煙はたたないっていうよ。もしかしたら、本当にあるのかもしれないじゃない。興味あるな~」
「そういうけど、大体さ。ジャスト0時だよ。それも、長針と短針が重なった瞬間に言わないとダメだって言うじゃない。ほんの一瞬だよ~」
「だよね~。無理といえば無理だ」
「じゃぁさ、できるかどうか検証してみようよ」
「検証って、どうやってよ?」
「今夜うちに泊まりに来ない? そしたら、深夜0時に嘘ついて、本当になるかどうかを見極めることできるじゃない」
「くだらな~い」
「え~。面白そ~」
深夜0時の嘘か……。
そういえば、俺も学生の頃はくだらないことで真剣になっていた。
真紀が動けなくなってから二年が経とうとしているが、この二年間笑うこともなければ、物事に心を奪われることもなかった。
それなのに、どうしたことか、今の女子高生の話が妙に心に引っかかった。
だからと言って、そんな都市伝説が本当に起るはずもない。
俺は苦笑しながらも、自分に多少なりとも余裕がでてきたのだろうと思っていた。
間もなく電車は、目的の駅へと滑り込んだ。
一日の仕事を終えると、外は真っ暗になっていた。
今日も神経がボロボロになるほど疲れている。
―――これでいいんだ。
明日も22時に更新します
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