4.
次に気がついたのは、周囲の騒がしさだった。
レスキューが来たのだろう、車がこじ開けられるような音がした。
そしてまた意識が切れ、次に気がついたときはベッドの上だった。
体中が痛み、生きていることを実感した。
意識が戻ると真紀のことが心配になり、
「妻はどこですか?」
と、そばにいた看護師に声を掛けると、困ったような笑みを浮かべて逃げるように部屋から出て行った。
しばらくすると、医師を携えてやってきた。
「先生、妻は? 妻は大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。我々が全力を尽くしましたから、安心してください」
その言葉を聞くと、俺は安心して三度意識を失った。
俺の怪我は大した事もなく、2週間もすると退院が許可された。
これで誰にも文句を言われずに真紀に会えると思うと嬉しかった。
ところが、実際の真紀は今と何も変わらない、いわゆる植物人間になっていたのだ。
それから一年。俺は、仕事が終わると病院へ通い続けた。
真紀のいない家にいるのがつらかったのだ。できることなら、病院で、真紀のそばで朝を迎えたかったくらいだ。
もちろんそんなことは許されず、消灯時間ぎりぎりまでねばると、名残惜しそうに病室を後にした。
「あの頃は、何も見えてなかったんだな……」
事故に遭い、真紀が寝たきりになってから一年。世界の全てが変わってしまったかのように思えてならなかった。
昼間は仕事に打ち込み、仕事以外を考えないようにした。ほんの少しでも真紀のことを思えば、涙が止まらなくなり、仕事が手につかなくなるからだ。
仕事が終われば、病院へ行く。どんなに疲れていても、それが日課になった。
そして声を掛け、その日あったことを話して聞かせるのだ。その間、ずっと真紀の手をさすり続けていた。
そうすることで、真紀に自分の声が聞こえるのではないか。あるいは、手をさすることで刺激になり、目を覚ますのではないかと、はかない期待を捨てることがなかったからだ。
しかし、思えば必死に生きてきた時間だった。真紀の目覚めを祈って、日々を生きることだけが自分の全てとなり、どんな風が吹き、季節がいつ変わったのかすら、気がつかなかった。
「真紀、この病院の入り口に大きな桜の木があったんだね。その木には、蕾がついていたよ。花を咲かせようと準備しているんだね。今年は一緒に見られるかな……。一緒に、見たいよ。…………もう、意地悪言わないから、ちゃんと結婚前みたいに……真紀を見てるから、早く目を覚ましてくれよ。……桜が……」
涙があふれた。
明日も22時に更新します
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