詩音 高校1年生の春。
「君、迷子?」
初めて挑んだ迷宮で右も左もわからず途方にくれていた俺に声をかけた人物は回りを見渡しても見つからない。
せめてもう一度声をかけてもらえたら、その方角が特定できるかもしれないのにと思うのに、中々やってこない。
痺れを切らしたその後に、ゆっくりと次なる言葉が降ってくる。
「迷子なら、一緒に潜ろうよ」
前方暗がりから、ゆっくりと歩いてきたのは、同い年くらいの少女だった。
日に焼け過ぎていない腕を俺に向けて伸ばして、キョトンと首をかしげている。
仕草は可愛いけれど、それだけだった。特に心になにも打たない。
相手の姿がわかると途端に男として意地を張りたくなった。
「俺は別に迷子じゃない、あんたの見間違いだろう」
といえば相手は肩を竦め、ため息にも似た息を吐いて背を伸ばす。
「そう、お邪魔したわ。此処に潜るならまた近いうち逢うでしょ、またね」
あっさりと踵を返して暗がりの中に溶け込みかけた少女に、焦って手を伸ばし声をかける。
伸ばした腕は、少女が着ている服の裾を捕えて、指をからませる。
「おい、ちょっと待てよ」
しっかり掴んだ服の裾を引く。
バランスを崩して振り向く少女の目は剣呑としている。
「何よ、迷子じゃないなら用はないでしょ。悪いけど、『ひいて』」
服と掴んでいた手の間に、光が生まれ、バチっと痛い音がした。
少女は、俺を一瞥すると暗闇の中に消えていった。
「痛ってぇ…今の、何だったんだよ…」
拒むように光ったのは静電気だとしても、タイミングが良すぎて分からなかった。
意地を張った結果得られたのは、またこのめいきゅうに一人取り残されるという現実。
あの時、迷子じゃないと意地を張らなければよかったと思うのは後の祭りでも、現状はどうしようもない。
ひとしきり途方もなくさ迷って、次に声をかけてくれた人に入口まで案内してもらった。
『SWCチュートリアル終了後 1日目の出来事。』
目が覚めて覚えてるのは何となく嫌な出来事があったような気がしただけ。
無意識の想像域である夢世界にて起きた出来事を、リアルに反映するには相当強く思わなければ反映出来ないと説明があったことを思い出す。
無意識の集合体だからこそ、日々の自分の行動とは少し違った行動をとるようなことはよくあることらしいが、思い出せたのは、後味の悪さ。
もう一度寝て、続きを見たい気がするけれど、それが運良く見れるかもわからないし、何よりこれから現実では学校がある。
オリエンテーションは先週終わったから、まずは授業になれないことには始まらない。
と、そこまで考えて、時間がそんなに残ってないことを知る。
慌て準備して家を出る。
春の時季は自転車通学も悪くない。
出会いは限られるけど。
家をギリギリに出たわりには、電車は余裕で間に合い、学校にいく。
高校生になったばかりの1年目の春。