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史書  作者: 風華
それぞれの思い
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第五章 それぞれの思い 5

 嘉国、煌李宮。覇玄は、武練場と呼ばれる広場で、武官たちが稽古をしているのを見ていた。覇玄にとっては聞きなれた剣と剣の打ち合う音。今、稽古をしているのは、鳳軍の武官たちだ。

 その中の一人が、振るっていた剣を腰に戻し、覇玄の方へやってきた。

「久しぶり、兄さん。急に煌李宮に来て、どうしたの?」

 先程まで、剣を振るっていたはずだが、一切疲れをみせずに、にこやかに笑って、覇玄の弟、遥玄はそう言った。鳳軍の将軍、鳳華の腹心で、麒軍の将軍、麒翠の腹心、駿の剣の師でもある遥玄に会うのはずいぶんと久しぶりだった。

「龍清と豹馬が李京に戻るついでに、一緒にこっちへ来たんじゃ。たまには王に直接話を聞きたくてのう」

「兄さんが真面目に何かやろうとするなんてめずらしいね。ところで、鳳華様は元気だった?会ったんだろう?」

 遥玄は本当に桃華を大事にしているなぁと、覇玄は改めて思う。

 まだ、桃華が二将軍の地位に就いたばかりの頃、桃華がその地位へと就くことへの反対の声が上がっていた。桃華が二将軍の地位に就くと決まった時は、目立った実績もなく、今もだが、若かった。それは、翡翠が二将軍の地位に就いた時も似たようなものだっただが、翡翠が二将軍に就いた時は、その時すでにそれなりに名前が知られていたため、桃華ほどの反対の声はあがらなかった。

 だが、桃華はまだ年若い小娘。一見、二将軍どころか、一般兵として、剣を振るうことも無理そうな少女が、二将軍という地位に就くことにはかなりの批判があった。そんな中でも遥玄は、桃華を将軍として受け入れていた。

 結局その後、桃華が剣の実力を見せつけ、実績もあげたため、今では、二将軍として名実共に認められている。一部では、二将軍として認められているというよりは、その愛らしい見た目と、一見無邪気な性格から、子供を見守るような感覚で、周囲に可愛がられている。覇玄にしてみれば、二将軍として、剣の実力を認めるならともかく、桃華のことを無邪気で可愛らしいなどと思うことはとんでもないと思う。

 だが、どちらにせよ、今では桃華が人々に愛されていることには変わらない。

「元気じゃったよ。桃華も瑠璃も、白琳も瑠璃も、そして、『聖焔』の主人、紅貴ものう」

「それはよかった。でも、俺の愛弟子、駿の上司の名前が抜けているようだけど?」

「翡翠は力を使いすぎていたわい。あやつがむかっている恵には妖獣が出ていると龍清が言っていたからのう、また馬鹿な真似をしなきゃ良いんじゃが」

 あんな力を使わなくても、今は十分に実力があるはずなのに、と言葉を続けると、遥玄が静かに言う。

「せっかく兄さんが助けた命、無駄にはしてほしくないよね」

「あんな生意気な餓鬼でも、死なれると、周りが困るからのう。それも、戦ってしぬならともかく、力を使いすぎて死んだなんて言ったら、まぬけすぎるのう」

 覇玄は、翡翠と初めて会ったときのことを思い出す。当時、二将軍の地位に就いていた覇玄は、王に、翠色の目と茶色い髪を持つ子供を探し、保護するように命じられていた。


 子供は、王も法も存在しない地、『修』に居た。肩よりも少し長い茶色の髪は無造作におろされ、ひどく乱れていた。着ていた着物は、あちこちが擦り切れ、着物から覗く腕は、ろくに物を食べていないのか、細かった。手や足、顔には、無数の傷も見える。子供の身の丈には合わない、布が巻かれた刀を、子供は強く握りしめていた。

 こちらに向ける翠色の瞳だけは、まるで宝石のような綺麗な色合いをしていたが、子供らしい無邪気な輝きは無かった。修の様子を映してきたであろう瞳は、ひどく荒んで、深い闇を映しているようだと、覇玄は思った。

 覇玄が子供に近づこうとすると、覇玄を阻むようにして、強い風が起こったが、覇玄はその場から動くことなく、その様子をじっと見ていた。やがて、風が止まったかと思うと、子供は、膝をついて、小さな手を口に当てた。激しくせき込み、口を押さえた手の隙間から、赤い血がこぼれ落ちる。覇玄は子供を抱きかかえた。見た目通りの軽い子供だった。覇玄が滅多に使わない、できるだけやわらかい口調で、これから嘉国に連れていくと言ったが、言ったそばから、子供は覇玄の手から逃れようとした。

――嘉国には絶対に行かない……! 俺は修から出ない!

 咳込みながらもそう言い、子供が暴れる。覇玄はこのままでは埒が明かないと、子供の首に軽く手刀を入れ、気絶させた。

 その時、長い髪に隠されていた、首の根元にあるものを見て、この子供が、間違いなく嘉国の王が探していた子供だと確認する。

 このまま修にいれば、子供は、自分の身を守るために力を使うだろう。だが、その力は子供自身の身を滅ぼす。覇玄は子供をかかえ、天馬に乗った。

 この子供をもう二度と修には戻らせない。そんなことを思いながら、覇玄は眼下に広がる、無法地帯、修を見下ろした。


 子供は成長し、身の丈に合わなかった刀も、今ではすっかり腰に収まっている。武官である翡翠にそんなことを望むのは甘いと分かっていたが、あの時助けた命が、馬鹿なことで失われるのだけは見たくなかった。それに、覇玄は、翡翠が武官になった理由にも納得していなかった。

 翡翠が武官になった理由が本当に王を守るためだったら問題ないのだが。

「遥玄、わしは、あいつが、自分が武官になった本当の理由にも気付いていないのに二将軍という地位についていることがどうも納得できん」

「俺もだよ。俺の上司、鳳華様が、覚悟を持って二将軍という地位についているから余計に。麒翠様は他にやるべきことがある。そう兄さんも思うんでしょう?」

「もちろんじゃ」



「おやじ、ただいま」

 嘉国の王、龍孫は、息子の声に、筆を止めて顔をあげる。

「龍清、お帰り」

 長い間恵国の様子を見て回っていた龍清がようやく帰って来た。慶に着いた龍清からの手紙で、恵国の様子は知っていたが、改めて龍清の報告を聞いた。


「手紙にも書いたとおり、恵国から来た可憐のことも含めて、恵国のことは桃華に任せた。問題無いよな?」

「ああ、問題ない。じつはわたしからも、妖獣のことは桃華に頼んだ」

「そうだ親父、洸国を救いたがってるっていう紅貴に会ったんだけど、あいつ、弱いけど良いやつだな。なんだか、俺と気が合う感じだったんだ」

 そう言うと、龍清は、はにかんだように笑った。そんな龍清につられて、龍孫も笑う。

 紅貴と気が合う。それはそうだろうと龍孫は思う。かつて同じ学び舎で同じことを学んだ、大切な仲間、紅翔が大切に守った子供なのだから。龍清には、今は無き、あの学び舎で学んだことを伝えてきた。きっと、紅翔も紅貴に伝えているはずだ。だから、考え方が似ているのは当然なだろうと、龍孫は思う。

「じゃ、俺、久しぶりに李京の街の様子見てくるよ」

 龍清は、にっと笑うと、あっという間に、部屋を出た。そして、龍清と入れ替わるようにして、王妃清幟が入って来た。

「まったく、龍清は元気ね」

 清幟は、机の上の空になった湯呑に、お茶を注ぎながら言う。

「そうだな」

「龍孫様、なんだか嬉しそうだわ。あなたがそんなに柔らかい表情見せるの久し振りだね」

「そうか?」

「そうよ! 妖獣が出たって報告を受けて以来、あなた、ずっと険しい表情をしていたもの!恵国でも現れたって龍清から手紙が来たときなんか、ひどい顔してたわ」

「そう、かもな」

 龍孫は、一口お茶を飲む。なめらかな口当たりが口に広がった。口に馴染んだ清幟のお茶だ。このお茶を飲むと、落ち着く。

 恵国の帝もまた、あの学び舎で学んだ仲間だった。あの学び舎には、恵国出身者が多かった。だから恵国には親しい者が多い。その恵だが、証を持った皇位継承者がおらず、皇位継承争いが起こっているという。それは、いつかおこるだろうと、龍孫は予測していた。あの5人を洸国に向かわせたのは、途中通る恵で、その問題すらも解決できるのではないかという望みをかけて、というのも、理由の一つだった。


――決意一つで、解決できることもある。

それが龍孫の考えだった。


 だが、嘉で妖獣が現れ、恵でも妖獣が現れた。嘉国だけでなく、恵国でも妖獣があらわれたと聞き、かつての学び舎を焼いた、あの、赤い髪の男の顔が浮かんだのだ。

 あの男のことを考えていたのなら、ひどい顔をしていたはずだと、龍孫は思う。あの、黄金の瞳で射抜かれるようにして見られた時の恐怖を忘れられない。

「龍孫様?」

「いや、なんでもないよ」

 妙な憶測はやめようと、龍孫は息をつく。

 あの赤い髪の男は死んだ。今はとにかく、あの5人に賭けてみよう。特に紅貴は、紅翔が守った子供だ。

 そして、思えば翡翠は、幼い頃は、あの、萩に育てられたようなものだ。あの学び舎にいて、口調はきつかったが、誰よりもかしこいと言われていた彼女。

 彼女が、今あらゆる決意をしなければならない翡翠を再び導いてくれるかもしれない。 



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