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史書  作者: 風華
星の願いは
32/80

第四章 星の願いは 3

 日が沈みかけ、低い位置に白い月が覗くころ、紅貴らは、清院養生所と呼ばれる、慶最大の療養所に着いた。ここの医者らしい、白い着物を着た女に案内され、紅貴、桃華、瑠璃、龍清の4人は翡翠がいるという部屋に向かった。

(一人で行こうとしたら、迷いそうだな)

 案内されている途中、そんなことを思いながら、紅貴はあたりを見渡す。六畳ほどのを患者二人くらいで使うことが多いという部屋は、同じ形の障子を紅貴達が歩く廊下に向けていた。その障子を開けて、医者らしき人物が出入りする以外は、静かだ。自然、紅貴たちも言葉を交わさず、静かになる。

「ここです」

 そう、静かに声をかけられ、ここまで案内してくれた女を見ると、女は、それ以上何も言わずに、軽く一礼し、紅貴たちに背を向けた。

 目の前にある障子を開けてよいものだろうかと迷っていると、瑠璃がそれに手をかけ、そっと開けた。部屋は、二間続きで広い。その部屋の奥、見慣れた女らしき、後ろ姿がある。一緒に旅をし、見慣れているはずだったが、様子がいつもと異なっていた。いつもは下ろしている、腰まで届くか届かないかの長い髪を、白い花の簪で止めていた。普段は見えない白いうなじが露わになり、零れ落ちた一筋の後れ毛が、ひどく色っぽい。

「ひす……」

 桃華が、いつもの明るくよく通る、可愛らしい声で、翡翠を呼ぼうとするが、ゆっくりと振り返った白琳が、それをやんわりと止める。

 しー、と、白琳の赤い口の上に、白く細い人差し指が軽く載せられた。しばらくし、手を下すと、白琳は、ほとんど音を立てずに、ゆっくりと、紅貴たちの前にやってきた。

「翡翠様、寝てますから静かに」

「これは、起きたら、翡翠、大変だな」

 龍清がいった言葉に、紅貴は思わずうなずく。白琳はというと、首をわずかに傾け、不思議そうに龍清を見ていた。

「白琳その髪型似合うね」

「長い髪が邪魔だったものですから」

「翡翠は大丈夫なのか?」

 白琳は、やわらか笑みを浮かべる。

「馬に乗ってお疲れのようですけど、大丈夫です。目ならすぐに覚めるでしょうしただ……」

 暗いとまでいかないまでも、少し困ったような表情になり、微かに浮かんでいた、優しい笑顔が消えた。

「できたら、ここで5日はおとなしくしてもらいたいんですが、紅貴さんとしては、できるだけ早く洸に行きたいですよね?」

 紅貴は軽く頭を振る。

「どちらにしても、洸が冬の間は何もできないから、急いでばかりいても仕方ないよ」

 それは、本当のことだった。一年の大半、雪で覆われている間は、身動きは取れない。今、急いで洸に行ったところで、雪解けには遠く、今は何もできないだろう。紅貴が幼い頃、洸を旅したことがあったが、馬を自由に使って、動き回ることが出来たのは、雪解けの時期だけだった。

――李京に並ぶ、色とりどりの店や、当たり前のように咲く桜。それを洸の人々が見たらどう感じるだろう。

 ふと、そんなことを思ってると、ぐーという、気が抜ける音が響いた。音がしたほうを見ると、桃華がお腹を押さえ、上目遣いで、こちらを見ていた。

「お腹すいた~」

 そんな桃華に、瑠璃が自分の額に手をあて、やれやれというように首を振る。

「仕方ないわ。翡翠も寝ているようだし、夕飯食べましょう」

「白琳はどうするんだ?」

「私はもう少し、翡翠様のそばにいます」

「じゃあ、白琳、翡翠が起きたら言っておいてほしいことがあるの」

「何でしょうか?」

「煌李宮に、湖北村の報告所を出したんだけど、その返事に多分、5日くらいかかると思うの。慶の私宛に返事を送ってくれるように書いておいたから、返事が返ってくるまでは、慶から出発できないって」

 桃華が、そう言うと、白琳の目が、わずかに丸くなった気がしたが、白琳が一度瞬きをすると、包み混むような温かい笑みを浮かべていた。

「わかりました。伝えておきます」

「じゃあ、みんなご飯食べよう」


 養生所を出ると、日が沈み、夜になっていた。紅貴は空を見る。薄い雲の間から、半月が淡い光を放ち、それが、ここの唯一の明かりだった。養生所の前に立つ門番が、提灯を持っていたが、それは数に入らないと紅貴は思う。辺りに、建物はなく、人の気配はここにいる四人だけだ。時々吹く風の音と、虫の声が聞こえるだけで静かだ。

「この辺りは静かだな」

「この辺りと学校の周りはいつもこうだよ。慶の東に行くと、にぎやかになるんだけど行ってみる?」

 つい、皇太子であることを忘れそうになるような軽い口調で龍清に言われる。

「え、でも慶の東にある店は、私たち一般庶民が行くような場所で、龍清様のような方が行くのは……」

 瑠璃の言葉に龍清は声を出して笑いだした。年相応の、無邪気な笑顔は、楽しそうだ。

「今まで、色々なところを旅してきたけど、貴族が使うような料亭で食べることなんてめったにないよ。そうだ、ちょうど良いから言っておくよ。俺に対して敬語は使わなくて良いよ。名前も、流れ星って書いて、流星、親父が考えた対して意味のない偽名で呼びすてするくらいの、軽いのりで、呼んでよ」

「それはちょっと」

 瑠璃が困ったように言うと、龍清は、にっこりと、親しみやすい笑顔を浮かべ、それを紅貴に向けた。

「紅貴は、俺と歳も近いようだし、頼むよ」

 紅貴は、龍清の笑顔に、つられるようにして、こくりと頷いた。


 慶の東、辺りに店が並ぶ一角に着くと、そこは、先ほどまでいた場所とは別世界だった。小さいながらも、いくつもの店が並び、入口に付けられた灯りは、呼び込みを行う、店の売り子の顔を照らしている。人通りも多く、夜だというのに、人の間を縫うように歩かなければ、前に進むことはできなかった。

「夜なのにずいぶんにぎやかなんだな」

「慶では、夜市をやっているからね」

 龍清がいった言葉を不思議に思っていると、横にいる、幼い顔がうん、と頷く。頷くと、龍清の柔らかそうなか髪がふわふわと揺れた。

「この時間になると、今日の売れ残りが出るだろう? それを安い価格で売り始めるんだよ。酒場も開くから、ここは、この時間が一番にぎわうんだ」

 龍清の知識に感心していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「お譲さん、わしといっしょに食事でもどうじゃ?」

「何このおじいさん!こないで!」

 聞き違いでなければ、元二将軍で、桃華と翡翠の学生時代の先生だという覇玄の声だ。

「ちょっと覇玄! 何やってるの?」

「何じゃ子娘か」

 覇玄の、心底がっかりとしたというような口調に、桃華は口を膨らませた。

「それはそうと、瑠璃、どうじゃ、わしと酒でも……」

「瑠璃に触らないで!」

 覇玄の手を払い、桃華が高い声でそう言う。

「まったくうるさい小娘じゃのう。まぁよいわ。こうしてここで会ったんじゃ。わしが飯をおごってやる。今日は、あの大食らいの生意気な餓鬼もいないようじゃから、食事代も、そんなにかからんじゃろう」

 覇玄がそうして、指を刺したのは、酒と食事、両方置いてありそうな店だった。入口は赤い提灯の灯りで明るい。


 店に入ると、割烹着を着た短い髪の女が、覇玄に話しかけてきた。どうやら、覇玄はここの常連らしい。

「覇玄先生、今日はずいぶんと沢山の方を連れてきたんですね。奥の座敷が空いてますよ」

 女に勧められた座敷に座る。座敷には3つの角型のちゃぶ台が置かれ、 向って一番左側のちゃぶ台はすでに、何人かの男たちがすわって、酒を飲みかわしていた。その中の男の一人、着物袖をめくった太い腕の男が、覇玄に言う。

「覇玄先生じゃねぇか。今日は翠色の目の、いやに整った顔の坊主と一緒じゃねぇんだな」

「たまには、生意気な糞ガキ以外と来てもよかろう」

「それもそうだなぁ。なんだ、周りにいるのは教え子かぁ?」

 覇玄はくくっと笑った。

「匠院義塾の学生は、こんな時間に出歩いたりせんよ。あそこは、あれで、規則が結構きびしいからのぉ。まぁ、例外はいたがなぁ」

直後、 覇玄は、にやりと笑い、桃華を見た。

「あそこの学生が、決められた日の警備以外で、夜、外に出れるのは、春の終わりに行われる慶誕祭りの時だけですよね? 翡翠が言っていました」

「ほほう。よくっしとるのぉ」

「なんだ、それ」

「そのまんまの意味で、慶が作られた日を祝うお祭りよ。もっとも慶を祝うというよりは、自分達が楽しむことに目的が変わってきてるんだけどね」

 瑠璃の説明に、隣のちゃぶ台に座る男たちが豪快に笑った。

「いつもは厳しい、匠院義塾も、その日だけは一日休みになって、夜まで遊ぶことができるんだよな。昼間は、兵についていない人だったら、誰でも参加できる制限なしの武術大会をやって、夜は夜で、音楽を鳴らしたりして楽しい祭りだって聞いた」

 紅貴は祭りというものに行ったことがなっかった。儀式としての祭りなら、知識としては知っていたが、龍清の言葉を聞く限り、それとはずいぶん違うようだ。

「ちょうど五日後じゃな。祭りの前は餓鬼どもも気が緩むから、厳しくせんとな」

「そうだ! 武術大会に紅貴も出てみたら?」

 心なしか弾んでいる桃華の声に驚いて桃華を見ると、新しい玩具を与えられた子供のような無邪気な笑み浮かべている。そんな桃華に、紅貴はおずおずと言う。

「いや、おれ、剣使えな……」

「大丈夫、この五日間でみっちり私が鍛えるから」

 有無を言わさぬ楽しそうな笑顔で言われた紅貴は、頷くしかなかった。



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