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史書  作者: 風華
妖獣
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第三章 妖獣 10

 湖北村の門の前についた瑠璃は思わず口を手にあてた。門は崩れ落ち、村の家には柱一つ原型をとどめていない。しかし、かつて家を形造っていた木材の下から、衣類や、食器が覗いており、つい最近までそこで普通に生活が営まれたいたことを、瑠璃は実感した。

「ひどい……妖獣がこれを…?」

 誰に言うでもなく、無意識にこぼれた声にこたえたのは、急に瑠璃の目の前に現れた香蘭だった。

「ここまで村が破壊されたのは妖獣のせいだけではないだろうな」

 瑠璃の体から現れた半透明の体を持つ香蘭は淡々と言った。

「妖獣のせいだけではないって…?」

香蘭はそれに、はっきりとは答えなかった。その代わり、瑠璃には香蘭が少しだけ笑ったように見えた。しかし、それは一瞬のことで、抑揚のない言葉が聞こえる。

「あの二人が暴れまわったせいだが、暴れなかったらもっとひどいことになっていただろう」

 そう言うと、香蘭はふわりと浮き、瑠璃に背を向けた。

(あの二人って翡翠と桃華?)

「いくらなんでも暴れすぎだとは思うが、この村を襲った妖獣を倒さなければもっとひどいことになっていただろう。瑠璃は、暴れなくてもできることがある。だから、できることをやるんだ」

 村の内側に入っていった香蘭に手招きされる。瑠璃は、崩れ落ち、すでに門と呼べなくなっている木片の山を跨ぎ、香蘭の横に並んだ。

「秩序の内と外の境界が失われているのがわかるか?」

 瑠璃は首を振る。村の内が秩序のうちであり、門の外は秩序の外だということは知識としては知っていたが、瑠璃はその違いを肌で感じることができない。それがなくなっていると言われても、瑠璃が実感できるはずもなかった。

「境界を再び引かなければならないな」

 香蘭は軽く眼を閉じ、手を合わせた。何かを祈っているようだと瑠璃は思う。しばらくし、香蘭は門の外側に体を向けた。ゆったりとした動作で片膝をつくと、右手を地面に当てた。何も起きなかったように瑠璃には見えた。

「これで再び境界が引かれた」

「でも、何も起きなかった気が…」

「いずれ、何が起きたのかわかるようになる。…それよりも、感謝の気持ちを忘れないことだ」

「感謝?」

 ――境界の話と、感謝にいったい何の関係があるのだろうか

「あらゆるものへの感謝の気持ちが大切なんだ。目に見えぬものへも含めてな。それがこの力の本質だ」

瑠璃が不思議に思っていると、香蘭の体がフワリと浮き、瑠璃の体に吸い込まれたいった。

「神社へ戻ろう」

 いつものように、頭の中から声が聞こえた。それに頷き、瑠璃は村を後にした。


 桃華は目を覚ますと、いつもそうしているように、布団に入ったまま、利き手の右側におかれた刀に手を伸ばす。体を起こすより先に刀に手を伸ばすのは桃華の癖だ。しかし、触りなれたそれを手に取ったものの、一本足りない。桃華は立ち上がり、辺りを見回す

「白琳、私の刀は?」

 桃華はいつも使っている脇差を腰にさしながら問う。

「桃華様、おはようございます。刀でしたら紅貴さんの龍が持ってます」

白琳にそう言われた直後、天井から桃華の刀が落ちてきた。桃華はそれを反射的に右手で取った。鯉口が赤い紐で結ばれていることを確認し、もう一度天井を見るが、そこには何もいなかった。

(紅貴のところに戻ったのかな)

 桃華は刀の鞘をぎゅっと握る。

(ありがとう)

 心の中で紅貴の龍に礼を言う。桃華にとってその刀はなくてはならないものだった。一部除いて自分以外の誰かに触らせることはできないのだ。絶対に。

「紅貴と翡翠は?」

 紅貴は多分無事だろうと桃華は思っていた。力を使いすぎたとはいえ、本来、あの程度なら、倒れるほどでもなく、当然命にかかわることもない。おそらく、紅貴が気絶したのは、力を使うのに慣れていないのが大きいだろう。それに、白琳が紅貴を看たのだから、今頃は回復しているだろうというのも予想がついていた。だが、翡翠のことだけ聞くのは不自然な気がしていた桃華はできるだけ自然に聞こえるように、紅貴のこともきいたのだ。

「紅貴さんはもう大丈夫です。翡翠様は…まだ寝ています。戦えるようになるには少し時間がかかるでしょう。本当は、慶などの、設備が整った大きい街で休ませたいのですが…」

 ――ああ、やっぱり。

 桃華はその言葉を聞いても特に驚かなかった。あれだけ暴れて翡翠が無事ではないというのは、今となってはなんとなく分かっていた。しかも、桃華をここまで運んだのも翡翠のはずだ。

  ――もっとも、こうなったのはどうしようもないことだというのも、桃華には分かっていた。最初は、自分ひとりで妖獣をなんとかして、慶で待ち合わせをするつもりだったが、あの状況で、それは無理だっただろうと、今なら分かる。翡翠も桃華と似たようなことを考えていたようだが、どちらか一人で妖獣をなんとかしようとしていたらもっと悲惨なことになっていただろう。そのため、この状況はある程度仕方のないことなのだが、申し訳ないと思う。

「ここからだと、慶には、馬で一日で出れるね」

「そうなんですか?私、てっきりもっとかかると思ってました…一日だったらなんとか翡翠様も持つでしょう。できるだけ早く慶で休ませたいのですが」

「うん。慶で星の皇子様と待ち合わせしてるから私もできるだけ早く慶に行きたいな。明日にでも出発しよう」

 翡翠は当分戦えないが、桃華は白琳のおかげで今は何ともない。もし、万が一慶に行く途中で誰かに襲われても、何とかなるだろう。桃華は刀ではなく、普段使っている脇差の柄を握った。いつも通りの感触に安心する。

「紅貴と瑠璃はどこにいるの?」

 「瑠璃は湖北村にいきましたよ。紅貴さんは、清風君の剣の稽古を見てます」

言い終えた白琳はなんとなく、表情が険しなっているような気がする。

「何かあったの?」

少し首をかしげて、尋ねた。

「あとで言おうと思っていたんですが、紅貴さんを狙っている方たちが現れて…亮さんと、冬梅さんが倒してくれたんですが…」

紅貴を襲ったのはおそらく可憐に雇われたか、元々月宮家に仕えていた者だろう。

「紅貴を襲った人たちはどこにいるの?」

「亮さんが、睡眠薬を飲ませて、鍵をかけた倉で捕まえてます」

 ということは、あとは李京に送るだけだ。あとは亮に任せておけば良いだろう。もともとここに来るつもりはなく、湖北村に来るであろう敵は亮に任せるつもりだった。その後李京に送られる紅貴の敵の尋問は漣にやってもらう予定だったため、わざわざ自分がここで敵を尋問する必要はない、と桃華は思った。優先すべきことは慶に行くことだ。

「亮さんっていったい何者なんですか?」

「私たちの前の二将軍のお友達だよ。とっても頼りになる方なの、それより私、紅貴呼んでくる。瑠璃も戻ってきたことだし、明日ここを出て慶に向かうことを伝えなきゃね」

 白琳が不思議そうにこちらを見てくるが、桃華がニッと笑うと同時に、戸が開き瑠璃が入って来た。桃華はかすかに聞こえた足音と、気配で、戸に近づいてきている人物が瑠璃だと判断していた。

「あ、桃華起きたの?もう、大丈夫なの?」

「うん、もう平気。おなかすいてペコペコ~」

 少し拗ねたようにそう言うと、瑠璃は優しい笑顔を浮かべた。まるで実の姉のようだと、桃華は思った。桃華は、瑠璃が見せる、そんな笑みがすきだった

「もう大丈夫みたいね」

「私、紅貴よんでくる。瑠璃と白琳はちょっとこの部屋で待ってて」

 桃華は、そう、いつも通り無邪気に言って部屋を出た。


 紅貴は同情の入口の近くに座り、冬梅と清風の剣の打ち合いをずっと見ていた。清風は紅貴よりも年下だったが、紅貴よりも遥かに強い。剣の腕もさることながら、冬梅に何度やられても立ち上がる清風が素直にすごいと思う。同時に、紅貴は昔のことを思い出していた。もう何年も前のことだ。

 ――それじゃあいつまでたっても私には勝てませんよ

 紅翔が楽しそうに言う。当時の紅貴はそれが憎たらしかった。

「うるさい!子供相手に本気になるなんて大人げないぞ!ちょっとは手を抜けよ」

「この程度で私が本気だと思っていたんですか?まったく情けない。ほら立ってください」

 紅翔は紅貴に手を貸すことなく、紅貴を見下ろしていた。紅貴はそれが本当にくやしかった。手にできた豆はつぶれて痛くなっていたが紅翔にまた厭味を言われるのが悔しくて再び立ち上がった。

 ――あの頃は紅翔が悔しがる顔を見たくてひたすら剣を振っていた。紅貴は今の自分の手を見る。ここ数年剣を握っていない手は、靖郭の鍛冶屋に言われたとおり、豆一つできていない。紅貴は、あの頃の自分とずいぶん変わったな、と思う。もっとも、あの頃は自分に課せられた責任を知らず、毎日を楽しく生きていれば良かったが今は違う。

「あ、紅貴いた~」

 紅貴は後ろから聞こえてきた声に驚いて振り向く

「桃華!もう、大丈夫なのか?」

「うん、もう大丈夫」

 桃華のいつも通りの笑顔に安心していると、桃華の声を聞いたのか、清風が駆け寄ってきた

「鳳華様!もう、体の方は大丈夫なんですか?」

清風にそう呼ばれた桃華は、一瞬驚いた顔をしたが、すぐににっと笑った。

「大丈夫だよ~。」

「あの、すみませんでした……!こんな無茶なこと頼んで…!それに二将軍の鳳華様とは知らず」

清風はそう言って頭を下げた。

「顔あげて?あんなの倒せる生身の人間なんて、多分私たちくらいだし、気にしなくて良いよ。ね?この通り元気だから」

 清風はしぶしぶ顔を上げた。そんな清風を見て、桃華は嬉しそうに笑っている。こうして見ていると、桃華は案外面倒看が良いのかもしれない。まだ出会ってから数日だが、桃華は色々な顔をもっているなぁ、と紅貴は思う。だが、まだ桃華が闘っているところは見たことがない、

(いったいどんなふうに闘うんだろうな。妖獣を倒すぐらいだから、すごいんだろうな…そんな子が俺に剣を教えてくれるっていったんだよな)

「紅貴、話したいことがあるからちょっと良い?」

 紅貴は頷いて、道場を出て、桃華の後について行く。

「なぁ、桃華本当に俺なんかに剣教えてくれるのか?」

 靖郭で桃華にそう言われたが、よく考えるとすごいことだ。桃華は一見普通の少女でも嘉国の二将軍だ。桃華が妖獣を倒したことで、紅貴はそれを実感した。

(そんな桃華に教えてもらって良いのかな)

 そんなことを紅貴が思っていると、桃華が言う。

「だって、紅貴まともに闘えないじゃん。そのままだったら、紅貴も悔しいでしょう?何かをしたいと思ってもその力がないんじゃ」

 この少女は、心を読めるのではないかと思った。何気ない口調で桃華は言うが、紅貴が感じていることそのものだ。

「……ありがとう」

 紅貴は静かに礼をいったが、桃華は言葉を続けていた。

「……それに、このままだと、紅貴、無駄死にしそうだしね」

 一瞬声が暗くなったような気がしたが、すぐに元の明るい口調に戻る。

「さてと、ついたよ。瑠璃も戻って来たから、この部屋に入って」

桃華に促され、先ほどまで桃華が寝ていた部屋に、紅貴は入った。部屋に入ると、湖北村から戻って来たらしい瑠璃と、ずっと看病をつづけていただろう白琳が床に座っていた。翡翠はいなかった。まだ目が覚めていないのだろう。白琳は大丈夫だと言っていたが、紅貴は心配になった。

「あのね、白琳と話したんだけど、明日にでも、ここをでて慶に向かおうと思うの」

「翡翠は?まだ起きてないんだろう」

「はい。ですが、もうじき目は覚めると思います。桃華様からここから慶へは一日で着くと聞いたので、それでしたら、早めに設備が整った慶に行って休んでもらったほうが良いと思いまして。ここだと、やれることは限られてますし、戦えるまでに回復するのは時間がかかってしまいますから。翡翠様もそれは嫌でしょうし」

「一日といっても馬に乗らなきゃいけないだろう?それは大丈夫なのか?」

「翡翠様でしたら、一日程度なら持つでしょう。大丈夫です、慶に着いたらおとなしくしてもらいますから」

「白琳がそう言うならそれが一番良いのかもね」

「……じゃあ、決まりだな」

 医者である白琳が、設備が整った慶に行くべきだというのだからその通りなのだろう。だが、それにしても、瑠璃はずいぶんと白琳を信頼していると、ここ数日の瑠璃を見て思っていた。


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