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史書  作者: 風華
妖獣
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第三章 妖獣 7 

 白琳は空を見上げた。暗い夜の闇のなかで、紅く輝く竜を、綺麗だと白琳は思った。僅かにあいた口からは鋭い牙が覗き、鋭利な爪はなんでも引き裂いてしまいそうだったが、それでも決して怖いとは感じなかった。人の瞳ではありえない黄金の瞳も、どこか優しいと白琳は思う。

「優しい竜さんなんですね。きっとあなたの主人も素敵な方ですね」

《とんでもない!!私の主人は、私が力を貸すに値しない人物だ!本来は!でも、私の父上が、あれをわが主としたから仕方なく……!》

 姿は美しくとも、急に子供っぽい態度を取った竜に対し、白琳は思わず笑った。

「あなたの主は一体どなたなんですか?」

《そなたたちが紅貴と呼ぶ餓鬼だ!まったく……あれはまだ私を使うには力が足りないというのに!あんな餓鬼が私の主など、世も末だ!》

「それでも、その紅貴さんの友人の私を助けてくれたあなたはやっぱり優しいですね。ありがとうございます。紅貴さんが早くあなたの主として恥じない方になってくれると良いですね」

 そう、にっこりと笑顔を作って白琳が言うと、竜は慌てたように言う。

《そんなこと、私は望んでいない!それより、そなたが背負っている娘、早く何とかしないと大変なことになる!それから、翠の眼のあの男もな!》

 そう言って竜は去ってしまった。竜が去ったあとには光が残り、それだけがそこに竜がいたことを示していた。竜そのものの姿はあっという間に消えてしまった。その光を見ながら白琳は 背中に背負う桃華の重さを感じていた。体重が軽いはずの桃華だったが、意識をなくしている桃華は重く感じる。怪我をしていない桃華がそうなる原因など、白琳は一つしか思いつかない。白琳にしてみれば、怪我や病気よりも厄介なあれだ。おそらく、翡翠も同じ状態だろう。

「……紅貴さんは助けました。桃華様も翡翠様も絶対助けますから、桃華様の刀お願いしますね?」

白琳は笑顔を消して、今はいない竜に語りかけた。


  白琳は横たわる桃華を見ながら、壮家に伝わる書物の中身を思い出していた。あまり知られていないが、人は何も心臓や肺といった物理的な機能だけで生きているわけだはない。一般で知られているところの生命力のようなものがあり、それもあって人ははじめて生きていくことができる。個人差はあれど、生命力はどんな病、怪我があろうとも誰もが持っている。生きている限りは。怪我や病は治せても、生命力に関しては、医者であってもどうしようもない領域である。壮家の本『壮家解体書』にはそのようなことがもっと難しい単語で複雑に書かれていたが、白琳にしてみればそういうことだった。

 本来、ここでいうところの生命力は 弱まることはない。医者であっても生命力を強めることはできないが、代わりに普通に生活していれば弱まることもないため、本来気にしなくて良い領域である。そもそも、その生命力のようなものに関しては、まだ分からない部分が多いのだ。ただ、一つはっきりしてるのは、本来、死なない限り、もしくは死ぬ直前以外弱まることがないはずの生命力が削り取られる例外があるということだ。

(こうなるまで力を使うなんて……)

 桃華と翡翠は本来、人の 力では使えないはずの力を使うことができる。もちろん、桃華と翡翠の二将軍としての強さはそんなものに頼ったものではなく、表向きは武術においてもあらゆる戦略においても他の武官よりも抜きんでた才によるものだと白琳は思っているが、それでも力があることは事実である。桃華も翡翠も、特に桃華は、そのことを公にするのを嫌っているため、白琳はそのことは特定の人物にしかはなしてはいないが、白琳はその力のことをよく知っていた。そうでなければ、いざという時に桃華と翡翠を助けられないからだ。

 桃華と翡翠の力は正確には同じではないが、似たものだ。その力は本来人が使える力ではない。力を人が使いすぎると、その見返りは生命力に来る。ある一定の範囲を超えると、力は人の生命力を削り取ってしまうのだ。白琳はそれが怖いと思う。紅貴のように、少し力を使いすぎた程度であれば問題ないが、生命力が減ることが怪我や病より怖いのは、それが尽きれば確実に死ぬからだ。更に、生命力が大幅に減り始めると、人が使えないはずの、桃華や翡翠が持つ力は、人の物理的な機能、例えば臓器などもをも傷つける。幸い桃華は人の物理的な機能を傷つけるほどには力を使っていないようだ。それでも、こうして横たわる桃華を見ると、初めて桃華に出会った時のことを思い出してしまう…… 白琳は、軽くため息をつくと、気持ちを切り替えようとした。あのさっき診た馬鹿な男とは違い、生命力が減っているだけだ……と、白琳は自分に言い聞かせた。

 あの、かつての絶望的な状況の桃華を助けたのだから、それに比べれば助けられないはずはないと。白琳は、桃華の手を握った。人の生命力を補う唯一の力、癒しの力を使うために。

 本来、特定の国の王位継承者しかつかえないはずの力を白琳は使う。王位継承者ではない白琳がその力を使えるのは、素質を持っていたのと、ある犠牲を払ったから。その素質と犠牲のおかげで、現在王位を継承している嘉国の王、龍孫や、恵国の帝よりも強い癒しの力を白琳は得た。白琳は桃華の手を握りながら淡い笑みを浮かべる。

(……あの時の私の決断間違ってなかったわ。それで今もこうして人が救えるのなら)


 女に自覚はなかったが、そこに人がいれば思わず息をのんだだろう。女の美貌に。肩より少し上で切りそろえられた艶やかな黒髪は、もし触れることができるのならそのまま手から滑り落ちてしまいそうだったし、切れ長な瞳は知性を感じさせ、何よりも特徴的なのはその瞳の色だった。深海のような深い蒼の瞳はどんなものであれ見通してしまいそうな力強さがあった。ただし、その女が人であるかは疑問である。白い着物をきたその女は半透明だったのだ。女は湖北村の麓の神社にいた。そこで眠る嘉国の二将軍の一人、桃華の寝顔を見て、今度は、文字通り壁を通り抜けて、女にしてみれば糞餓鬼、もとい翡翠の顔を見にやってきたのだ。

「香蘭……?」

 寝台の上で体を起こしていた翡翠がつぶやくように言った。その声にいつもの覇気はなく、どこか弱々しかった。もっとも、香蘭が翡翠に会う時は、こういうときばっかりのような気もするが。

「嫌な予感がしたから来てみれば、散々だな、馬鹿者」

「馬鹿者って俺のことか?」

「他にだれがいる」

 香蘭は普通に話しているつもりでも、他社には冷たい印象をもたれることを自覚していたが、特に意に介さず、女性にしては低い声で言う。それに対し翡翠はいつものように溜息をついていた。

「で、なんでお前がここにいるんだ?」

「年長者にお前なんて、なんて言い草だ。私に実体があったら殴ってるところだな。幽体離脱してきたんだ。嫌な予感がしたからな。直接様子を見に行けば大体のことはわかる」

「……相変わらず、とんでもない術者だな。あんたがかつて人だったとは思えない」

「言っておくが瑠璃も嫌な予感がしたらしいぞ。さすがは私の後継者と言ったところか?明日朝一番で、村に戻るらしいな」

「瑠璃が……な……ゴホッ」

 翡翠は言葉を言い切る前に、咳きこんだ。口に当てられた手を見ると指の隙間から鮮やかな赤い鮮血が溢れ出ていた。どうやら喀血したらしいが、香蘭は驚かなかった。翡翠が何をやったか分かった香蘭にしてみれば、これぐらいは当然だろうと思っていた。

「……くそ……。これじゃ……ゴホッ、ガキの頃と……一緒じゃねーか」

 そう言う翡翠は、彼にしては珍しく本当に悔しそうだったが、香蘭にしてみれば、翡翠の言うガキの頃の方がよっぽど現実を見ていたのではないかと思う。もっとも、あの頃を否定したくなる気持ちもわからなくはないのだが。

「今回は調子に乗りすぎたな?馬鹿者」

 少しだけ笑ってそういうと、しばらくは黙っていた翡翠がバツが悪そうな表情で言う。

「……否定はしないが、桃華はもっと調子にのってたぞ。あいつはどうなった」

 香蘭は呆れてため息をついた。

「あの娘も調子に乗ってたが、お前よりは無事だ」

「……あれだけ調子に乗ってたのに無事って……」

「あの娘の血筋を知ってるだろう?あの娘の力が弱まっているといっても、お前とは違う。あの娘ならあれだけやって無事でも不思議ではないな。 ……血筋は否定できないものだな。そう思わないか?」

「……それは俺に対する当て付けか?厭味か?」

「お前がそう思うなら両方じゃないか?」

 香蘭は笑みを浮かべてそう言った。

「……ひとつ言わせてもらえば、俺は今となっちゃ血筋なんて関係ないと思っている」

「ふ~ん」

 翡翠が言ったことが本心だとすれば、翡翠に限って言えば無責任な発言だと、香蘭は思う。しかし香蘭は翡翠の何倍もの時を生きていた。厳密には生きてきたのとは違うが、似たようなものだ。そんな香蘭にしてみれば、翡翠の言葉が明確には本心ではなく、本心を隠すための言い訳だということは明白だった。そこを抉っても良かったのだが、さすがにかわいそうだと思い、辞めた。

「それはそうと、あんたに聞きたい……ことがある。……内と外の…境界……ゴホッ」

一度は落ち着いた翡翠だったが、再び激しくせき込み始めた。

「やっぱり、力を使いすぎだな」

「う……るせぇ、ごほっ」

「こっちでも内と外の境界の破壊については調べておく。お前とあってだいたいの事情はわかったが、気になることがあるからな行動範囲は限られてるが、ほっておける問題でもないからできる限りで調べる。で、そろそろ戻らないと私の存在が消えるから戻るが、白琳だけは呼んでおく。せいぜい休むんだな」

「おい……!」

「白琳がいなかったらどうなってたんだろうな。あと、ここが嘉国でよかったな。医療が進んでいない国、例えばここが……これから行く洸だったらお前は死ぬかもな」

 嘉国では、どんな硬さ、形にも変えられる貴重な石、軽玉をすべて、注射や点滴といった医療用具の材料として使っている。軽玉でしかできないからだ。隣国、恵でもそれは同じだが、洸国では違う。わずかな軽玉は洸国の官吏や貴族が私腹を肥やすために使われているという。そのため、洸国の医療は崩壊しているといっても良い。まともな治療を受けられるのは所謂上流階級と呼ばれる人々だけだ。香蘭はふわりと宙に浮いて、翡翠を見下ろす。 言いたいことを遠まわしにいっただけだが翡翠なら多分察するだろう。こちらの忠告を聞くか分からないが。香蘭はそのまま帰るべきところに戻ろうとしたが、ふと言いたいことを思い出し、言葉を付け足す。

「あと、惚れてる女を心配させるもんじゃない。ましてや命の恩人でもある女をな」

 戻る直前に、呆然とする翡翠の姿が見えたが、それは香蘭の予想通りの姿だった。



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