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史書  作者: 風華
妖獣
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第三章 妖獣 2

「いやぁぁ!!」

 湖山の中腹で,  今日、何度目かの少女の悲鳴が上がった。

 紅貴、翡翠、桃華は湖北村へ向かうために、湖山を登っていたのだが、途中で、桃華は何度も悲鳴をあげていたのだ。

 湖山は木々が生い茂っており、多少歩きずらかったが、それを除けば綺麗は森だと紅貴は思っていた。先程までは曇っていたが、ようやく晴れ間が見え、日の光が木々の間から溢れている。春の色とりどりの花は日の光を浴び、鮮やかに咲き誇っていた。その、一つ、小さな白い花の愛らしさにつられ、紅貴が花を手に取ろうとすると、翡翠にとめられた。

「その花は毒がある。下手に触るな」

 毒があるなんて信じられないなぁと、もう一度花を見ていた時だ。桃華が最初に悲鳴をあげたのは。

「桃華どうしたんだ?」

「あ、あれ……」

 桃華が今にも泣きそうな声で指さした方向を見る。しかし、紅貴には、桃華が何をそんなに怖がっているのかわからなかった。桃華が指をさした方角には、花畑のようなものがあった。大木などがなく、日の光を邪魔する存在がないせいなのか、他の場所よりもたくさんの花が咲いている。その上をひらひらと飛ぶ物体は蝶だろうか。妖獣を倒しに来たということを忘れてしまいそうになるのどかな光景だ。

「花綺麗だな。それがどうかしたのか?」

「違う……!!その上、飛んでるの……!」

「飛んでるの?あぁ、蝶か」

 綺麗だよな、と続けようとしたが、桃華の悲鳴のようなものが遮った。

「蝶!蜂!あそこにいるのは虫!虫なんて大っきらい!!」

 その時花畑からこちらへ蜂が一匹飛んできた。桃華は半分涙目になりながら、紅貴の服にしがみついたのだ。

「小さい蜂だし、おとなしくしていれば何もしないよ」

 紅貴がそう言っても桃華は紅貴の服を掴んだまま震えている。それ以来、桃華は虫が現れるたびに悲鳴をあげるのだった。

「いやぁぁ!!」

 何度目かになる悲鳴をあげ、桃華が翡翠の服にしがみついた時だった。ずっと黙っていた翡翠が口を開いた。

「だからお前は来るなって言ったんだ。騒ぐなら神社に戻ってろ」

 翡翠の声に紅貴は喉をごくりと鳴らす。恐る恐る翡翠を見あげると、明らかに不機嫌だという表情で、静かに怒っていた。

「こんな虫だらけの山を一人で降りろって言うの!?無理に決まってるでしょう!」

 桃華が翡翠から離れ、叫びにも似た声で言う。

「虫ごときでいちいち騒ぐな。山に一人で置いていかれなくなったら黙ってろ」

 翡翠は静かに言うとすたすたと歩きだしてしまった。紅貴は先に歩いて行った翡翠の後ろ姿と、少し泣きそうになって俯く桃華を交互に見た。紅貴は、桃華の傍に行って言う。

「桃華とりあえず、村まで一緒にいこう。な?」

 桃華はこくりと頷く。しかし、その直後、木の上から毛虫が落ちてきた。

「もうこんな場所いやぁあああ!」

 紅貴は叫ぶ桃華と翡翠が行った先を再び交互に見て、溜息をつく。この調子で本当に湖北村に着くのだろうかと。


「その人で最後?」

 白琳はふわりと笑うと、村人の胸のあたりに輝く手をあてた。するとついさっきまで、まるで悪夢でも見ているかのようにうなされていた村人は、気持ち良さそうに寝言を立てながら、安らかに眠り始めた。

「みなさんこれで大丈夫です」

 白琳がきっぱりとそう言うのを聞いて、瑠璃はほっと息を吐く。初めてこの部屋に入ったとき、正直に言ってしまえば怖かったのだ。多少の大怪我などは、将軍位に就く兄と、友人の桃華で見慣れていたが、怖かったのは別のことだった。村人たちの、うわ言、苦しそうな表情。それら一つ一つが何か尋常ではないと瑠璃は感じ、それがとても怖かったのだ。

「白琳、いったい村人に何が起きてたの?」

「おそらく妖力にやられたんだと思います」

 先ほどまでの笑顔が消え、白琳に一切の表情が無くなった。どことなくピリピリとした気配を白琳がまとっているようにも感じられる。 ――妖力って何?その言葉を飲み、瑠璃は話題を変える。

「さっきご飯を作ってた時に、亮さんが手伝ってくれたの。でも、亮さんは意外にも料理が苦手だったのよ」

「そうなんですか?」

「普段は奥さんを手伝おうとしても手をだすなって言われるんだって。奥さんの朔姫さくひさんと亮さんは、湖北村の孤児院で親代わりになってるんだって。そうそう清風いたでしょ?あの子そこの孤児院の子みたいよ。亮さんが清風は母親代わりの朔姫さんを心配しているはずだって言ってた。白琳がみんな治してくれたから、亮さんも清風もきっと安心しているわね」

 瑠璃がそういうと白琳は笑顔を見せた。

「少しでも役に立てたなら良かったですわ」

 白琳がそう言ったちょうどその時、瑠璃の背後から足音が聞こえてきた。振り返ると清風がやってきていた。

「みんな治ったのか?」

 清風が不安げに白琳に問いかけた。

「みんな治りましたよ」

 白琳が明るい声で、にっこりと笑って言うと、その笑顔を真正面で見たせいだろうか。清風の顔が真っ赤になっていた。

「あら、清風君照れてるの?まぁ白琳は綺麗だからね」

「別にそんなんじゃねぇよ」

「清風ってませてるのね」

「だから違うって言ってるだろう!」

 そう、むきになって言う様子を見た瑠璃は内心ほっとする。今までの清風は、どこか余裕がなかった。と瑠璃は思う。きっと清風は村が妖獣が襲われて以来ずっと不安だったはずなのだ。 1 8の自分でも怖いと怖いと思ったのだ。まだ12歳の、それも襲われたのは一緒に生活してきた同じ村人だとすれば、どんなに怖かっただろうか。こうして無邪気に騒いでいる清風を見て、瑠璃も嬉しくなる。清風の声が聞こえたのかもしれない。白琳の横で寝ていた男が起き上がった。

「師匠!」

 起き上がった男を見て清風は声を上げる。

「清風師匠って?」

「冬梅師匠は俺に剣を教えてくれるんだ。その辺の兵士とは比べ物にならないくらい強いんだぜ。師匠は、妖獣が出た時、村人を逃がすために 最後まで戦ってたんだ。俺も早く師匠見たいに強くなりたい!」

冬梅と呼ばれた男は立ち上がると、清風の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「師匠やめてくださいよ」

 清風はそういうが、きっと嬉しいに違いない。やがて、冬梅は筋肉がついた太い腕で清風をひょいと持ち上げた。大柄の冬梅が清風を持ち上げると、清風が小さく見える。

「清風心配かけたな。もう大丈夫だから安心しろ」

「武道に携わっている方だったんですね。道理で妖力の影響をあまり受けていないと思いました」

 白琳が軽く微笑みながら言うと、冬梅は清風を降ろし、ワッハハと、豪快に笑う。

「少しやられたがな。それを治してくれたのはあなたのようですね。心からから礼を言う。ありがとう」

冬 梅は武道家としてはかなり恵まれた体格に見える。実際、瑠璃が知ってる武人の駿や翡翠よりも、ずっと太い腕を持っている。背は駿と同じくらいだろうか。しかし、冬梅は駿に比べて全体的にがっちりとした体格だ。そのせいか、駿とはずいぶんと違う印象に感じられる。冬梅の体格だけ見ていれば、怖いと思われてもしかたないのかもしれないが、冬梅の話を聞いていると不思議とそうは思わなかった。気持のいい性格の人物だと、瑠璃は思う。瑠璃が知っている武人は癖がある人物が多かったため、武人にもこんな人もいるんだと、瑠璃は感心する。

「馬鹿兄に爪の垢を煎じてのましてやりたいわ」

「清風、俺も治ったんだ。明日からまた剣の稽古をつけてやる。今年はいよいよお前の匠院義塾の受験なんだこうはしちゃいられねぇ」

「匠院義塾!?」

瑠璃は思わず声を上げる。

「こいつは、禁軍兵士になりたがっているからな」

 冬梅はそう言って、まるで何かを企んでいるかのようにニッと笑う。

 嘉国で兵士といえば、男の子であれば誰もが憧れる職業の一つだ。子供が大人に何に成りたいかを聞かれ、「兵士」と言えば、大人は笑いながら子供の頭を撫でる、そんな職業なのだ。だが、それと実際になるのとは別の話だ。嘉国の兵になるためにはそれなりの地位を持った人物に認められるか、試験に受かる必要がある。

 もっとも、前者の可能性はほとんどないと言っていいので、ほとんどの者は後者になるだろう。その試験を受ける資格は、嘉国にあるいくつかの武官を育てるための学校から卒業することが条件であるため、兵になりたければ、必ずどこかの学校に入らなければならない。特に禁軍兵になるための武科挙に通るには、匠院義塾を卒業していることが暗黙の了解となる。というより、毎年、武科挙合格者のほとんどが匠院義塾の卒業生なのだ。匠院義塾は、嘉国唯一の国立の武官を目指す者の学校であり、そこに合格すれば、授業料は一切取られない。その代わり、入学試験の内容も入学後の授業も他の学校よりも数段上だというのだ。

 剣術がある程度でき、近所で少し評判になる程度では匠院義塾に受かるのは厳しいという。学問もできなけらばならず、武道においても、だれからもすごいと言われる位でなければまず匠院義塾には受からない。それでも落ちる者もいるという。13歳から18歳の間であれば誰でも入学できるものの、その5年間ずっと受け続けても受からないものがほとんどだという。例外はあるかもしれないがよっぽど才能がなければまず受からない。匠院義塾とはそういう場所だ。

「俺、どうしても兵士になりたいんだ!」

 子供がにこにこ笑いながら兵士になりたい、というのとはだいぶ様子が違っていた。清風は自分の夢には責任を持つというように、力強く言った。その瞳も、言葉同様に力強い。瑠璃はそんな清風に感心した。――次の言葉を聞くまでは。

「俺、若くして二将軍に就かれた麒翠様や鳳華様、それから、あの歳で麒軍に入られた駿様のような立派な軍人になりたいんだ」

 そう、目を輝かせて言う清風に、瑠璃は何も言うことができない。駿はいいだろう。文字どおり若き天才であり、優秀な軍人なのだから。頭に浮かんだのは、いつも、面倒だ、しか言わない翡翠と歳の割に幼い桃華。いくらなんでも子供の夢を壊すことはできない。横にいる白琳も同じこと思っているのか、珍しく苦笑いをしていた。

――知らないって幸せね。せめて、この子のために妖獣くらいはちゃんと始末しなさいよ

 瑠璃は、自分の兄と友人のことを心の中で詫びた。そして、馬鹿兄と桃華、それから紅貴が妖獣を倒すのを心のそこから願うのだった。


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