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史書  作者: 風華
北の青い空
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第一章 北の青い空 1 

 双龍国と呼ばれる大陸。北の大国、洸に次ぐ大きな領土をもったその国は嘉と呼ばれていた。南にあるその国は、暑すぎず、1年を通して穏やかな四季があった。


 今は春。春の初めに都で開かれる祭りが終わり、微かに桜が散り始めている時期だ。

 嘉の都李京は、南と西は、低い山で囲まれている。低い山であるが、その頂からは正方形の李京を見ることができる。その低い山々の隙間を、都に通じる 道が通っていた。


 李周道と呼ばれるその道の入り口、李外門の入り口には兵士が立ち、横の検問所では役人が待機しており、身元の確認を行う。朱の門を通り抜け ると、都に向かう人々の目には、春であれば、道の両端に植えられた桃色の桜の木が映る。


 人々がその桜の美しさに漏れるため息をつくという行為は 李周道のいたるところで見られた。やがて、李周道が終わり、李京の入り口に差し掛かると、鳳門と呼ばれる、李外門以上に大きな朱色の門が現れる。

 その柱には嘉を守ると言われる獣の一つ、鳳凰が彫られていた。鳳門を開けば、煌路と呼ばれる広い路が煌李宮に通じている。やはり両端には桜の木が植えられ、 春には桃色の桜が咲く。


 そして、春も半ばを過ぎた今、都の南にある温かい海から吹く潮風に運ばれて、花びらが舞っていた。

 煌路の脇の細い小道。昼であってもその小道は薄暗かった。桜と共に運ばれる潮風に、一枚の薄い紙が飛ばされた。一人の少年がそれを追いかける。


「あ、おい、ちょっと待てよ」

 飛ばされた紙が、灰色の石畳の上に落ちた。それを見た少年は、紙をとらえようと手を伸ばすが、風が紙をさらに遠くへ飛ばしてしまった。風が止んだ頃には、紙は少年の手の届かないところへ行ってしまった。


「どうしよう……。俺、地図がなきゃわからないのに」

 そういってため息をついた直後、ちゃりんという音とともに何かが横を通り抜けた。少年は、一瞬何が起こったのかわからなかった。

 しかし、とっさ懐に手を入れてみると、そこにあったはずの財布がまるごと無くなっていた。目の前には走り去る男がいる。

 

「ちょっと待て!俺の財布を返せよ!」

少年はそう言いながら財布をとったと思われる男を追いかけたが、転んでしまった。

「いって~!おい、俺の財布返せ!」

 男は少年の方を振り返った。着古した服を着たその男は嬉しそうに笑っている。

「それは俺の財布だぞ……!あ、そこの兄さんそいつ俺の財布取ったんだ!取り返してくれ!!」

 偶然だろうか。財布をとった男の背後から、黒い服を着た青年が現れた。青年は、少年の声を聞いたのか、顔の表情一つ変えずに男を見る。


「だそうだ。盗ったなら返してやれ」

 青年は低く淡々とした声で言った。

「だ、誰が渡すか!こっちだって生活かかってるんだ!」

 男はそう言うと短刀を取り出した。それを見た少年は思わず心の中で悲鳴を上げる。

「兄さん、やっぱり俺の財布なんていいから逃げて!」

 少年の言葉は届いたのか届かなかったのか。青年は軽くため息をついただけだった。少年には、自分の言葉を無視しているように感じられた。青年は、相変わらずの無表情で言葉を続けた。

 

「馬鹿なことはしない方がいい。どうせしばらくしたら嘉の兵が駆け付ける。その前にあの餓鬼に財布を返してやったほうが賢明な判断だと思うが 」

「わたすわけにはいかねぇ!」


 男は震える手で短刀を青年に向けようとした。少年が見たのはそこまでだ。思わず目を瞑ってしまったのだ。少年は、微かに震える体を自分の手で抱きしめた。

 ドクドクという心臓の音が自分の体中に響いている。やがてドスッという音とともに辺りは静かになった。時間がたち、少年の耳に声が届いた。


「おい」

 声は青年のものだった。おそるおそる瞑っていた目を開けると、片手を腰に当て、見下ろしている青年の姿があった。その横にはたしかに紅貴の財布をとったと思われる男が気絶している。

「あ…」

 青年はため息をつくと赤い布でできた財布を見せた。

「お前の財布はこれか?」

 少年は大きくうなずいた。自分の財布を見てやっと安心することができたのだ。

「うん!ありがとう」


 青年は、財布を投げてよこすと口笛を吹いた。何をやっているんだろうと不思議に思っていると、青年の背後から黒い馬が現れた。黒い馬の背中には翼が生えている。

 翼をもつ馬のことを天馬といい、すべての生き物の中でもっとも速い足をもっていた。が、同時にそれを扱うのは軍人であっても困難だという。振り落とされてしまえば、軽傷では済まない。そんな天馬を目の前にいる青年が扱えると知って少年は驚いたのだ。

 それに、少年は黒い天馬を見たことがなかった。天馬はたいてい茶色の毛並みを持っているものだ。


「それ、お兄さんの天馬?かっこいいな!」

 少年は興奮を隠さずに弾んだ声で言った。しかし、青年は何も答えずに、天馬の手綱を手にとって背中を向けてしまった。少年にはそれがなんだか惜しいことに思われ、思わず声を出す。

 

「ちょっと待って!」

「何か用か?」

 何か用があって青年を呼んだわけではない。少年は口ごもる。

「そ……その…」

「用がないなら帰るが」


 少年は急に何かを思い出した。李京内部の詳細が書かれた地図は先ほど飛ばされてしまったのだ。そして、自分はどんなことがあっても煌李宮に辿り着かなければならないのだ。

 だが、地図無しでたどり着ける自信はまったくなかった。青年に案内を頼めないだろうか。


「あの、俺李京の地図を無くしちゃって。そのさ、どうしても煌李宮に行きたいんだけど行き方がわからなくて。で、迷っていて……」

 それまで変わらなかった青年の表情が微かに変わった。青年が疑わしげに見下ろしてくる。

「それ、本気で言っているのか?」

「うん。なんとか李京についたんだけど、煌李宮の行き方がわからなくて、しかもさっき地図まで飛ばさ……」

「お前馬鹿か?」

全て言い終わる前に青年が割り込んで言う。


「どうやったら煌李宮に行こうとして迷子になるんだよ。鳳門からまっすぐ行けば良いだけだろう」

「それがさ、煌路の脇の小道っていっぱい店あるだろう。見惚れてたらいつのまにか道に迷っちゃって……」

 青年はため息をついて、呆れたように言う。

「まぁいい。どうせ、俺も煌李宮に行く。邪魔しないならついてこい」

少年は笑って頷いた。






「退屈だわ」

 街道に面した茶屋の奥。人が少ないその場所で、一人の女性が座っていた。憂いを帯びたように見える女性の横顔を見て、店主はほぉっと息をはく。その女性そこにいるだけで、見る者をくぎ付けにしてしまう。

 肩よりも長い黒髪は癖を知らず、そのまま零れ落ちていた。白く透ける肌はシミひとつ無い。憂いを含んだように見える黒い瞳はどこか遠くを見ていた。彼女こそが、

 李京一の美女と言われる、白琳はくりんだった。見た目が美しいだけではなく、幼いころからその頭脳の高さは周りを驚かせ、現在は医者として名高い。

 その、絶世といってもおかしくない女性、そう 白琳はくりんは、人々の憧れの的だった。


「何が退屈なの?」


 人が近づく気配はなかった。

 しかし、たしかに背後から声が聞こえた。店主は驚ていて後ろを振り返った。そこにはにこやかにほほ笑む青年の姿。店主はその姿をみて目を見開く。肩まである黒い髪は柔らかそうだ。

 男性でありながら作り物のように整った容姿である。肌は白く優美であったが、かといって不健康に見えるわけではない。背が高いその青年は細身ではあったが、痩せすぎというわけでもなかった。


 軽装化した、紺色の軍服がよく似合う青年だ。腰に下げてある通常のものより大きな剣。その剣の鞘は白。細い銀で細工してあるその剣の持主の噂を店主は聞いたことがあった。


「あなたはもしかして、駿様ですか?」

「そうですよ。俺の名前を知っているなんて驚きました」

 駿はそういって、面白そうに笑った。店主は早口で言う。

「それはそうですよ!駿様と言ったら、そのお年で麒軍に入られたお方!頭も良く、剣の腕も優れていると……!大変優秀な方だと聞いております!」


 駿はかなり優秀な軍人だった。この嘉という国には禁軍と呼ばれる軍がある。王の持ち物であるこの軍が嘉国において上位に位置している。

 しかし、それを凌ぐ実力を持った者たちの軍が二つあった。二将軍と呼ばれる、この国の宰相に並ぶ位を持つ武官がそれぞれ所有する軍だ。

 二将軍は慣例として、この国を守ると言われる獣、鳳凰と麒麟から一字取って、王から名が与えられる。


 鳳凰の名をもつ将軍の軍を鳳軍と言い、麒麟の名をもつ将軍の軍を麒軍と言った。その軍に入るのは狭き門であり、禁軍においても上位の実力を持つものしか入ることができなかった。

 二つの軍に所属する軍人は、それぞれ禁軍将軍に近い実力をもったものだけだった。駿は、わずか18歳でその麒軍に入ることを許されたのだ。


「ありがとうございます。そんな風に言っていただいて光栄です」

 駿は照れたように、笑みを浮かべた。

「期待に恥じないよう精いっぱい働かせていただきます。ところで、お茶と、芋羊羹をいただけますか?」

「はい!すぐにお持ちします!」



「ここの席座るね」

 駿は白琳の前の席に座った。

「お仕事は良いんですか?」

「さすがにこんなに長い間休暇がないと疲れるから休暇もらったよ」

「麒軍も急がしそうですものね」

 白琳はクスクス笑った。

「ところで、退屈って言ってたけどもしかして…」

「たぶん、あなたの予想通りよ。あなたの上司で、友人でもある翡翠様がいないと退屈だわ」

「麒翠様…いや、翡翠は……」

「良い暇つぶしだ」「良い玩具ですわ」


 白琳と駿の声が重なった。麒翠という字を持つ、麒軍の将軍、本名翡翠は白琳と仲が良かった。世間一般の『優秀な将軍』という印象からは想像がつかないことだったが、翡翠は白琳に頭が上がらない。

 そして、駿は翡翠と子供のころからの親友だったのだが、駿はよく翡翠で遊んでいた。翡翠が駿の上司となった今でもそれは変わらない。


「翡翠様いつ頃帰ってくるんでしょうね」

「そろそろ帰ってくるんじゃないかな。でも、白琳、悪いけど、翡翠は当分事務処理で忙しくなると思うな。 あいつも、部下に仕事押し付けないで、たまには自分でやった方が良いと思うし、わざと仕事残して休暇もらったんだ」

「あら、翡翠様には当然の報いですわ。計算が苦手だと言って計算が入ると全部部下の方に任せているのでしょう?たまには翡翠様が自分でやるべきだと思うわ」


 そう言うと、白琳はクスリと笑った。そんな白琳に駿も笑みで返した。一見李京一の美男美女。二人がそこにいるだけでも場の空気が変わる。そんな二人がこういった会話をしているなど誰もが夢にも思っていなかった。


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