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史書  作者: 風華
妖獣
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第三章 妖獣 1  

――巓という世界

かつて世界最強の龍と謳われた神龍と妖龍は争っていた。神龍の牙が妖龍の喉を食いちぎり、妖龍の爪が神龍の心臓を突き刺した。二つの龍は雌雄を決することなく、互いに死んだ。妖龍の体より生まれし妖力が世界を包み込んだ。――混沌。その世界に生きるのは異形の獣と妖獣だけだった。

やがて長い時間をかけて神龍の体は地上になり、血が海を作った。そして、人間が生まれる。まだ妖力が支配する世界だった。それゆえ、人間は妖力に侵され生きていくことが出来なかった。また、異形の獣や妖獣に殺される人間も多かった。しかし、やがて自ら独特の妖力を生み出し、世界を包み込む妖力を制し、異形の獣と、下位の妖獣を倒せる人間が現れた。人はその一族を巓を制する妖拳士『巓一族』と呼んだ。また、倒した妖獣の牙を媒体とする者が現れた。しかし、その牙には妖獣の恨みがこもっていた。人はその暴走する刀を妖刀と呼んだ。その際たるものが、妖龍の牙で作られた桜玉だ。桜玉の暴走を止める為に作られたのが神龍の牙で作られた、聖刀煌玉だった。そのどちらの刀も並みの人間では扱うことが出来なかった。二つの刀を使う一族、妖刀使い、人は『煌桜家』と呼んだ。そしてついに、自らの独特の力で、妖獣を直接使役するものが現れた。

やがて、人々は、この世界の秩序を作り出した。秩序の世界と混沌の世界の線引きをしたのは妖術使いだった。神龍の体より生まれし世界に人間の秩序の世界と、混沌の世界の境界を作った。妖拳士、妖刀使い、妖獣使い、妖術使いこの四つを四つの妖と呼ぶ。場所を失っていた妖獣は、ついにこの世界を去り、新たな別世界へと旅立っていた。だが、この世界でも、秩序の外では、夜には、かつての世界を模写するかのようにかすかな妖力が働く。秩序の中には入れないが、その気配を感じ、別世界に行った獣と妖獣は夜だけこの世界に戻る。そして、夜、秩序の外では巓、煌桜、妖獣使いの力は増し、時に周囲の妖力に共鳴する――   『史書』創世の巻より


「なぁ翡翠、そんな難しい顔してどうしたんだ?」

 紅貴は、横で天馬を走らせている翡翠に尋ねた。清風がいるため、いつもよりはゆっくりと走らせる翡翠はどこか険しい表情をしていた。もっとも、これから行く場所では、今となっては伝説となっている妖獣が暴れまわっているというのだから、そうなっても当然なのだが、紅貴にはどうしても翡翠が妖獣を怖がるようには思えなかった。何か他のことを考えているのかもしれないと思ったのだ。

「創世の巻のことを考えていた」

 翡翠がぽつりと言う。

「もし本当に村で妖獣が暴れまわっているとしたら、妖獣使いが村にいるってことになる」

「あぁ、俺もそれは疑問だった。俺が知っている限り、自由に動き周れる妖獣使いは俺だけのはずなんだ。妖獣使いは今はいないっていうのは本当だし。でも、清風は真剣な様子だったし信じてあげようよ」

 翡翠はしばらく何も言わなかった。やがて、翡翠はまっすぐ前を向いたまま静かに言った。

「考えたんだが、妖獣使いがいなくても村に妖獣が現れる条件が一だけつある。もし、湖北村がそっちの状況だったら面倒だ」

「妖獣使いがいなくても村に妖獣が現れる条件……?」

 紅貴にはそれが何なのか検討つかなかった。妖獣は妖獣使いがいなければ現れない。それは、改めて考えるまでもなく、紅貴の中では慣れしたんだ常識だった。翡翠の言うその条件がなんなのか、紅貴には検討がつかなかった。

「わからないならいい。……そっちじゃないことを願うしかないな。ところで、もう一度聞くがお前は本当に妖獣使いなのか?」

「本当だよ。ま、世間では妖獣使いはもういなくなっているらしいから信じてもらえなくてもしかたないと思うけどさ」

「それもあるが、まさかこんなくそ餓鬼が妖獣使いだとはどうしても思えない」

「なんだよそれ。そんなこと言ったって仕方ないだろう。誰が何と言おうと俺は妖獣使いなんだから。湖北村に着いたら俺の力見せてやるから待ってろよ……多分」

「期待はしないでおく」

「紅貴、翡翠、もう少しで湖北村の村人が避難している場所にもう少しで着くって」

紅貴が翡翠と話していると紅貴と翡翠の後ろで馬を走らせていた瑠璃がやってきた。

「みんな湖山の麓の神社に避難しているんだ」

 瑠璃の横で馬を走らせていた清風の声が続いた。

 紅貴は前方を見る。雲がかかってはっきりとは見えない湖山の麓に、うっすらとそれは見えた。白い石でできた鳥居が緑の山を背景に堂々と立っている。晴れていたら、綺麗なのにと、紅貴は少し残念に思う。

「聖刀神社っていうんだ」

「ずいぶんと単純な名前の神社なんだな」

「あの神社には聖刀が祀ってあるらしいんだ。ほら、聖刀って本当は煌桜家にしか扱えないだろう?でも、肝心な煌桜家がどこにいるのかがわからない。その辺に放置しているのも悪用される可能性があるっててことで、何世代にも渡って聖刀神社の神主さんが、刀を守ってるんだ」

「本当に聖刀なのか?」

 翡翠が疑わしいというように言った。

「神主さんが言うには本物らしいよ。誰も鞘から刀を抜くことができなかったって。そんな刀は聖刀と妖刀以外にないだろう?それに、妖刀だったら周囲に災いを引き起こすらしいけど、それもない。となると聖刀だろうって神主さんが言ってた。銘は不明らしいけどね」

「いったい煌桜家の奴はなにをしているんだろうな」

 鳥居を前に、翡翠が天馬から降りながらつぶやいた。その声をききながら紅貴も馬から降りた。紅貴は鳥居を見上げる。近くで見ると大きな鳥居だと、紅貴は思った。笠木と呼ばれる、二本の柱に支えられている部分はどんなに手を延ばしても届くはずもない高さにある。それどころか、この場で一番背が高い翡翠の身長も優に越えている。洸国では見られない光景だ。茫然と立っていると、紅貴は後ろから声をかけられた。

「紅貴、ぼぉっとしてないでいくよ。この先に村人のみんな避難しているんでしょ?」

瑠璃がそう言うと、清風が頷く。

「うん、この先にみんないるんだ。……その……」

 先ほどまで、一見元気な様子で話していた清風が下を向いて俯く。

「けっこうすごい光景かもしれないけどお兄さんたち大丈夫?」

 清風は拳をぎゅっと握っていた。どこか怯えているように静かにそう言った清風の声が、不思議と昔の記憶と重り、なんとなく清風の気持ちがわかる気がした。

「大丈夫だよ。怪我人がいるんだろう?急いで手当をしなきゃな」

紅貴は、かつて、身近にいた人がそうしたように清風に目線を合わせて言った。

「お前にそんなことできるのか?」

 翡翠が腕を組んだままそう言うと、瑠璃の声が続く。

「そうよね。紅貴ってなんとなく不器用そう」

「大丈夫だって!俺にだってけが人の手当てぐらいできるって!」

「どうかしらね」

「とりあえず急いで参りましょう」


 村人が避難しているという建物の引き戸を開けると、幾人もの村人が寝ていた。腕や足が布で巻かれているところを見ると、応急処置はしたのだろうが、村人たちは苦しそうにうなり声をあげ、時折うわごとのようなものも言っている。大人も子供もみんな息が荒く、苦しそうに胸が上下していた。高熱にうなされている状況に似ているとも思ったが、なぜかそれよりも不気味な光景に感じられる。――何かがおかしい。紅貴は口には出さなかったが、目に見えない何かを怖いと思った。なぜか、靖郭の宿での白琳と翡翠を見かけたときの感覚と似ているとも思った。じわじわと広がる寒気は、何か別の場所でも感じたことがあるような気もした。――あの、幼かった頃に。

「……これは、本当に妖獣にやられたみたいだな」

 横にいる翡翠がつぶやいた。

「みなさん、助けに来てくださってありがとうございます」

 部屋の奥から、作務衣を着た初老の男がやってきた。

「清風、薬は買ってきてくれたかね」

「うん」

「ありがとう。ご苦労だったね。疲れているところ悪いが、隣の部屋に買った薬を置いてきてくれるか?」

清風が部屋を出るのを見送ったあと、初老の男はこちらを見て言う。

「私は亮と言います。湖北村で孤児院の親をやりながら寺子屋で先生をやっている者です」

「私はここで神主をやっております、覚信かくしんです。湖北村の方たちがこちらへこられ、無事だった亮先生と共に応急処置はしたのですが見ての通り……」

 覚信は苦しむ村人をちらりと見た。

「私は壮 白琳です」

 紅貴の後ろにいた、白琳が言う。

「応急処置の様子を見る限り、お二人とも医療の心得はあるようですね」

「はい。ですが、私たち、いや、普通の人間では、これ以上は手に負えないです」

そう言った覚信は本当に悲しそうだ。

「ご安心ください。そのために私がきたのですから」

「それは心強いです。本当にありがとうございます。それにしても麒翠様、大きくなりましたね」

「あれ、翡翠この方の知り合いなの?」

 瑠璃がそう言うと、翡翠が答えた。

「……少しな。あぁ、妖獣はお望みどおり、俺が引き受けることになりました。この様子を見る限り村は本当に妖獣にやられたらしいですね。ついでに妖獣が現れた原因も調べておきます」

「頼りにしてますよ。鳳華様も元気にしていましたか?」

 桃華はこくりとうなずいた。

「そちらの蒼い瞳のお嬢さんは麒翠様の妹ですかな?」

「はい。芳 瑠璃と言います。何かできることがあったら気軽に言ってくださいね」

「ありがとう。赤い髪の君は何て言うのかな?」

「紅貴っていいます」

「村人を見る限り、村人の皆さん、昨日から食事をしてないようですね」

「あの状態ですから、食欲がわかないようで」

「瑠璃、私が村人の皆さんを治します。ですから瑠璃は村人の皆さんのために食事を作ってくれるかしら」

「わかったわ。覚信さん、台所借りますね」

 瑠璃はそう言って腕まくりをすると部屋を出て行った。

「じゃあ、紅貴、私たちも行こ~」

桃華がにっこりと笑ってそう言うのをきいた紅貴が頷こうとしたその時だった。翡翠が淡々と言う。

「いや、桃華は留守番していろ」

 桃華はなんで~?と、声をあげていたがそんな桃華に気を止める様子もなく、翡翠は言葉を続けていた。

「紅貴、行くぞ。湖北村は山のうえだから今から山登りだ」

「桃華は?」

「あいつがいると面倒だから置いていく」

「ひっど~い!私もいくんだから!!どっちがさきに妖獣を捕まえられるか競争よ!」

 桃華は軽やかに駆け出し、部屋を出て行った。翡翠はなぜかため息をつき、疲れているようだ。桃華が一緒にいくことを、なぜ翡翠が嫌がるのかを不思議に思いながらも、紅貴は翡翠について部屋を出て行った。


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