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史書  作者: 風華
旅の始まり
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第二章 旅の始まり 6 

 靖郭に着いた日の翌日、紅貴はゆっくりと寝台から起き上がった。地下に掘られた桜亭には窓がないため、現在の時刻は分からなかったが、たいして肉体的な疲労を感じないことを考えると、結構眠っていたのかもしれない。朝弱い紅貴は、朝起きてすぐは二度寝をはじめる癖があるのだが、二度寝をする程眠くもない。そんなことを考えぼんやりとしていると、 紅貴のお腹がギュルっと鳴った。

(そういえばお腹すいたな。今は昼ごろかな?)

 なにか食べ物はないかと辺りを見回す。しかし、この部屋に食べ物はなかった。仕方ないと思いながら紅貴は立ち上がって部屋を出ようとした。そして、同時に 気づく。

(翡翠がまだ寝ている……?)

 おそらく今は昼ごろなはずだ。昨日も早朝にもかかわらず、 見張り台の異変にいち早く気づいていた翡翠だ。こんな時間まで翡翠が寝ているのは、紅貴には意外だった。

(やっぱり白琳に何かやられたのかな……)

 白琳は翡翠に手を翳した。すると、不気味な何かが翡翠から出てきたのだ。紫色のそれは、なぜか禍々しいものに感じられたことを、紅貴ははっきりと覚えていた。そして、それを行った白琳はもっと恐ろしかった。

(翡翠……)

 紅貴は、白琳が何をやったかを誰かに聞きたい衝動にかられた。しかし、聞いた相手が何も知らなかった場合、逆に相手を傷つけてしまうのではないかとも思う。やっぱり白琳に直接聞くしかないのだろうか。

グー

 そんなことを考えていると、またお腹がなった。紅貴はとりあえず食事をしようと、部屋を出た。


 桜亭の食堂に行くと、白琳、瑠璃、桃華の三人が食事をしていた。その三人のほかには誰もいなかった。

「紅貴さんおはようございます」

 紅貴に最初に気付いたのは白琳だった。紅貴は思わず、肩をぴくりと震わせた。

「紅貴おはよう。もう、昼過ぎよ」

 紅貴が何も言えずにいると、瑠璃の声が続いた。そして、桃華がにっこり笑いながら言う。

「普段の日にこんな時間まで寝てたら、多分翡翠に怒られちゃうよ」

「そういえば何で翡翠はこんな時間まで寝てるんだ?」

 紅貴はできるだけ何事もない口調でたずねた。答えたのは桃華だった。

「だってお休みだもん」

「だからそれじゃわからないでしょう。もっとわかりやすく説明しなさいって」

 桃華はこくりとうなずくと続けた。

「あのね、翡翠は今日この街を発つつもりだったみたいなんだけど、この街で買いたいものがあったから、今日一日だけ靖郭に居られるようにお願いしたの。でね、今日は靖郭に留まることになったんだけど…… 翡翠って、仕事がある時はちゃんと起きるんだけど、何もない日はとことん寝るんだよ。ね、瑠璃」

「昔からそうなの。翡翠は何も予定がない日は昼過ぎまで寝てるのよ。お母さんが呆れて起こしにいくんだけど、、そういう日に起こすとすごく不機嫌になってね。まったく迷惑な馬鹿兄よね」

「翡翠はね、私がお願いしたあと、二度寝始めちゃった。でね、買い物するって言ったでしょう。それ、実は紅貴のやつなんだ。だから、ごはん食べたら私と一緒に買い物しよう。私はもうご飯食べ終わったから瑠璃に可愛い髪にしてもらってくるね」

「ちょっとそんな話聞いてないわよ」

「だって可愛い髪にしたい気分なんだもん。瑠璃~可愛いのにして~」

瑠璃は腕をくんだまま言う。

「仕方ないわね。じゃあちょっと桃華の髪を結ってくるわ」

 瑠璃はそう言うと立ち上がり、すたすたと歩いて食堂を出て行く。そして、桃華もひょこひょこととび跳ねながら瑠璃の後について行った。紅貴は食堂に白琳と二人、残されてしまった。

「紅貴さん座ったらどうですか」

 ぼんやりと立っていると、そう言われた。

「うん」

 紅貴は白琳の正面の椅子に腰かける。ちらりと白琳の方を見ると、白琳が話しかけてきた。

「紅貴さんもしかして私のこと怖がってますか?」

「いや、そんなことは……」

「隠さなくて良いんですよ」

 白琳はそう言うと、にっこりと笑った。

「多分、昨日のことですよね?あれ、見てしまったんですよね?」

「……」

 紅貴が何も言えずにいると、白琳が穏やかな声で言う。

「いきなりあんなところを見せられたら、びっくりしますよね。驚かせてしまってごめんなさい」

白琳の穏やかな声に、紅貴は思わず頷く。

「昨日のあれはいったい何だったんだ?」

 聞かれた白琳は困ったように笑って言う。

「申し訳ありません。それは私からは何も言えません。……もしかしたら翡翠様でしたら、詳しく話せるかもしれませんので、翡翠様に聞いてもらえますか?」

「翡翠……?」

「曖昧な説明になることを最初に謝っておきます。私は当事者じゃないので、私が言うわけにはいかないんです。驚かせてしまったのに、詳しく説明できなくてすみません」

「うん……」

「では、この話はここまでにしましょう。紅貴さんおなか空いたでしょう?お食事召し上がってください」

 昨日のあれが何だったのか、まだ聞きたかったが、紅貴はこれ以上は聞けないと察した。


 食事を終え、桜亭をでた紅貴は桃華と共に靖郭の街にいた。小路に色とりどりの露店が並び、商人が道行く人々を呼びとめる様子は、李京とは違った賑やかさがある。

「なぁ、いったい何を買うんだ?」

「紅貴の刀だよ」

「刀!?」

 驚く紅貴に対し、桃華は、当たり前というようにうなずいた。

「だって紅貴は武器もってないでしょう?これから旅するのに武器のひとつくらいもってたほうが良いと思うの。紅貴は洸国にとっては厄介な存在でしょう?いつ襲われるかわからないわ。武器ないと抵抗もできないでしょう。そういえば、武器もないのによく嘉まで無事にこれたね」

「うん、俺もどうしてここまでこれたか分からないんだ。俺さ、最初、刀持ってたんだよ。でも、どうせ刀持っていても使えないから、友達に預けたんだ。その後、洸国を発とうとしたんだけど、洸国を出る前にいきなり洸の軍に襲われちゃって……。気づいたらどこかの牢にいて、途方にくれてたんだ。でも、ある日、寝て目が覚めたら李京にいた。最初は、夢かとも思ったんだけど、夢じゃなかったみたいで。その後、地図を拾ったから、その地図を見て煌李宮に行こうとしたんだけど、道に迷ったんだ。その時翡翠に会って、翡翠に連れて いってもらったんだ」

「すごいね~。運だけで嘉に来たんだね。で・も・ね」

桃華は人差し指を立てたてを紅貴の目の前に突き立て、はっきりと言う。

「これからはそんなにうまくいかないわ。刀の使い方は私が教えてあげるから、刀買おう。でも、その前に銀行にお金をおろしに行こ~」

「銀行……?」

 紅貴は銀行という言葉を聞いたことがなかった。

「そっか、洸に銀行ないもんね~。嘉には色々な場所に銀行っていう場所があるんだけど、銀行にはお金が預けられるんだよ。でね、預けたお金は、銀行ならどこでもお金を引き出すことができるの。紅貴、これ見て」

 見せられたのは紙よりは硬い素材だが、硝子よりは軽い不思議な素材でできた、二つ折りの身分証明書のようなものだった。

「これね、中開くと、銀行に預けた額が特殊な墨で書かれていて、消せないようになってるの。これを持って、銀行に持っていくと、各自決められた暗号を聞かれるよ。決められた暗号を答えると、お金を引き出せるんだけど、そうすると、預けた額が減るでしょう?だから、引き出した後は、特殊な墨で書かれた数字が書きなおされるんだよ。ちなみに、銀行で働いてるのは、嘉でも特に信頼されている文官だけで、特殊な墨の修正方法とか、銀行のお仕事の詳しい内容はその文官だけにしか知らされていないんだよ」

「嘉には便利な制度があるんだな」

「ほら、あそこ」

 桃華が指をさした方向を見ると、建物の前に武官らしき人物が立っていた。

「武官?」

「銀行のお金盗まれたら大変でしょう?銀行の前には必ず武官が配置される決まりになっているの。じゃあ、私はお金おろしてくるから、紅貴は兵士さんの前で待ってて」

 桃華はそう言うと、銀行の中に入っていった。紅貴は改めて辺りを見回した。これだけ店が多く、人が集まる街を、洸では見たことがない。幼い頃、初めて連れられた洸の街の様子を、紅貴は、今でもはっきりと覚えていた。


「もうすぐで街に着きますよ」

 ある春のことだった。馬に乗せられていた紅貴は、紅貴のすぐ後ろにぴったり付き馬を操る男の声を聞いた。

「街ってどんなところなんだろう。曉貴は知ってる?」

 紅貴の隣で馬を操る大柄の男に紅貴は尋ねた。その時は理由が分からなかったが、男はため息を付き、紅貴の後ろに座って馬を操る男に言った。

「紅翔様、本当に行くんですか。あそこは王を倒そうとしている人々が住んでいると聞いておりますが……」

「だから行くんだよ。さぁ、あの門の向こうが街ですよ」

 紅翔はそう言って馬を止めると、紅貴を降ろした。 洸国は寒い国だ。春とはいえまだ僅かに雪が残る地面は、歩くたびに足跡が付けられる。

「紅翔様、おかしいと思いませんか?いくらなんでも馬の足跡の数が多すぎる。それに、この鉄のような臭い……。先に街に行って様子を見てきます」

「ねぇ紅翔、街、まだ入れないの?あの門のむこうなんだろう」

 紅貴が紅翔の顔を見上げて言うと、紅翔はしゃがみ、紅貴に目線を合わせた。

「曉貴が戻ってくるまで待っていてくださいね」

「雪もほとんどなくて雪だるまも作れないし、退屈だよ。曉貴まだかな」

「大変です!」

 曉貴が大慌てで戻ってきた。曉貴を見た紅翔はすっと立ち上がった。曉貴を見る紅翔の横顔は、少し怖い無表情だと、その時紅貴は思った。

「……が、……ろしにしたようです」

「思ったより……の動きが……やかったか」

小声で話す紅翔と曉貴の会話ははっきりとは聞き取ることができなかったが、何か良くないことが起こっているというのは本能的に感じていた。

「やはりここは引き返した方が」

「……は撤退していたか?」

「一応全軍撤退しているようですが」

「なら、街に行こう」

「ちょっと本気ですか!?あんな光景を見せるなんて!」

「それが現実なのだからしかたないでしょう」

紅翔は紅貴の方を向いた。

「街にいきますよ。私の傍を離れないでくださいね」

 紅貴は怖くなり、紅翔の服を握りながら歩いて行った。そして、ゆっくりと門をくぐる。そこで見た光景に、紅貴は思わず、手で顔を覆った。しかし、一瞬しか見なかった光景は何度も頭の中で繰り返し、浮かんだ。僅かに残った雪の上を人が歩けば、土の色が混ざった水たまりができる。しかし、この街にあるのは土の色をした水たまりではなかった。赤い液体――それが血だまりを作っていた。そして、その上に、幾人もの人が倒れていた。男、女、老人。そして、紅貴と同じ年頃の子供もいた。彼らは自分からは一切動かず、時々吹く風が彼らの髪や来ている貧しい着物を揺らすだけだった。直視できずに、目を瞑って歩いていると、抑揚のない紅翔の声が降ってきた。

「目を開けてください」

「紅翔様、何を言うんですか!こんなところ早く出ましょう」

紅翔は曉貴の言葉を無視して続けた。

「子供だからと甘やかすつもりはありません。あなたはこの国に生まれました。そして、これがこの国の 現実なんです。こういうことが起こっているのはここだけではないのです。今は洸であれば『どこでも』起こりうることですよ」

紅貴は恐る恐る目を開けた。どこまでも続く人の山と、血の跡。紅翔の服をつかむ紅貴の手は、細かく震えていた。そして、急に何かが紅貴の足をつかんだ。

「なんで、なんでみんな死ななきゃいけなかったの……」

紅貴の足をつかんだ血だらけの少女は、か細い声でそう言うと、動かなくなってしまった。

「しっかりしろよ!」

少女は何も言わない。紅翔はしゃがんだ。右手を少女の胸にあてると、首を横に振る。

「もう死んでいます」

 紅貴は胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じ手を口にあてた。

「大丈夫ですか!?」

曉貴があわてて尋ねるが、紅貴はそのまま座り込む。

「……気持ち悪い」

――街をでた後、泣き続ける紅貴に紅翔は言った。

「これ以上こんなことが起こるの嫌なのであればこの国を変えるしかありません」

「いったい、いったいだれがあんなひどいことをやったんだよ」

「洸の禁軍です。なぜ、こんなことを起こったかはまた後ほどお話します。今は、いつかはこの国を変えるしかないということだけを覚えておいてください」


「紅貴~お金下ろしてきたよ~刀買いにいこっ」

 桃華が戻ってきた。右手に持つ桃色のがま口の財布が膨れているところを見ると、かなりの額を下ろしたのだろう。満面の笑みを浮かべ、楽しそうだ。そんな桃華を見た紅貴もつられて笑った。


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