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玄関のドアを開けると、廊下の向こうのリビングに小娘が見える。
蛍光灯の灯りは点いているが、物音のしない部屋の座布団に座ってじっとしている。
部屋に入り「家に帰らなかったのか?」三羽が聞くと、しばらくして小娘は小さく頷いた。
三羽は小娘が初めて反応を示したことに少し驚き、いくらか進歩したような気になった。
「家はどこだよ?・・・俺が送ってってやるよ」言うと小娘は三羽の方を向いて、唇を固く結んで激しく首を振った。・・・その反応には驚いた。
三羽は「お前さ、名前ぐらい教えろよ」と聞いた。・・・小娘は一度顔を上げて逡巡したような表情をしていたが、申し訳なさそうに俯いた。
(・・・家出少女か。親と大喧嘩でもして飛び出したって訳か。)三羽は思い、タバコに火を点ける。小娘は俯いたままだ。
・・・今まで気付かなかったが、小娘はかわいい顔をしていた。知り合いにでも紹介してもらったのならば、迷わずにつきあいたいと思う対象だろう。
事実、昨日の酒の席で「かわいい女を拾ったら大事にするのに」なんて思っていた。
しかしそれはそういうシチュエーションで出会ったらの話で、こういう異常な出会い方とワケがありすぎる相手だと、不思議と恋愛感情や下心など微塵も起きてこない。
どっちかというと、親の気持ちを察するような変な気分に襲われる。
(・・・まあいいや、どうせ俺は彼女もいねえ一人者だ。誰かに迷惑掛けるわけでも文句言われるわけでもねえ。)三羽はそう思い、冷蔵庫からビールを出した。
クラシックラガーを2本出して、1本をテーブルに置く。
「お前、メシ食ってねえだろ?近くでラーメンでも食うか?それかコンビニに行くか?」三羽が聞くと、小娘は申し訳なさそうに首を振った。
「じゃあコンビニでなんか買ってくるわ」と玄関を出て行く。
三羽はまだ冷え込む夜道を歩きながら小娘の素性を想像したが、まるで見当もつかずコンビニに着く。適当に弁当やパンや菓子を買い込んでアパートに戻って行く。
(・・・名前も教えられねえとなると、やっぱなんか問題アリなんだろうな。)
三羽は不意に路肩の梅の木に目をやる。小枝の蕾が膨らんで、もうじき開花しそうになっていた。
(桜かー、寒いけどやっぱ春が近えんだな。)・・・三羽はふとひらめいた。
「あいつ名乗らねえなら、勝手に桜って呼ぼう!」
近くで救急車と消防車がけたたましい音をたてて走っていくのが聞こえた。
「・・・どっかで火事かや?」ステージがハネたアッシュトレイズ・ローズのカウンターのスツールで唐沢が言った。
須川はジントニックを唐沢に出す。「お前のEB-3いいじゃん。思い切って良かったと思うぜ」
「リョウタくん、そうでしょうそうでしょう?やっぱね、現金は強いんですよ!」唐沢は膝の上のベースをいじりながら、満足気にジントニックを呷る。
「リョウター、俺帰るからな。戸締りとか頼むぜ。・・・それからコウヤ」
「あっ、はい」唐沢は姿勢を正して白井の方を向く。
「おめえらが復活すんのは、俺も嬉しいぜ。・・・でもさ気まぐれじゃいけねえ。やっぱ続けてくことが大事だからな」白井はシングルのライダーズを着込みながら、唐沢に言う。
「俺は大丈夫っすよ、高い銭払ってコイツを手に入れましたから」唐沢はベースをなでる。
「そうかー。・・・そういや、こないだの失礼なおっさんたちもさ、ああ見えてロックには真剣なんだぜ」白井はそう言うと、笑いながらドアの向こうに消えた。
・・・唐沢の脳裏に、あの酒臭い隙っ歯の下品なおっさんの、ガラガラ声のブルースが響いていた。




