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ライジング・サン  作者: 村松康弘
50/50

50(最終話)+リアル最終話

・・・背後に叫び声が聞こえる、暗闇から唸るような。三羽が振り向く、同時に背中に刃が突き刺さる。

恐ろしく長い鋭利な刃は、今度は心臓を狙ってひと突き。(・・・今度こそくたばっちまう!)

・・・そこで三羽は目を醒ました。


(やけにリアルな痛みだった・・・)そう思いながら上体を起こすと、隣に寝たはずの桜の姿がない。

狭いベッドの壁側に三羽が寝ていて、桜ひとり分のスペースは、そっくりそのまま空いていた。

「桜?」呼びかけても何の反応もない。

・・・夕べ、たくさん愛し合ったあと、三羽は不意に(これは現実なんかじゃなくて、幻なんじゃねえか・・・)そんな不安が湧き上がって、素っ裸の桜を何度も抱きしめた。

自分の腕の中から、スルリと煙のように消えてしまいそうな気がしたから。


ベッドから降りて電気をつける。やはり部屋の中のどこにも桜はいない。

美味い食い物が載っていたテーブルは、すっかり片付いていた。

・・・薄茶色のレターペーパーが折りたたまれて載っている。開いてみた。


『 タケルくん ずっと愛してる 一生愛してる


  私もずっと愛されていたい ずっとタケルくんのそばにいたかった


  抱かれているとき 生きてきたなかで一番しあわせだった


  ずっと抱かれていたいと思った


  タケルくんと一緒にいられれば それだけでしあわせ


  でも私がタケルくんのそばにいれば いつか狙われる 殺されてしまう


  辛い 悲しい 淋しい どんな言葉でもあらわせなくて 泣きながら書いてるよ


  ほんとはタケルくんにしがみついて 声をあげて泣きたい 泣きたい


  純愛 タケルくん言ってくれたね

  

  場所も時間もこえて ずっと続くって 私信じてる


  ずっと忘れないね 本当にありがとう


  ・・・父の無念も忘れることができないので 行くね  さくら 』


レターペーパーのとなりには、黒い水玉模様のリボンで結ばれた手作りのクッキーが添えられている。

三羽は茫然と立ち尽くしていた。


(・・・!)はっとして、押入れのふすまをひき開ける。・・・箱の中のベレッタは消えていた。

急いで服を着てアパートの部屋を飛び出る。

階段を駆け下り、駅前の方へ駆け出す。車も人も途絶えた通りを駆け抜ける。

背中の傷が痛みだしてきた、構っちゃいられない、息があがり吐き気がしてきたが、構わず走り続ける。

履いているスニーカーが道路の段差に引っかかり、一度転倒した。ついた右手の平が傷だらけになった。

気持ち悪くなって反吐を吐くと、脂汗が一緒にボタボタと流れ落ちてきた。


駅前の地下街の入り口にたどり着く。息を切らして階段の手すりにつかまって立ち上がる。

・・・轟音が2発、地下街の通路に響き渡った。

三羽は立ち尽くす、凍りつく、響きはしばらくの間鳴り止まない。

間を置いて、もう1発・・・。


暁の空、ビルとビルのわずかな隙間に、オレンジ色の陽が昇ってきた。

照らしだされた三羽の目にも心にも、なにも映ってはいなかった。


〔完〕


―――5年後


唐沢、三羽、須川の3人は、「三羽鴉」として全国のライブハウスツアーに出ていた。

・・・桜を失った三羽は、真剣にドラムとバンド活動に打ち込んだ。日中は唐沢が勤務している建設会社で汗を流して働き、仕事が終わる19時からはオールドガレージに駆け込み、ドラムの練習に打ち込む。

オールドガレージに先客がある時は、別のスタジオに空きを探してはドラムを叩き続ける日々だった。

鬼気迫るまでの真剣さに、唐沢と須川もモチベーションが上がり、月2回のペースでアッシュトレイズ・ローズでプレイする。

客は日増しに増え続け、スケジュールに三羽鴉ワンマンライブの名前が出ると、翌日には前売り券がSOLD OUTになる。

「お前ら、もっとでかいハコでやりなよ。うちじゃキャパ小さすぎるからさー」白井はそう言ったが、3人は変わらずローズのみでプレイを続ける。

「俺等、やっぱ白井さんの音でなきゃ、やっててモチベーション上がらないんすよ」いつも3人はそう言った。


須川はある時、自分の判断と白井の助言で、あるレコードチェーン店のオーディションに応募した。

唐沢と三羽は、あまり乗り気じゃなかったが、「俺等の実力がどんなもんか、世の中にジャッジしてもらうのも悪くねえだろう」との須川の言葉に承服して、東京に向かった。

結果、圧倒的な評価でグランプリを受賞して、須川はプロダクションやレコード会社との折衝に追われた。

おいしい餌をぶらさげてくるところ、高飛車に物を言うところ、実際に様々だったが、須川の主張はいつも変わらなかった。

「俺等のやり方でプレイさせてくれるのが最重要な条件」

そして彼らの条件を尊重してくれるプロダクション、レコード会社と契約する。・・・3人は思い出の詰まった長野を離れ、東京から闘いの生活をはじめた。


東京という名のコンクリートジャングルは、ロックバンドなど掃いて捨てるほど星の数だ。

しかし彼らのバイタリティーは、どこのバンドも比較にならないほど強く熱く激しかった。瞬く間に知名度は上がり、東京だけじゃなく名古屋・大阪・福岡などの主要大都市でも、十分な集客を得られるまでになる。

「サクセスストーリーは、まだはじまったばかりだぜ」須川は口癖のようにそう言った。

「なあ、そろそろ全国のライブハウス回ってみねえか?・・・俺はとにかく長野で恩返ししてえよ。当然、ローズでな」三羽は言った。

「東京を拠点にしてから5年、一度も帰ってねえからな!やろうぜ、リョウタ」唐沢も乗り気だ。

須川はプロダクションに相談し、2ヶ月後東京を皮切りに全国ツアーを開始することにした。・・・最終日は無論、長野アッシュトレイズ・ローズ。


全国ツアーは予想以上の手応えと集客となる。・・・須川の主張した「俺等のやり方」の、テレビ番組やCMなどのタイアップは絶対拒否、音楽性を無視したメディアへの露出の絶対拒否の条件にも関わらず、津々浦々のライブハウスには、彼らを待つ客の列は続いた。


―――最終日、長野アッシュトレイズ・ローズ。

・・・多分、今回のツアーの中で一番小さなハコだろう。今の三羽鴉の知名度であれば、近くのショッピングビル最上階のライブハウスチェーンでも、SOLD OUTだ。

3人は当日の早い時間に長野に入り、ローズの急階段を登る。

「やっぱいつ来ても、この階段の勾配はキツイよなー」3人はそう言いながら、ワクワクする気持ちを抑えられなくなる。

ガラムの独特な香りが漂う。ドアを開けると白井と若いスタッフがホールの準備をしていた。

「おう!お前ら早いじゃん。元気か?」白井はだいぶ髪が白くなっていたが元気そうで、須川は握手した途端、涙がこぼれそうになった。

リハーサルが始まる。ステージも白井の作ってくれる音も昔のまま、なにも変わらず最高だ。リハが終わると唐沢と三羽はカウンターに座る。須川はカウンターの奥に立つ。

「懐かしすぎるのと、なにも変わってねえことに涙が出そうだよ」須川は2人に生ビールを注ぐ。

「なに言ってやがる、さっき白井さんと再会した時泣いてたじゃねえか」唐沢と三羽は笑った。

「・・・お!これまだあったのか!」須川は棚から自分のフォアローゼズのボトルを見つけた。3人は「本番前だから軽くな!」と乾杯した。



開場とともにオールスタンディングのホールに客が押しかける、すでに満員でホールの温度が上がってきた。

楽屋にもコールが響いてくる。3人はいつも以上に緊張が走った。

「さて、凱旋ライブおっぱじめようか!」階段を下りてステージに向かう。ローズの場合、客席を通らなければステージには行けない。

3人とも客にもみくちゃにされるが、構わなかった。

「ハロー!三羽鴉です」・・・三羽のカウントで3人の音がひとつになると、ホールは揺れはじめ怒涛の爆音の洪水になった。

あっという間に1時間半のステージが終わるが、アンコールは鳴り止まない。

「OK、じゃあ最後にバラードやります。三羽がいい詞書いてくれました。・・・また長野に来ます、本当にありがとう。・・・ライジング・サン!」


曲がはじまると、PAブース手前のDJブースに、スポットライトが当たった。・・・三羽はプレイしながら不思議な気持ちで見つめる。・・・はっとなる。

「・・・まったく。こいつらと白井さんは」三羽は思わず天井を向く。

桜がじっと三羽をみつめる。5年前と変わらない大きな瞳と笑顔で。


『銃声は暁の空を裂き、天使か悪魔かわからない男が、俺の女を連れ去った、もうこの街には帰りはしねえ』須川が枯れ果てた声を張り上げる。


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