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ライジング・サン  作者: 村松康弘
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「この端に写ってる人、砦のマスターのアッシュさんじゃない?」紗希は須川に写真を見せる。

「あ、本当だ。アッシュさんだ、若いなー。・・・あの人、湊って名前だったんだ」須川は写真を覗きこんで言った。

(・・・!)桜はその名前を聞いた途端、心臓を強い力で掴まれるような衝撃が走る。あまりにショックが強すぎて息苦しくなった。

テーブルに両手をつき、顔を伏せて荒い呼吸をする。額から冷や汗が流れてきた。

「桜、どうかしたのか?」三羽は桜の異変に気づいて、声を掛ける。

「・・・ううん、なんでもない。・・・ちょっとトイレに行ってくるね」桜は立ち上がり、フラフラと洗面所に向かう。

ドアを開け、洗面台の前に蹲る。心臓の鼓動はまだ鳴り止まない・・・。

父親が倒れる光景が、嫌でも目の前に浮かんできた。

「湊!貴様!・・・」そう言いながら、スローモーションのように崩れ落ちていく父親の姿と、倒れた父を見下ろしてゆっくりと立ち去っていく男の後ろ姿。

そこから目の前は真っ白になって終わる・・・。今まで何度も、夢にまで出てきた衝撃の光景。

(お父さん・・・お父さん・・・)桜は膝を抱えて、ひとしきり泣いた。泣きすぎて枯れ果てたつもりの涙が、また溢れかえってくる。

・・・洗面台につかまり、ようやく立ち上がりコップで水を飲む。荒い呼吸も少しずつ治まってきた。・・・鏡に映った自分の顔は蒼白だったが、ゆっくりと店のドアを開ける。

みんなはさっきの写真のことなど忘れて、にぎやかに談笑していた。壁の古時計は12時になろうとしている。




翌日の昼間、三羽と桜は『西田の店』をあとにする。・・・三羽はビニール袋に入れたベレッタを、桜に気づかれないようセリカのグローブボックスに放り込む。・・・そのまま街へと向かう。

ジーンズショップへ行き、自分と桜の衣服を買うことにした。・・・黒いMA-1は、燃えるゴミの袋に入れて、通りすがりのゴミ置き場に捨ててきた。

ジーンズを持って試着室に入り、サイズを確認する。全身を鏡に映した時、思わずギクッとなった。

しばらく振りで見た自分の顔は、かなり頬が削げ無精ひげだらけで、髪もボサボサだった。・・・それ以上に目玉の光り方が今までの自分じゃないように、ギラついていた。

(・・・これが人殺しの目玉か)・・・鏡の中の凶相の男は、濁って血走った目玉でこっちを見据えていた。自分の眼に恐怖を感じて、目を逸らした。

・・・桜にトレーナーとパーカーとジーンズを買ってやる。


スーパーマーケットに寄る。

「今日はいろいろ作ってあげるからね」桜はそう言うと、嬉しそうにカートを押して店内に入っていく。三羽は一緒に歩こうかと思ったが、照れくさいので食料品の買い物は桜に任せて、自分は酒のコーナーで時間をつぶした。クラシックラガー1箱とターキーの50度のボトルを買う。


久々に帰った自分のアパートは、当たり前だがなにも変わってなかった。ただ、玄関ドアの鍵穴が金属でこじられた痕があったが。

桜はスーパーで買ってきた荷物を両手に抱え、小さな台所へと運んでいく。忙しそうだった。・・・ベレッタは押入れの中の箱に放り込んだ。

ハンガーに吊るした警備着が、妙に懐かしく感じられて見上げていると、「タケルくん、料理するのに時間かかるから、どこかで時間つぶしてきたら」と、振り向かずに桜が言う。

三羽はオールドガレージのオーナーに電話をして、スタジオが空いていることを確認した。

「俺、スタジオでドラム叩いてくるわ」そう言うと、桜は「はい」と答えたきり、また忙しそうになにか作っている。


オールドガレージに着くとオーナーのヨシトモは、今日も自慢のグレッチでロカビリーを爪弾いていた。恒例のセッション大会で盛り上がった。

タオルで汗を拭いながらスタジオを出ると、もう暗くなっていた。セリカを飛ばして帰る。・・・アパートの部屋に明かりが灯っていて、ほっとした。

・・・テーブルの上はご馳走だらけだった。名前の知らない中華料理みたいなのや、イタリア料理みたいなのが載っていた。三羽は素直に感動していた。

乾杯をして料理に手を伸ばす。どれを食っても美味くて、料理をほめるたびに桜は心底嬉しそうな顔をする。今夜は桜もしこたま飲んだ。

「桜がこの部屋の外に来た時は、幽霊かと思ったんだぜ」そんな出来事もだいぶ昔のように感じたが、実際は一ヶ月も経っていないのだ。

三羽は並んでベッドに背を凭れかけている桜を引き寄せた。そっと抱きしめると、自分の心臓の鼓動が異常に早いのに気づく。

自分も桜も火照るように体温が上がっているのは、酒だけのせいじゃないと思いながらキスをした。桜の柔らかい唇も瞼も少しだけ開いている。

桜が抱きついてくる、細い腕で三羽の背中までぎゅっと抱きしめる。

「・・・どうして私を助けにきたの?」三羽の胸に顔を埋めたまま、桜が言った。くぐもった声はゆっくりと低い。

三羽は自分の心臓の鼓動の早さを聞かれることが恥ずかしくなったから、桜の肩ごと強く抱きしめた。

「わからねえ・・・お前が失踪してからの俺の行動は、俺自身もわからねえんだ」・・・すべてが無我夢中だった、考える前に走る・飛ぶ。すべてが衝動だった。

「私がどこの誰かも・・・名前もわからないのに?」桜は顔を上げる。間近すぎて大きな目しか見えない。・・・今度はゆっくり深くキスをした。

三羽は自分の気持ちを伝えるための言葉を探したが、どうにも思いつかず頭を掻き回す。

「・・・しいて言えば、『純愛』って感情かな・・・俺みてえなヤツは言葉じゃうまく言えねえよ」桜が瞼を閉じた途端、涙がこぼれた。

ふたりは狭いベッドの上で、本気で愛し合う。お互いをとことんまで愛し尽くしたい、そんな感情の顕れのような無垢な行為かも知れなかった。


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