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唐沢はイライラしていた。三羽のアパートの前に、自分の黒いミニバンを停めている。
日中、仕事の合間に電話をかけ続けたが、コールが鳴るばかりで出なかった。・・・駐車場にセリカも停まっていない。
千夏に電話を入れる。『オカケニナッタデンワハ・・・』「チッ!」電話を切る。
千夏は仕事中の時は電源を切っている、判りきっているが、唐沢はますますイライラしてきた。
三羽は童謡のチャイムで目が覚めた。身体を起こすと、公園で子供が遊んでる向こうに、西陽が傾きかけている。
全身が強張っていて、動かすとバリバリと間接が鳴った。
タバコに火を点け、携帯を確認する。唐沢と会社から何度も着信があった。
首をポキポキ鳴らしながら、タバコを消す。
・・・Black Birdが鳴る、唐沢からだ。
「タケル!今どこにいんだよ!」最初から怒鳴り口調だ。
「上越の犬井んとこの近くだよ」
「やっぱり!・・・お前、それは裏切りじゃねえのか!おい!」唐沢は咬みつきそうな勢いで、まくしたててくる。
「裏切り?・・・そうだな、考えてみりゃそうなるな。申し訳ねえ」
「バカ野郎!まあいい、千夏の仕事が終わったら、拾ってそっちへ向かうから、突撃するようなマネはすんなよ!いいな?」
「あ、ああ」
電話を切って周りを見ると、薄暗くなっている。遊んでた子供たちも消えていた。
闇が濃くなった。三羽は尻ポケットにフォールディングナイフを忍ばせて、セリカを降りる。
グローブボックスに黒革のドライブ用手袋があったので、それをはめて公園を出る。
犬井商事の両隣は町工場で、業務は終了していた。常夜灯のみ灯っている。
三羽は建物の裏手に回る、周囲をぐるっとネットフェンスで囲ってあって、裏は広い空き地になっていた。
フェンスと空き地の間に用水路が流れていて、1mほどの幅には雑草が茂っていた。・・・その茂みに身を伏せ、裏手から建物を眺める。
2階と3階の窓はカーテンが引かれているが、薄く明かりが漏れている。
・・・30分ほどじっとしていた。建物からは何の物音もしない。
三羽は意を決した(・・・桜、イチかバチかだ)
三羽がネットフェンスに手を掛けよじ登ろうとした時、いきなり肩を押さえつけられる。(・・・!)全身が硬直した。
「ちょっと待て」押し殺した男の声が耳元に響き、三羽が振り向く。
「あっ!あんたは!」男は自分の口に指を当て、「静かに」とささやいた。
―――アッシュトレイズ・ローズでのライブの時、一瞬だけカウンターにいた鋭い目つきの男。
「これで3回目になるか」男はビルを見上げながら呟く。
「3回目?」三羽は男の横顔を睨む。
「お嬢が連れ去られる時さ。・・・唐沢というヤツは気づいたようだが」三羽ははっとなった。「生垣の向こうに誰かいるぞ」と言った唐沢を思い出した。
2人は雑草に身を沈める。背の高い萱のような草なので、ビルからは見えないだろう。
「いったいあんたは何者なんだよ?」
「何者?・・・お前の立場からすれば、正義の味方かもしれんぞ」男はニヤリと唇を歪めた。
「・・・さっきお嬢って言ってたよな、桜のなんなんだよ?」
「今説明してる時間はない・・・が、お前と目的は一緒だ。・・・それよりお前、これ使えるか?」
男は何かを手渡してくる。・・・受け取るとズッシリ重くて黒い塊のようだ。
「拳銃・・・」三羽の背筋を悪寒が這い上がってきた。