39
明け方の18号はガラガラだ。三羽は真っ直ぐなアップルラインを駆けていく。
117号との分岐を左に曲がる。人家は急に途絶え街路灯も淋しくなってきた。
途中、勾配がきつくなり長い登坂車線になる。
古い車体のセリカだが、二度のオーバーホールとチューンナップを施された2T-Gエンジンは、軽快に坂を駆け上がる。
数台のトラックを追い越して、信濃町に入る。野尻湖を過ぎたトンネルを抜け、高い橋脚の大きな橋を渡れば新潟県だ。
「夜明けの疾走か・・・」三羽は左前方に聳える峻厳な妙高山を眺めながら呟く。
妙高から先は、なだらかな坂を駆け下りていく。・・・路肩にはまだ残雪が固まっていて、雪とは思えないほど黒く薄汚れていた。
だが、豪雪地帯だけに雪を溜めるだけの幅員を確保しているので、走るには何の支障もなかった。
いくつもの店舗が併設されている『道の駅』に入る。
三羽は広い駐車場を過ぎ、一角のコンビニに車を停め、ショートホープとブラックの缶コーヒーを買ってくる。
シートを倒しタバコの煙を吹き上げると、数日眠っていないせいか疲労感がどっと押し寄せてきた。
「・・・そういや今日仕事休むこと、会社に電話しなきゃ・・・」
缶コーヒーの栓を開けると、芳しい匂いに心が和んだ。普段は感じたことなどなかった。
・・・三羽は何もかもがどうでも良くなってきた。
「コウヤと千夏との約束も破って、突っ走ってきちまった・・・」短くなったタバコを消し、新しいタバコに火を点ける。
「俺は一体どうしてえんだろう・・・すべて衝動のままに来ちまったな」
ため息を吐き出し、ラジオのスイッチを入れる。旧式のダイヤルを回し周波数を合わせる。
『・・・ガラスのジェネレーション さよならレボリューション 見せかけの恋ならいらない So one more kiss to me』
古い曲をかけていた。確か小さい頃、このセリカのカーステレオでも聴いたことがあった。
アーティストの名前までは知らないが、ジョン・レノンに似ている声のトーンだった。
『街に出ようぜBaby 二人の街にMaybe 君の幻を守りたい So one more kiss to me・・・ガラスのジェネレーション さよならレボリューション つまらない大人にはなりたくない・・・』
三羽はタバコの灰が落ちるのを忘れて、聴き入った。「つまらない大人にはなりたくない・・・」
その短い一節が、三羽の頭に衝撃的に突き刺さる。
「理由なんてなくていい。そう、つまらない大人にはなりたくない・・・俺の衝動はそんな言い訳でもいいんじゃねえか」
シートを起こして、高速で突っ走るトラックの群れに合流する。
徐々に明けていく18号を北へ走る。途中から国道は、片側二車線の高架道路になる。
・・・昔の政治家の力のせいだろうか、長野県と新潟県は隣県であるが、交通網の整備のレベルは桁違いだ。地形の問題もあるのだろうが、まるで高速道路並みの快適さだ。
8号に入りしばらく走る。頭に刻んでいた地図を頼りに工業地帯を走り回る。暗い状態ではなかなか思うようには行かなかった。
同じところを堂々巡りして、やっと犬井商事と思われる建物を見つける。・・・決め手は建物前に停まっているガンメタリックのハイエースと、そのナンバーだ。
桜を乗せて走り去る時、辛うじて下二桁の「39」だけは憶えていた。
3階のビルは明かりもなくひっそりとしていた。「桜・・・無事なんだろうな」
辺りは白々と明けはじめていた。三羽は疲労と眠気で朦朧とする。「とりあえず仮眠しねえともたねえ・・・」
場所と建物を確認すると、すぐ近くにあった公園の駐車場にセリカを停める。
エンジンを切った途端、泥のような眠りに引きずり込まれた。