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「さてと、これでどうするか・・・」アイドリングのままのボロの中から、2人は内田邸を眺めている。
周りが割に良く見えるのは、白色に灯る街路灯と十三夜ぐらいの月光のおかげだ。三羽がガラス越しに見上げた空には、やや楕円の形をした月が見える。
「あの塀の上には、有刺鉄線か電流装置があるかもしれねえな」唐沢がガラスの縁で、セブンスターの灰を落とす。
・・・確かにあってもおかしくねえな、三羽は思う。
適度にヒーターを効かせたボロの中でボンヤリと眺めていると、昨日の寝不足と疲労のためか、2人ともうつらうつらしてきた。
・・・遠くから近づいてくる車の音で、2人とも目を醒ました。眠っている間に目の前に停まっていた2台の車はいなくなっている。
ボロバンをよけて内田邸の門柱の向かいの路肩に、ハイエースワゴンが停まった。
2人はあわてて姿勢を低くしてハイエースの様子を窺っていると、運転席からスーツを着た若い男が降りてきて、道路を横断して門柱の中に入っていく。
「あいつ何者だろう」・・・5分ほどするとさっきの男が出て来て、ハイエースに回りこみ後部のスライドドアを開ける。
すると門柱から数人の人影が現れた。先頭を歩く男は、やや年配のようで、態度に威厳さを見せている。
「あいつが内田かもしれねえな」唐沢がコソコソと呟く。・・・仕立ての良さそうなスーツ姿だ。
続いて見覚えのある黒服が出てきた。「チッあの野郎、やっぱし一味だったか」三羽が奥歯を噛みしめる。
次にスーツ姿の若そうな男2人にはさまれて歩く、小さなシルエットが見えた。・・・明らかに男の姿ではない。
・・・一瞬、三羽は自分の目を疑う。
「・・・桜だ!」三羽と唐沢は同時に気づき、目を見開く。距離があるので表情までは判らないが、月光に浮かんだシルエットは桜に間違いなかった。
2人の男の間で、うつむき加減で歩いている。
「桜!」三羽は叫ぶように言うと、ボロのドアのハンドルに手を掛けて、飛び出そうとした。
「おい!やめろやめろ!」びっくりした唐沢があわてて三羽の肩を掴み、引き戻そうとする。だが三羽は捕らえられそうになってる獣のように暴れて、唐沢の手を振りほどこうとした。
「コウヤ、はなせ!桜が目の前にいんだぞ!」なおも三羽は必死で飛び出そうとする。
・・・一行はハイエースの後ろを回り、スライドドアから次々に乗り込んで行く。バックドアのガラスは黒くて、中は見えない。
「バカ野郎!相手は5人もいんだぞ!」唐沢も必死で腕を掴み怒鳴る。
「かまいやしねえよ!」三羽は唐沢の手を振り切って、助手席から舗道へ飛び出す。あわてたので縁石に足を引っ掛け転倒する。・・・すぐに立ち上がり駆け出す。
唐沢は運転席から飛び出して、三羽に追いすがりジャンパーを掴む。
「コウヤ、はなせ!」
「今はやめろ!」
三羽のジャンパーの袖が引っぱられ、ちぎれそうになっている。もつれあったまま2人とも息が上がってくる。
組みついている間にハイエースのスライドドアが閉まる。三羽が振り返った時には、ハイエースは暗がりの中を滑り出して行った。
三羽の身体から急速に力が抜けていく、唐沢も袖を掴んだまま動きを止める。・・・遠くなっていくハイエースのテールランプを、2人は呆然と眺めていた。
「あぁ・・・」三羽はガックリとうなだれた。
唐沢はため息とともに袖から手を離す。・・・同時に奇妙な視線を感じた。内田邸と隣家の間の路地にある生垣の向こうから、じっとこっちを窺う視線を感じた。
「・・・あの生垣の向こうに人の気配がするんだが」唐沢が耳打ちしたが、三羽はもうどうでもいいというように聞こえていない素振りだ。
三羽の腕を引っぱって生垣の向こうへ行ってみる。・・・果たしてそこには誰もいなかった。三羽は腑抜けた顔でボンヤリしている。
(・・・さっき確かに視線を感じたんだが)・・・唐沢の鼻には、微かに本当に微かに、ZIPPOの火を消したオイルの匂いがしてるような気がする。
ボロバンに戻ると、ダッシュボードに置きっぱなしの携帯が鳴っていた。『千夏』からのコールは執拗だった。ボタンを押して電話に出る。
「あー!やっとつながった!コウヤ今どこ?」千夏の声は切迫しているように聞こえる。
「ん、・・・そんなことよか、どうした?なんかあったんか?」
「重大な情報を手に入れたんだよ!」千夏は誇らしげに、もったいぶる。
「千夏、じらすなよ!なんだよ?重大な情報って」
「コウヤをぶちのめしたヤツの住所がわかったんだよ!」