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唐沢と三羽はオールドガレージで、2人だけでリハーサルに熱中していた。
昼間の虚無感を払拭すべく、夕方からずっと音を出している。
・・・途中、ガレージのオーナーがグレッチのホワイトファルコンを片手に乱入してきたので、急遽ロカビリー大会と化したが、1時間ほどで2階の事務所に上がっていった。
「ちょっと休憩しようぜー」三羽がタオルで手と顔を拭いながら言う。
「そうだな、ヤニが欲しくなったわ」唐沢はEB-3をスタンドに立てかけて、アンプの電源を落とす。
2人は表に出て、県道を行き交う車の流れを眺めながら、タバコに火を点ける。長野ICのある左方向からの車が、圧倒的に多い。行楽地に出掛けていた帰りの群れだろうか。
唐沢が携帯を開くと、須川からのメールが届いている。まずは添付画像に目が行った。
「リョウタの野郎、紗希とツーショット送ってきやがったぜ。まったくあの野郎は」三羽には聞こえた風でもなかった。
本文を読んでみる『今、紗希と砦にいる。紗希のバースデイパーティー中なんだが、俺たちの背後にいる人間をよく見てくれよ。コウヤ見覚えないか?連絡よろしく』
唐沢はもう一度画像をスクロールして、背後に注目する。
「・・・あっ!この野郎は!」三羽は唐沢の声に驚き、近づいて画面を覗きこんだ。
「・・・タケル、こいつだよ!俺をぶちのめした野郎は!」
唐沢にメールを送ってから、須川は気が気じゃなかった。
紗希とアッシュが楽しそうに話している隣で、奥の客と唐沢の返事が気になって仕方がなかった。
・・・しばらくしてメールが届く。
『間違いねえ、あの野郎だ。俺とタケルはそっちに向かってる。店の外で張るから、悪いけどヤツが店を出るそぶりを見せたらワンコールくれ』
三羽のセリカの助手席で、唐沢は興奮していた。
「あの野郎、絶対ぶっつぶしてやる!こないだの三倍はやり返してやらねえと気が済まねえ!」
普段は、そんな感じのセリフを吐く三羽をなだめるのが唐沢の役目だが、今夜は三羽が「まあ、そう熱くなるなよ」
セリカはオレンジ色の外灯が眩しい橋を駆け抜ける。車はすっかり減ってきたようだ。
三羽は重いナルディのステアリングと短いシフトノブを巧みに動かしながら、遅い車を次々に追い越していく。
(・・・その野郎をぶっつぶせば、桜の居所が判るかもしれない。)
顔では冷静さを装っていたが、三羽の昂ぶりは唐沢と同じかもしれなかった。
(・・・桜)思うと、まだアパートにいた頃の桜を思い出し、胸が熱くなった。
須川の携帯にメールが届く、『今、到着した。外にいる。リョウタは紗希との大切な夜だから、俺たちには関わるなよ。・・・それじゃヤツが気配を見せたらよろしく』
須川はメールを読み終わると、心臓の鼓動が早くなり、じっとしてるのが辛くなった。三羽や唐沢と違ってケンカ騒ぎは苦手なのだ。
「リョウタ、どうしたの?なんか落ち着かないね」紗希はほおづえをついたまま、須川の左手の小指を弄ぶ。
酒の酔いのせいか目つきまで妖しくなって、普段はおとなしくて控えめな紗希のイメージは失せ、女の色気が匂っていた。
「あの奥のお客さんのこと、コウヤくんに知らせなくてもいいの?」
「そうだな、明日直接電話で話すよ」
(・・・今夜はちょっとリッチなホテルの部屋を予約してあるんだっけ。でも俺は今、こんな気分で紗希を抱けるのか?)
須川にとって、紗希のバースデイとクリスマスイブの夜だけは、特別な日なのだ。
だから奥の2人のことを唐沢にメールしたことも、紗季には黙っていようと決めた。
奥のボックスからアッシュに声が掛かる、ユニホームの男からだ。
アッシュはカウンターを出て、ボックスに向かい戻ってくると、酒棚のワイルドターキーを下ろす。
タグに『井川貿易 内田様』と書いてぶらさげ、ボックス席に届ける。
小声で「営業部長さんだとさ」と言いながら、もらった名刺をカウンターの内側にしまった。
須川は「ちょっとトイレ」と言って席を立ち、洗面所で唐沢にメールを送る。
『連れの男の名前は、内田。営業部長』