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ライジング・サン  作者: 村松康弘
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三羽と唐沢はクルマを降りる、助手席の唐沢は体をねじってやっと抜け出る。

2ドアクーペのセリカはドアが大きく厚いため、こういう時は非常に不便なクルマだ。

相変わらずどんよりと重い空の下を、ふたりは無言で歩く。

ここ一帯に何十軒の家があるのか判らないが、古びた住宅地は見上げた空の色のように沈んだ感じで、大した物音はしなかった。

多分30年以上前に開発された区域なのだろう、ほとんどの家がブロック塀や生垣に囲まれていて、その向こうの様子は判らない。狭い庭があるだろう先にセメント瓦の屋根が見える。どの家も同じような印象だ。

白っちゃけたアスファルト舗道は、轍やひび割れを補修した跡だらけだった。


三羽は『西柳』の門柱の前まで来ると、いくらか心臓が高鳴る。

その家は木造の二階建てで、30坪ぐらいの小ぢんまりとした家だった。門柱から2m先の摩りガラス入りの格子戸の玄関は、埃に汚れている。

「郵便受けには何も入ってねえな」唐沢の言葉で、門柱に付けられた郵便受けを見ると確かに何も差さっていなかった。

ブロックの門に踏み出して左右を眺めると、ジメジメとした日陰にいくつかの植木がある。あとは水道のホースリールが忘れ去られたように色褪せているだけだ。

見上げた二階の窓はカーテンが引かれていて、何年も開かれていないかのように微動だにしない。

「・・・まるで何年も空家みてえだな」三羽は独り言のように呟く。


ふたりで家の裏側まで歩いて様子を見たが、土間コンを打った車庫にはクルマもなく、裏手から見える窓もカーテンが引かれたままだった。

・・・ただひとつ気になったのは、右側の窓のカーテンのみが薄い花柄のものだったことだ。

(・・・あの部屋が桜の、いや美樹の部屋なのか。)三羽はそのカーテンが少しでも揺れることを祈るように見上げていた。


「タケル、おばさんが見てるぜ・・・」唐沢が耳元でささやいたので振り向くと、通りの向こうから怪訝そうに見つめている中年女と目が合った。

三羽は、あからさまに不快な表情で見つめてくるその中年女に腹が立ってくる。

体を向き直し踏み出そうとしたところで、唐沢に止められた。

「やめとけよ、近所のもんにしてみりゃここらをうろつくだけで不審者と思うのも仕方ねえことだぜ。・・・事件はまだ解決してねえんだからな」

唐沢は表情を変えずに三羽の腕をつかんで、来た道を戻りはじめる。

「あのババアがサツに電話入れたら、ヤツらすっとんで来やがるぜ」唐沢の力強いささやき声で三羽は我に返る。

「コウヤ、わりい。お前の言う通りだわ、さっさと逃げなきゃな」そう言うとふたりは急ぎ足でセリカに戻る。乗り込むとすぐに飛び出す。

「・・・この辺のヤツらが、こいつのナンバー通報してなきゃいいが・・・」唐沢はセブンスターに火を点けて、煙とともに吐き出す。

三羽はその言葉にうなづきながらも、犯人でもないのにどこか後ろめたくなってる自分らの状況を妙に思った。



「・・・収穫はなしってとこだな」西柳家からだいぶ離れてから、唐沢が呟く。

「まあ、ハナから期待はしてなかったわ」だが三羽は重いセリカのハンドルを回しながら、心の片隅に期待があったことを否定出来なかった。

いくらか退屈した唐沢が、グローブボックスを開けて一本のカセットテープを取り出す。

「カセット、ひさびさに見たわー、これ掛けるぞ」そう言うとデッキに挿入する。


『~もうおしまいさ すべては手おくれ、なにもかもが狂っちまった今、思い出すのは 思い出すのは、雨さえ凍てつき 氷ってたあの夜』

「これ誰の歌?」唐沢はうろ覚えでハミングしながら聞いた。

「えーと誰だっけ。俺が小せえころ聴いた記憶はあるが。親父んのだからな」三羽はそう言いながら、懐かしさ以上に新鮮に心に突き刺さってきた。

『~君はいつまでも 銀幕のヒロイン、ラストシーンは美しく 思い出には足跡さえ 残さずに・・・』

「あ、そうだ。シネマクラブって歌だわ、多分」三羽は目の前に桜を見ていた、(思い出には足跡さえ残さずに・・・)


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