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翌朝早めに目覚めた三羽は、身支度を済ますとアパートの階段を下りていく。
午前9時だが、日曜日のせいか他の部屋は、まだ寝ているようにシンとしていた。
薄曇りの空を見上げて(・・・なんとか保つかな。)と、ショートホープの煙を吐き出した。
アパートから2分ほど歩いた月極め駐車場の隅に、グリーンのテント生地のカバーに覆われたクルマが、ひっそりとうずくまっている。
アスファルト舗装の上でタバコを踏み消し、カバーをはぐる。
昭和47年型トヨタ セリカ 1600GTV。
39年経ったモスグリーンのボディーは、腕のいい板金塗装職人の手により、2度のレストアと丁寧な焼付け塗装を施しているため、まるで新車のように艶めいている。
ボディーに埋め込まれているメッキのバンパーも、フロント・リアとも一点の曇りもない鏡面を呈している。
三羽はフェンダーミラーを軽く撫でると、ポケットから鍵を出してドアを解錠する。
丸みを帯びた厚手のドアをドシンと閉めて、アクセルをポンピングしてチョークレバーを引き、セルを回す。
まるで航空機のような丸いメーターが並ぶ黒いインパネの中の、タコメーターの針が安定するまで、アクセルに軽く足を乗せる。
パワーアシストのない重いステアリングだが、交換してあるナルディの小口径ウッドステアリングに指を掛けると、セリカが『早く走ろうぜ!』と訴えている気がしてくる。
・・・三羽が幼い頃から家にあったクルマ。今年50歳になる父親が、若い頃に魅せられて買ったクルマだった。
営業マンの父親はいつも社用のカローラに乗っていたため、セリカは車庫の隅で埃をかぶっていた。
幼い頃から(・・・免許取ったら絶対このクルマに乗る。)と決めていた三羽は、免許を取ってすぐに、大手家電メーカーの営業所長をしている父親に頼みこんで、というより無理矢理に売ってもらったクルマだ。
アイドリングが安定したころ携帯が鳴る、唐沢からだった。
「・・・今日、行ってみるんか?」唐沢は起きたばかりのようなかすれた声で言う。
「もう出るとこだわ」チョークレバーを戻して、サイドブレーキを下ろす。
「俺も一緒に行くわ、拾ってってくれや」「わかった、回ってく」
唐沢の自宅の前まで行くと、分厚い地図帳を持って手を振っていた。
唐沢はセリカに乗り込むと「住宅地図に載ってたわ、桜んち。迷わずに行けんぞ」
そう言うと助手席のガラスのハンドルを回して、セブンスターに火を点ける。
30分ほどで西柳宅の近くまで辿り着いた、「えーと、この先の交差点を過ぎた2つ目の角を左だ」
三羽はナビゲーションしてくれる唐沢を連れてきて良かったと実感する。
周囲は店舗が見当たらない古くからの住宅地で、道幅も狭く見通しも悪かった。軽量ブロックを積んだ塀が立ち並び、その塀の櫛石には苔が生えている。
途中、宅急便のハコバンとすれ違うのにいくらか苦労したが、「あ、この先を右折して1軒目だ」
セリカを徐行させて左手の家を伺う、やはりブロック塀に囲まれた家の門柱が見えた。
『西柳』の表札が見えたので、少し先までセリカを進めていくらか広くなったゴミの集積場の隅に停める。