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ライジング・サン  作者: 村松康弘
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夜半から降りだしたらしい雨はずっと続いている。

三羽は周囲を確認しながら警棒をクルクル回す、口にくわえたままのホイッスルを「ピ、ピーッ!」と鳴らす。

それを合図にバックホーのオペレーターは旋回をはじめる。180度旋回して、掘削した土砂をダンプの荷台に積み込む。

その後フロントアタッチメントを最小に抱え込み、三羽の合図で元の位置まで旋回して、溝状に開削された部分の掘削をはじめる。


今日は片側交互通行規制の下水道工事の現場。本来なら車道の反対側へ旋回しての作業だが、民家と低い電線があるためやむを得ず、車道側へ回している。

三羽はストッパーを荒井と西村に任せて、一番気が抜けない役目を担当した。今日の3人のガードマンに立場上の違いはないが、偉そうな顔をしているせいか元請けの連中は、いつも三羽に声を掛けてくる。そして現場警備をやるもんだと決めつけている。どこの現場に行ってもそうだ。

雨は相変わらず止まず、合図で旋回の作業は午後4時まで続いた。


午後5時すぎ、規制解除してサインをもらい、重たい白い合羽を脱いで荒井が運転するポンコツに乗り込む。そしていつも通りにポケット瓶のニッカの栓をキリキリと回す。

ポンコツの軽はエアコンが壊れているので、たちまち3人の湿気でガラスが曇り出す。

「・・・三羽さん、やっぱ雨の日は疲れるっすね」前を向いたままの荒井が溜息まじりで言った。考えてみると荒井は三羽より3つも年上だった。

「現場仕事だから仕方ねえよ、でも現場で作業してる連中のが俺等よかキツいんだぜ。・・・特に今日みてえに17時解放の現場なんて、時間との戦いだからな」

三羽は、雨の中仮復旧の舗装をしていた姿を思い出す。(・・・あんなテキトーな舗装で事故が起きなけりゃいいが。)

後ろの西村はどうやら居眠りしているようで何も話さなかった。・・・片道2時間オーバーの帰路はキツかった。


午後6時半に携帯が鳴る、須川からだった。

「ようよう、おつかれさん。今日8時からオールドガレージでリハ、判ってるよな?」半分眠っていた三羽は、すぐにアタマが回らなかった。

「ああ、判ってるよ。今日、遠い現場だから直で行くよ」目の前の街は灯りが点きだしている。ふと桜のことがアタマを過った。


郊外にあるリハーサルスタジオ「オールドガレージ」は名前とは違い、2年前にオープンした店だ。ロカビリーやブルースが大好きなオーナーの趣味で飾られたフロアーは、年代物のグレッチやギブソンが並び、マニアックな本やグッズが溢れている。

三羽が警備着のまま店に入ると、須川がピックギターを手にオーナーと話していた。

「ようタケル、仕事帰りか?」人懐っこい笑顔でオーナーが三羽の肩を叩く。

「今日の現場遠くてね。・・・あ、そうだ。家帰ってねえからスティック貸してもらえます?」

オーナーはスティックがたくさん入った陶器の花瓶みたいな物を持ってきた。

「三羽鴉が復活すんの、俺も楽しみなんだぜ。お前らみてえな古臭い感じのやってるヤツ、他にいねえからな」笑いながらオーナーは2階の事務所へ上っていった。


須川はハードケースからストラトを出してチューニングする。

「今回は一発目だし、全部カバーで通そうかなと思ってさ。挨拶がわりにシブいセットリストで攻めようかなーって」須川はジミ・ヘンのリフを繰り返し弾く。

三羽は自分に合うスティックを選びだし、須川に合わせて膝の上でスティックワークをやる。


20時を少し過ぎて唐沢がやってきた。蒼い顔色で脇腹をさすりながら入って来る。

「わりいな、いくらか遅れた」唐沢は肩からソフトケースを下ろすと、黒革のソファーに座り込んだ。

「・・・具合悪そうじゃねえ?大丈夫か?」須川と三羽は、ほぼ同時に声を掛ける。

「大丈夫だ、とにかく時間がもったいねえからはじめようぜ」

3人はようやくスタジオへ入る、中はまだ新築の家のような匂いがしていた。

須川が考えてきたセットリスト順に音を重ねていく。

2時間はあっという間に過ぎて、それぞれが満足できる仕上がりになっていた。

「OK!OK!こんな感じで行こうぜ!」須川が言うと、3人は建物の外へ出てタバコに火を点ける。オーナーが嫌煙家なのだ。


目の前の県道はひっきりなしにクルマが走っている。市街地と高速道路のインターチェンジを結ぶ幹線道路だから、夜中でも交通が絶えることがない。

「・・・コウヤ、なんかあったんか?」須川がKOOLの煙を吐き出す。

「もしかして昨日、なんかあったんか?」三羽が思い出したようにつぶやいた。

「・・・昨日、タケルんち出て歩いてる時に、どこの誰だか判らねえヤツに不意打ち喰らってな」唐沢はゆっくり首を回してポキポキと鳴らす。

そして一部始終を2人に話した。

「・・・で、俺が思うに、タケルと間違えて襲ってきたと思うんだよ」唐沢は目の前の水路にタバコを弾き飛ばした。

「俺の顔見た途端に、走っていっちまいやがったからな」

三羽はなんとなく唐沢に申し訳ない気持ちになった。

「・・・とすると、桜に関係してる可能性があるな」須川が言うと、三羽はギクリとなる。

「・・・なんかコウヤに悪いことしちまったような気がするわ、なんかゴメン」三羽の落ち込んだ声に、2人は笑い出す。

「おめえが謝ることじゃねえよ。・・・じゃなくて今後どうするかってことさ」唐沢は伸ばしたアゴ髭をつまんで言った。

「今度はタケルが襲われる可能性もあるし、桜がそうなる可能性もあるな」須川は少し神妙な声で言う。

「・・・お前、桜を守り抜いてやれよな!大事な女なんだろ?」唐沢の言葉がズキンと突き刺さった。

(・・・いや、俺とあいつはそんな関係じゃねえんだけど。)三羽は言えなかった。

なんか重大な事態になってるのに、自分だけボンヤリしてるような気恥ずかしさがこみ上げてくる。


「ああ、そうだな。気をつけるよ」三羽はそれしか言えなかった。


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