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・・・アスファルト舗装を叩く雨の音が聞こえて、唐沢は目を開けた。
目の前に黒く光る路面が見え、雨粒が顔に跳ね返ってくる。唐沢は意識を失い倒れたことを思い出した。
うつ伏せの身体を捻って、ゆっくりと上体を起こして座り込む。途端に激しい頭痛に襲われ目が回り、吐き気がこみ上げてきた。
四つん這いになって腹の中のものを吐き出すと、いくらか楽になった。
周りは薄明るくなっている。ずぶ濡れのまま路上にあぐらをかいて腕時計を見ると、午前4時20分だった。
(・・・タケルんちを出たのが1時過ぎだったから、3時間ぐれえぶっ倒れてたんか。)
黒いMA-1のポケットを探りセブンスターを出すと、少し湿ってたがなんとか吸えそうだ。
・・・思い出してジーンズの尻ポケットのウォレットを探る、無事だった。
手の甲で覆ったタバコを吸いながら首の関節を鳴らし、痰を吐き飛ばす。雨の中で吸うタバコは吐く煙まで湿気っぽくてあんまり美味くない。
セブンスターを遠くに弾き飛ばして立ち上がる。頭痛は相変わらずだが、横っ腹と背中の痛みの方が気になった。歩くにはその痛みの方がキツい。
(まあ、痛えけど歩けるうちは死なねえだろう。)・・・早朝出勤らしいクルマがキチガイみたいなスピードで駆け抜け、唐沢は水を被る。
普段なら20分掛からない道程を、40分掛けてようやく辿り着く。
唐沢は借家の小さな家に、母親と2人暮らしだ。(・・・お袋が起きてなければいいが。)と静かに玄関を開ける。
家の中が静まっている様子にホッとする。洗面所の洗濯カゴに濡れた服を放り込み、アタマを拭いたバスタオルを腰に巻いて、2階の自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。
(・・・あの野郎は何者で、なんのために俺を襲ってきやがったのか。)唐沢はようやく昨夜の襲撃の相手のことを考えはじめる。
ベッドサイドに置いてあるジャック・ダニエルのボトルをラッパ飲みして、天井を見上げる。
(・・・そんで、なんで急に走り去ったのか。・・・たしか俺が顔を上げて野郎の顔を見ようとした時だった。)湿気で茶色いシミが浮いたセブンスターに火を点ける。
走り去る男の後姿のシルエットは、かなり長身で痩せていた。細いズボンを履いた長い脚で大股に駆け去ってく男・・・。
吹き上げた煙と、天井のニセ木目の模様を眺めながらしばらく考えたが、思い出したことと言えば、「香水のような残り香」ぐらいだった。(・・・あれはなんの匂いなんだろう。)
・・・階下でバタバタと音が聞こえてくる。何をやるにも何時であろうとも賑やかな音を立てるお袋の一日のはじまりのようだ。
唐沢は出勤までの僅かな時間の睡眠を諦めた。