嫌なら見るなの難しさ
掲載日:2026/05/10
嫌なら見るな、というフレーズがある。
一昔前までなら確かにテレビのチャンネルを替えてしまえばもう視界に入ってくる事もないし、気に入らない新聞や雑誌があるなら買わなければ良いだけの話だ。自分の気に入らない情報を遮断する方法はいくらでもあったわけでそういう時代においては嫌なら見るなというフレーズが機能していたのだろう。
しかし、一度現代に戻って考えてみて欲しい。
現代において嫌なら見るなというある種、知らないままでいる権利を行使する事が果たして可能だろうか、SNSを眺めればバズっているツイートは否応がなくタイムライン上を流れていくし動画サイトも嫌な配信者が出ている動画を見なくとも切り抜き、まとめ、時事ニュース。
嫌なら見るなの権利を行使出来ない瞬間はいくらでもあるように思えるのだ。
つまり嫌なら見るなを現代において成り立たせるには非常に大きな壁があるように思えてならない。
私の言う事は間違っているだろうか。
私は嫌なら見るなという権利を行使したい。しかしその為には並々ならぬ努力と工程が必要不可欠な事を知って欲しい。
怒りに飲まれてただ叩き棒で人の嫌な面をあげつらって責めるような人間だと思われたくない。
そう思いつつ今日もSNSに駄文を連ねていく私なのだった。




