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底辺男爵家の三男、前世の有機農業知識と浄化魔法で領地を大改革し美少女商人と成り上がる  作者: 黒崎隼人


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第7話「鉄柵越しの交渉と甘美なる果実」

 ひんやりとした朝の空気が、古い鉄柵の赤茶けた表面を薄い結露で覆っていた。

 指先から伝わる金属の凍えるような冷たさも、エリスの意識を現実に引き戻すことはできなかった。

 彼女の亜麻色の髪を冷たい風が撫でていくが、その視線はただ一点、柵の向こう側で泥まみれの少年が抱える巨大な根菜にのみ注がれていた。

 地方商会の一人娘である彼女は、これまで数え切れないほどの作物を見てきた。

 しかし、あのように張り詰めた皮を持ち、内側から発光しているかのような生命力に満ちた野菜など、王都の最高級市場でさえ目にしたことがない。

 彼女の喉が、無意識のうちにゴクリと鳴った。

 商人の血が、全身の血管を駆け巡り、耳の奥で自らの心音が激しく打ち鳴らされるのを感じる。

 没落の淵に立つ実家の商会を救う、起死回生の光がそこにあった。

 エリスは姿勢を正し、冷え切った指先でドレスの裾を軽く握り直した。

 大きく息を吸い込み、肺を満たした冷たい空気をゆっくりと吐き出しながら、声帯を震わせる。


「……そちらの素晴らしい作物、少し近くで拝見させていただくことはできますでしょうか」


 静寂に包まれた裏庭に、彼女の透き通った声が波紋のように広がっていった。

 土まみれの手で根菜を撫でていたレオンが、ゆっくりと首を巡らせた。

 彼の瞳は、十八歳という年齢に似合わない、深海のように静かで底知れない光を宿していた。

 驚くでもなく、警戒するでもなく、ただ純粋な観察者の目でエリスを見据えている。

 トムたち孤児の少年たちは、突然現れた身なりの良い少女に怯え、獲物を隠す小動物のように根菜を抱え込んでレオンの背後へと身を潜めた。

 レオンは無言のまま立ち上がり、膝についた土を軽く払い落とすと、真っ直ぐにエリスの方へと歩み寄ってきた。

 彼の足運びには迷いがなく、貴族特有の傲慢な威圧感とは異なる、大地に根を張る大樹のような静かな迫力があった。

 彼が鉄柵のすぐ目の前で立ち止まると、エリスの鼻腔を微かな香りがくすぐった。

 それは貴族が好むような重い香水ではなく、雨上がりの森の奥深くを歩いている時に感じるような、豊潤で甘い土の匂いだった。


「地方商会のエリスと申します。突然のお声がけ、非礼をお許しください」


 エリスは優雅に膝を曲げ、完璧な淑女の礼をとった。

 レオンは短く頷き、鉄柵の錆びついたカンヌキに手をかけた。

 金属が激しくこすれ合う甲高い音が響き、重い門がゆっくりと内側へと開かれる。


「入るといい。ちょうど、外部の客観的な評価が欲しかったところだ」


 レオンの言葉は平易で、そこに身分を鼻にかけるような響きは微塵もなかった。

 エリスは門をくぐり、男爵家の敷地へと足を踏み入れた。

 石畳を抜け、畑の土の上に革靴を乗せた瞬間、彼女の足裏に奇妙な感覚が伝わった。

 この領地の土はどこも石のように固く、歩けば砂埃が舞うのが常だった。

 しかし、この畑の土はまるで最高級の羊毛の絨毯を踏みしめているかのように柔らかく、靴底を優しく包み込むような弾力を持っていたのだ。

 エリスが足元の土に驚愕している間にも、レオンは畑の中心へと戻り、新たな根菜の太い茎に手をかけていた。

 力を込めるまでもなく、柔らかな土の中から鮮やかな赤紫色の球体が滑り出る。

 レオンは傍らに置かれていた木桶の澄んだ水でその表面の土を丁寧に洗い流した。

 水に濡れた根菜は、朝日を反射してますます美しく輝きを放っている。

 彼は腰のベルトに提げていた小さなナイフを引き抜き、根菜の頂点から底へと滑らかに刃を入れた。

 水気をたっぷり含んだ繊維が断ち切られる、サクリという心地よい音が空気を震わせた。

 切り分けられた断面は、まるで雪のように純白で、そこから溢れ出した果汁がナイフの刃を伝って雫となり、土の上へと滴り落ちていく。


「どうぞ」


 レオンは切り分けた半分を、エリスの目の前へと差し出した。

 エリスは両手でそれを受け取った。

 ずっしりとした重量感が手のひらを圧迫し、断面から立ち昇る甘く青々とした香りが彼女の鼻腔を直接刺激する。

 彼女はためらうことなく、純白の断面に小さな歯を立てた。

 その瞬間、彼女の脳内を雷が駆け抜けた。

 シャキッとした軽快な歯触りとともに、口の中いっぱいに爆発的な甘みが広がっていく。

 それは野菜特有のエグみや苦みを一切含まず、果物すら凌駕するほどの濃密な旨味と豊富な水分に満ちていた。

 噛みしめるたびに細胞の一つ一つから果汁が弾け出し、乾ききっていた彼女の喉を潤していく。

 エリスは目を見開き、信じられないものを見るように手の中の根菜を見つめた。


「……これは、魔法ですか」


 彼女の口からこぼれ出たのは、感嘆の息とともに紡がれた震えるような問いだった。


「魔法は、ほんの少し手助けをしただけだ。これは土の力であり、命の循環が生み出した当然の結果にすぎない」


 レオンは自らも残りの半分をかじりながら、淡々と答えた。

 エリスの頭の中で、商会が抱える借金の額、市場での野菜の相場、王都の貴族たちの嗜好、そして目の前の青年の計り知れない価値が、恐ろしい速度で計算されていく。

 この野菜を独占できれば、商会は息を吹き返すどころか、王国内で確固たる地位を築くことができる。


「レオン様。この野菜、いえ、この芸術品を、私どもの商会で独占的に扱わせていただけないでしょうか。どのような条件でも飲ませていただきます」


 エリスの瞳には、一切の迷いがなかった。

 彼女は両手を胸の前で固く組み、獲物を狙う狩人のような鋭い視線でレオンを見据えている。

 レオンは口の中のものをゆっくりと飲み込み、エリスの顔を真っ直ぐに見返した。


「独占契約は構わない。だが、条件が三つある」


 レオンが指を一本立てる。


「一つ。この野菜は貴族向けの高級品としてだけでなく、形が悪いものなどは下街の領民たちにも手が届く価格で流通させること。彼らの飢えを満たすことが最優先だ」


 エリスはわずかに目を見開いたが、すぐに深く頷いた。


「二つ。僕が今後進める『街の清掃事業』に対して、君の商会の流通網と影響力を貸してほしい。街中のゴミを集めるための設備投資に、商会の資金を一部回してもらう」


「街の清掃、ですか。あの、汚物を集めているという噂の……」


 エリスの顔にわずかな戸惑いが走ったが、彼女の視線が再び足元のふかふかの土と手の中の野菜に向けられると、その戸惑いは急速に薄れていった。

 この奇跡の野菜が、あの不快な汚物から生み出されているという事実。

 それは常識を破壊する真理だった。


「承知いたしました。それがこの野菜を生み出す源泉であるならば、喜んで協力させていただきます」


 レオンは満足げに目を細め、三本目の指を立てた。


「三つ。この土の秘密、そして僕が何をしているかについては、僕が許可するまで絶対に他言しないことだ。今はまだ、不要な横槍を入れる者を惹きつけたくない」


「商人の誇りにかけて、秘密は厳守いたします」


 エリスは胸に手を当て、深く頭を下げた。

 二人の間に、目に見えない強固な契約の糸が結ばれた瞬間だった。

 傍らでそのやり取りを聞いていたバルトは、信じられないものを見るような目で主を見つめていた。

 忌み嫌われていた泥集めが、ついに巨大な商会を巻き込む事業へと変貌を遂げたのだ。

 トムたち孤児の少年たちも、難しい話の内容は理解できないながらも、自分たちが毎日泥にまみれて集めてきたものが、途方もない価値を生み出したのだという事実を肌で感じ取り、誇らしげに胸を張っていた。

 朝日が完全に昇りきり、彼らの立つ黒褐色の畑を眩く照らし出していた。

 それは、死に絶えていた辺境の街に、確かな豊穣と希望の光が差し込んだ歴史的な朝だった。

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