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底辺男爵家の三男、前世の有機農業知識と浄化魔法で領地を大改革し美少女商人と成り上がる  作者: 黒崎隼人


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第6話「緑の芽吹きと少女の視線」

 種を蒔いてから十日が過ぎた。

 その間、レオンとトムたちは毎日欠かさず畑に足を運び、土の表面の乾き具合を確認しては丁寧に水をやり続けていた。

 朝霧が立ち込める冷え込んだ早朝、いつものように畑の様子を見に来たトムの鋭い声が、静寂に包まれた屋敷の裏庭に響き渡った。


「レオン様。出てる。出てるぞ」


 トムは身分の違いを忘れたように大きく手を振り、畑の中心を指差して飛び跳ねていた。

 屋敷の裏口から駆けつけたレオンは、息を弾ませながらトムの指し示す場所へと身をかがめた。

 黒褐色の柔らかな土の表面をわずかに押し上げるようにして、鮮やかな緑色をした二枚の小さな双葉が、朝の冷たい空気に震えながら顔を出していた。

 葉の表面には微細なうぶ毛がびっしりと生え揃い、その先端には朝露の雫が丸く凝縮して、朝日を受けて宝石のようにキラキラと輝いている。

 生命の瑞々しさが、その小さな葉の隅々にまで満ち溢れていた。


「……発芽したな」


 レオンは双葉に触れないようにギリギリまで顔を近づけ、深く安堵の息を吐き出した。

 ただ一つ芽が出ただけではない。

 視線を横に滑らせると、等間隔に蒔いた種が次々と土を割り、力強い緑のアーチを描きながら地上へと姿を現し始めているのが見えた。

 発芽率の低い古い種であったにもかかわらず、極上の土壌環境と魔法によって浄化された水が、種の中に眠っていた生命力を極限まで引き出した結果だった。


「すごい色だ。こんなに綺麗な緑色、街の市場でも見たことない」


 トムが双葉を見つめながら、まるで信じられない魔法でも見るかのように目を丸くしていた。

 彼の言う通り、貧しいこの領地で育つ野菜の葉はいつも黄色く変色し、虫食いにあっているのが普通だった。

 しかし、レオンの畑から芽吹いた葉は、豊富な窒素分を存分に吸収し、深く濃い緑色を誇っていた。

 それからの成長は、まさに劇的と呼ぶにふさわしいものだった。

 数日ごとに新しい葉が次々と展開し、太陽の光をいっぱいに浴びて大きく広く広がっていく。

 葉脈は太く力強く脈打ち、根元の茎は親指ほどの太さにまで成長し、土の下で確実に大きな根が育っていることを物語っていた。

 灰色の石壁と枯れた大地に囲まれた男爵家の敷地の中で、そこだけが鮮烈な緑の絨毯を敷き詰めたように異彩を放っている。

 そして種蒔きから四十日後、ついに最初の収穫の時が訪れた。

 大きく育った葉をかき分けると、ふかふかの土の表面から、鮮やかな赤紫色の根菜の上部が丸々と太った姿を見せていた。


「トム、一番大きいのを抜いてみろ」


 レオンが促すと、トムは緊張した面持ちで一番太い茎の根元を両手でしっかりと掴んだ。

 大きく深呼吸をして、真上に向かって力いっぱい引っ張り上げる。

 ズボッという心地よい音とともに、土の抵抗を全く感じさせないスムーズさで、巨大な根菜がスポンと地上へと姿を現した。

 大人の拳を二つ合わせたよりもさらに大きく、表面には傷一つない、見事な真ん丸の形をした根菜だった。

 皮は張り詰めたようにパンパンに膨らみ、鮮やかな赤紫と白色のグラデーションが目にまぶしい。

 根菜の表面についた柔らかな黒い土を手のひらで払い落とすと、みずみずしい土の香りと共に、野菜本来の甘い匂いがふわりと鼻をかすめた。


「でっけえ。重いぞこれ」


 トムは両手で抱え込んだ根菜のずっしりとした重量感に、顔を紅潮させて歓声を上げた。


「そのままかじってみていいぞ」


 レオンが微笑みながら言うと、トムは袖で口元をぬぐい、大きな口を開けて野菜の白い部分に思い切りかぶりついた。

 パキリという小気味良い破裂音が響き、野菜の内部から溢れ出したたっぷりの果汁がトムのあごを伝って滴り落ちた。

 トムは目を丸くし、咀嚼するのも忘れたように口の中の甘みを味わっている。


「あっま。水みたいにジュースが出てくる。これ、本当に野菜なのか」


 トムは信じられないという顔でレオンを見上げ、すぐさま二口目、三口目と貪るようにかじりつき始めた。

 彼らがこれほどまでに大きく、そして甘い野菜を育て上げたその様子を、錆びついた鉄柵の向こう側から静かに観察している一対の瞳があった。

 色あせてはいるものの、上質な絹で仕立てられたドレスを身にまとった少女だった。

 亜麻色の髪をきっちりと結い上げ、背筋を真っ直ぐに伸ばして立つ彼女の年齢は、レオンと同じ十八歳ほどに見える。

 彼女の名前はエリス。

 近年急激に業績を悪化させている地方商会の一人娘であり、没落の危機を救うための新たな商機を求めて、日夜この寂れた街を歩き回っていた。

 狂ったように泥を集め始めたという男爵家の三男の悪噂は、彼女の耳にも届いていた。

 しかし、彼女の鋭い観察眼が今捉えているのは、狂気とは対極にある、圧倒的な成果だった。

 エリスは鉄柵の隙間から、トムが抱える巨大な根菜の艶やかな皮と、それが放つ生命力に満ちた輝きから一瞬たりとも目を離さなかった。

 彼女の胸の奥で、商人としての直感が激しく警鐘を鳴らしていた。

 あの野菜は、この領地の常識を根底から覆すほどの価値を秘めている。

 エリスは無意識にドレスの裾を強く握りしめ、冷たい鉄柵に顔を近づけるようにして、静かに息を呑んだ。

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