第5話「発酵の熱と命のにおい」
あの路地裏での作業から、およそ一ヶ月の時間が経過していた。
その間、レオンとトムたちによる回収作業は毎日欠かさず続けられ、空き地の浅い溝は今や大人の腰の高さまで積み上げられた巨大な土の山へと姿を変えていた。
最初は怯えていた子供たちも、毎日確実に支給されるパンと、決して自分たちを見下さないレオンの態度に触れるうちに、次第に自ら進んで効率的な回収ルートを考えるほどに成長していた。
朝の冷たい空気が支配する空き地で、レオンは今日もクワを握り、巨大な土の山の切り返し作業を行っていた。
長袖のシャツの袖をまくり上げた彼の手のひらは、一ヶ月前の痛々しい水ぶくれが潰れて硬いマメへと変わり、少しだけ農夫らしい分厚さを持つようになっている。
彼は山の斜面にクワの刃を深く突き立て、全身の体重を後方にかけながら一気に土を掘り起こした。
その瞬間、山の内部から驚くほどの熱気を帯びた白い湯気が、冬の吐息のようにモワリと立ち昇った。
「うわっ、今日もすげえ湯気だ。燃えてるみたいだな」
隣で同じように小さなスコップを握っていたトムが、額の汗を手の甲で拭いながら声を上げた。
彼の頬は一ヶ月前のような土気色ではなく、わずかだが血色の良い健康的な赤みを取り戻し始めている。
「燃えているわけじゃない。この山の中にいる、目に見えないほど小さな生き物たちが、僕たちが集めたものを食べて熱を出しているんだ。彼らが元気な証拠だよ」
レオンは立ち昇る湯気に顔を近づけ、深く息を吸い込んだ。
かつてこの場所を支配していたアンモニアや硫化水素の腐敗臭は、すでに完全に消え去っている。
代わりに漂ってくるのは、雨上がりの深い森の土を踏みしめた時のような、甘く芳醇な香りだった。
放線菌をはじめとする好気性微生物が活発に繁殖し、有機物を順調に分解している完璧なサインだった。
魔法による水分の最適化と、毎日の切り返しによる酸素の供給が、自然界では考えられない速度で極上のコンポストを作り上げていたのだ。
「不思議な匂いだ。うんこや泥を集めたはずなのに、なんで森みたいな匂いがするんだろうな」
トムが不思議そうに鼻をひくひくさせながら、掘り起こされた濃い茶色の土をつかんで手のひらで転がした。
「それは、これらがもう汚物ではなく、命を育むための全く新しいものに生まれ変わったからさ。さあ、そろそろ次の段階に進もう」
レオンはクワを置き、空き地の隅に停めてあった古い木製の手押し車を引き寄せた。
車輪の軸がひどく軋む音を立てたが、土を運ぶには十分だった。
レオンとトムたちは、発酵を終えて完熟したコンポストをスコップで手押し車に積み込み、屋敷の裏手にある荒れ果てた試験農場へと運び始めた。
幾度も往復し、荒涼とした灰色の地面に、生命力にあふれた黒褐色のコンポストが次々と投下されていく。
それまで死んだように乾ききっていた土が、黒いコンポストと混ざり合うことで、まるで水分を吸い込んだ海綿のようにふかふかとした弾力を持ち始めた。
バルトも屋敷から出てきて、無言のまま手押し車の運搬を手伝っていた。
彼はまだこの土の出処に対する抵抗感を完全に拭い去れてはいなかったが、土から漂う豊かな香りと、主の生き生きとした表情を見るうちに、口出しをすることはなくなっていた。
半日かけて試験農場の一角を黒い土で覆い尽くすと、レオンは小さな麻袋を取り出した。
中に入っているのは、成長が早く寒さにも強い、カブに似た根菜の種だった。
市場の隅で叩き売りされていた、古くて干からびかけた粗悪な種だ。
「これを、指の第一関節くらいの深さに植えて、そっと土をかぶせていくんだ。間隔は手のひら一つ分空けるように」
レオンが実際に指で土に小さな穴を開け、種を一つ落として優しく土を寄せる手本を見せると、トムたちも真剣な表情でそれに倣った。
子供たちの小さな手が、生まれ変わったふかふかの土に触れ、丁寧に命の種を蒔いていく。
全ての種を蒔き終えると、レオンは桶に汲んでおいた水を畑全体にゆっくりと撒いた。
以前の固い地面であれば、水は表面を滑るように流れていってしまっただろう。
しかし、コンポストがたっぷりとすき込まれた新しい土は、撒かれた水を瞬時に吸い込み、内部へと深く保水していく。
水を含むことで土の色はさらに濃くなり、生命の鼓動を内包しているかのような力強い艶を帯びていた。
西の空が赤く染まり始め、長く伸びた影が畑を覆う頃、全ての作業が終了した。
泥だらけになった手で額の汗を拭いながら、レオンはまっさらな畑を見つめた。
ここから芽が出るかどうかが、彼の理論と魔法が異世界で完全に通用するかどうかの最終試験となる。
重度の栄養失調による疲労で足元がわずかにふらついたが、彼の胸の奥に広がる達成感と静かな高揚は、どんな上質なワインよりも彼を強く奮い立たせていた。
土を信じ、微生物の力を信じる。
前世で培った知識と信念が、今この異世界の荒れた大地に、確かな根を下ろそうとしていた。




