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底辺男爵家の三男、前世の有機農業知識と浄化魔法で領地を大改革し美少女商人と成り上がる  作者: 黒崎隼人


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第4話「路地裏の清掃と灰色の約束」

 冷たい風が灰色の石畳を撫でるように吹き抜け、淀んだ空気をゆっくりとかき混ぜていた。

 十八歳という年齢でありながら、長年の慢性的な栄養失調によってひどく細く短いレオンの腕は、錆びついたクワの重さに早くも悲鳴を上げていた。

 スラム街の最も奥深く、崩れかけた石壁に囲まれた空き地が、彼が最初の集積所として選んだ場所だった。

 かつては井戸があったのか、地面の一部がわずかに窪んでおり、周囲の土は石のように固く締まっている。

 レオンは荒い息を吐きながら、両手でしっかりとクワの柄を握り直した。

 乾燥してささくれた木の表面が、手袋を持たない彼の手のひらに容赦なく食い込む。

 それでも彼は足を肩幅に開き、全身のバネを使って硬い地面へとクワを振り下ろした。

 鈍い衝撃音が周囲の崩れた壁に反響し、微かな土煙が舞い上がる。

 刃の先端はほんの数センチしか土に食い込まず、柄を持つ両手には骨の芯まで痺れるような反発力が伝わってきた。

 何度も何度も、彼は無言で同じ動作を繰り返した。

 額から冷や汗がにじみ出し、薄汚れた前髪がべったりと肌に張り付く。

 手のひらの皮はすぐに破れ、じわりと血がにじんで木の柄を黒く染めていったが、彼の瞳に宿る熱が冷めることはなかった。

 ただひたすらに土を掘り起こし、幅二メートル、深さ五十センチほどの浅い溝を作り上げる頃には、太陽はすでに中天を過ぎていた。

 背後で、小石を踏み砕く遠慮がちな足音が聞こえた。

 振り返ると、今朝路地裏で言葉を交わした少年が、ひどく怯えたような顔つきで立っていた。

 少年の背後には、同じようにやせ細り、泥と埃にまみれた五人の子供たちが、お互いの体を寄せ合うようにして続いている。

 彼らの手には、ところどころ板が外れかけ、黒ずんだ汚れがこびりついた古い木桶や、ひしゃげた金属のちりとりが握られていた。

 その中には、街のあちこちからかき集められたばかりの、強烈な悪臭を放つ泥状の汚物が山盛りに詰め込まれている。

 少年たちは皆、鼻から下をボロボロの布切れで固く覆っていたが、それでも防ぎきれない刺激臭に目を真っ赤に充血させ、絶えず涙をこぼしていた。


「集めて……きたぞ」


 先頭に立つ少年が、かすれた声で震えながら言った。

 その声には、自分たちが集めてきたものの恐ろしさと、それを命じた貴族への拭いきれない不信感が色濃く滲んでいた。


「ご苦労だった。名前はなんという」


 レオンはクワを地面に置き、息を整えながら静かに尋ねた。


「……トムだ」


 少年は視線を泳がせながら、短く答えた。


「トム。その桶の中身を、この溝の中にすべて空けてくれ。跳ね返らないように、できるだけ低い位置からゆっくりとな」


 レオンが掘り上げたばかりの溝を指差すと、トムは一瞬だけ躊躇する素振りを見せたが、やがて覚悟を決めたように一歩前へ出た。

 彼は重い木桶を両手で抱え上げ、溝の縁まで近づくと、顔を背けながら中身をゆっくりと傾けた。

 どろりとした黒褐色の塊が、重苦しい音を立てて乾いた土の上へと滑り落ちる。

 他の子供たちもトムに続き、次々と持ち寄った汚物を溝の中へと開けていった。

 空き地全体が、目を開けていることすら困難なほどの強烈な腐敗臭に包み込まれる。

 胃の底を直接つかみ上げて裏返されるような吐き気を催す匂いに、子供たちの何人かがその場にうずくまり、激しく咳き込んだ。

 付き添っていた従者のバルトも、壁に背中を預けたまま青ざめた顔で口元を固く押さえている。

 しかし、レオンだけは表情一つ変えることなく、そのおぞましい光景を真っ直ぐに見据えていた。

 彼の目には、それが単なる汚物ではなく、窒素とリン酸を豊富に含んだ未処理の有機物資源として映っていたからだ。


「よくやってくれた。ここから少し離れて見ていてくれ」


 レオンは子供たちを数歩後ろへ下がらせると、溝の前に静かにひざまずいた。

 血のにじんだ両手を胸の前で軽く合わせ、ゆっくりと深い呼吸を繰り返す。

 へその奥底にある小さな熱源から、細い糸を引くように魔力を引き出し、指先へと集中させていく。

 手のひらにピリピリとした静電気のような痺れが走った瞬間、彼は両手を溝の中の泥状の塊に向けてかざした。


『浄化、そして乾燥』


 心の中で強く念じ、対象が持つ不要な水分と有害な菌を排除する明確なイメージを描く。

 レオンの手のひらから、淡い真珠色の光の粒子が滝のようにこぼれ落ち、溝の中の黒い塊を優しく包み込んだ。

 次の瞬間、ジュウという微かな蒸発音とともに、汚物の表面から白い水蒸気が勢いよく立ち昇った。

 それは不快な匂いを伴うガスではなく、純粋な水が気化しただけの無臭の湯気だった。

 光の粒子が塊の内部まで浸透していくにつれて、どろりとしていた液状の物体はみるみるうちに水分を失い、体積を縮ませていく。

 色もどす黒い茶色から、枯れ葉のような明るい褐色へと変化していった。

 ほんの十数秒の出来事だった。

 レオンがゆっくりと手を下ろすと、そこにはもうハエがたかるような汚物は存在しなかった。

 溝の中に残っていたのは、完全に乾燥してパラパラになった、繊維質の細かい土の塊のようなものだけだった。

 空き地を支配していた強烈な悪臭も、嘘のようにきれいさっぱりと消え去っている。

 トムをはじめとする子供たちは、布で覆っていた口元を無防備にさらし、大きく目を見開いたまま声もなく立ち尽くしていた。

 彼らの知る魔法とは、火を放ち氷を砕く暴力的な力であり、目の前で起きたような静かで劇的な変化をもたらすものではなかった。


「……匂いが、ない」


 トムがおそるおそる一歩近づき、溝の中をのぞき込みながらつぶやいた。


「ああ。悪い菌を殺し、余分な水を飛ばしたからだ。これを土と混ぜ合わせて時間をかければ、作物を育てる最高の土になる」


 レオンは立ち上がり、溝の中の乾いた粉末をクワの先で周囲の土と丁寧に混ぜ合わせ始めた。


「さあ、今日の仕事はここまでだ。約束のものを渡そう」


 レオンが振り返り、壁際で呆然としているバルトに視線で合図を送った。

 バルトははっと我に返ると、持参していた大きな麻袋の中から、黒くて硬いパンを一つずつ取り出し、子供たちに配り始めた。

 トムは両手で受け取った硬いパンを、まるで壊れ物を扱うようにそっと見つめていた。

 信じられないといった様子でパンとレオンの顔を交互に見比べた後、彼はパンの端に勢いよくかじりついた。

 ガリッという硬い音が響き、トムの目にみるみるうちに涙が溜まっていく。

 他の子供たちも一斉にパンにかじりつき、無言のまま夢中で飲み込んでいった。

 彼らの頬に伝わる涙は、悪臭によるものではなく、飢えが満たされる確かな安堵によるものだった。

 冷たい風が再び空き地を吹き抜けたが、レオンの心の中には、確かな第一歩を踏み出したという静かな熱が宿っていた。

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