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底辺男爵家の三男、前世の有機農業知識と浄化魔法で領地を大改革し美少女商人と成り上がる  作者: 黒崎隼人


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第3話「小さなクワと最初の計画」

 翌朝、冷たい霧がまだ晴れない薄暗い時間から、レオンは行動を開始した。

 屋敷の裏手にある古い納屋の扉を開けると、カビと埃の匂いが鼻を突いた。

 薄暗い室内には、ガラクタや使われなくなった古い家具が無造作に積まれている。

 レオンは埃を払いながら、その奥へと進んでいった。

 壁に立てかけられていた農具の束を見つける。

 柄は乾燥してひび割れ、鉄の刃は赤茶色に錆びついている。

 彼はその中から、比較的軽く、自分の小さな体でも扱えそうなクワを一本引き抜いた。

 柄の木の質感はザラザラとしており、手に馴染まない。

 それでも、彼はそのクワを両手でしっかりと握りしめた。

 これが、この領地を根底から作り変えるための最初の武器だった。


「坊ちゃん、本当に外へ出られるのですか」


 納屋の入り口に、心配そうな顔をしたバルトが立っていた。

 彼の手には、使い古された革の手袋と、少し厚手の上着が握られていた。


「ああ。まずは現場を見ないことには始まらない」


 レオンはクワを肩に担ぎ、納屋を出た。

 バルトから無言で手袋と上着を受け取り、身につける。


「お供します」


 バルトがため息を押し殺すようにして言った。

 二人は屋敷の敷地を出て、街へと向かって歩き出した。

 石畳の道はひどく荒れており、所々に大きな水たまりができていた。

 その水たまりには、生活排水や汚物が混ざり合い、黒く濁っている。

 街の中心部から外れ、下層の領民たちが住むスラム街へと近づくにつれ、空気の重さは増していった。

 建物の壁は崩れかけ、屋根には穴が空いている家も少なくない。

 狭い路地裏に入ると、匂いのきつさは屋敷の窓から嗅いだものの比ではなかった。

 鼻を塞ぎたくなるような悪臭が、物理的な圧力を持って迫ってくる。

 道端には、処理されることなく放置された排泄物が山になり、その周囲には黒いハエが飛び回っていた。

 バルトは口元を布で覆い、顔をしかめて歩いていた。

 しかし、レオンの表情は全く変わらなかった。

 彼は冷静な目で周囲を観察し続けていた。

 建物の配置、人の動線、そして放置されている有機物の量と質。

 頭の中で、街全体を一つの巨大な農場に見立てていた。


『まずは回収のシステムだ』


 レオンは心の中でつぶやいた。

 いくら魔法で処理できるとはいえ、自分が街中を歩き回って一つ一つ処理していくのは非効率すぎる。

 一箇所に集約し、そこで一括して処理を行う設備が必要だった。

 現代でいうところの、バイオマストイレのような仕組みだ。

 特定の場所に穴を掘り、そこへ排泄させる。

 そこに「乾燥」と「浄化」の魔法を定期的に施し、適切な水分量と微生物のバランスを保つ。

 問題は、誰がそれを集め、管理するかだ。

 貴族である自分が陣頭指揮を執るにしても、作業する人間が圧倒的に足りない。

 路地を曲がった先で、壁の影からこちらを覗き込んでいる複数の視線に気がついた。

 やせ細り、泥まみれの服を着た子供たちだった。

 年齢は十歳前後だろうか。

 彼らの瞳には、大人に対する強い警戒心と、慢性的な飢えによる焦燥感が入り交じっていた。

 身寄りのない孤児たちだった。

 スラム街には、こうした子供たちが大勢いるという話はバルトから聞いていた。

 彼らは大人に混じって物乞いをするか、盗みを働くしか生きる術を持たない。

 レオンは足を止め、子供たちの方へ向き直った。

 子供たちはビクッと肩を震わせ、さらに壁の奥へと身を隠そうとした。


「バルト、彼らに仕事を与えたら、対価としてパンを支給することはできるか」


 レオンは視線を子供たちに向けたまま尋ねた。


「……パンの備蓄は屋敷にも多くはありませんが、彼ら数人を食わせる程度なら、私の裁量でなんとかなるかと。ですが、あのような浮浪児に任せられる仕事など……」


 バルトの言葉を遮り、レオンは一歩前に出た。


「仕事ならある。山ほどな」


 彼は肩に担いでいたクワを地面に下ろした。

 木と石がぶつかる硬い音が、路地に響いた。


「おい、お前たち」


 レオンは少し声を張り上げた。

 子供たちのうちの一人、少し背の高い少年が、警戒を解かないままわずかに顔を出した。


「毎日、腹一杯のパンが食べたくないか」


 レオンの言葉に、少年の喉がゴクリと動くのが見えた。


「パン……くれるのか?」


 少年がかすれた声で聞き返した。


「ただでやるわけじゃない。僕の仕事を手伝うなら、その日の終わりに必ずパンを渡す」


「仕事って、なんだ。俺たち、重いものは運べないぞ」


「重いものを運ぶ必要はない。この街中に落ちているものを、一箇所に集めるだけの仕事だ」


 少年は怪訝そうな顔をした。


「落ちてるもの?」


 レオンは足元近くにあった、乾きかけた汚物の山をクワの先で指し示した。


「これだ」


 少年の顔が引きつり、背後にいた子供たちも顔を見合わせた。


「あんた、狂ってるのか? そんなもん集めてどうするんだよ」


 少年が後ずさりしながら言った。

 バルトも背後で頭を抱えている気配がした。

 しかし、レオンの表情は真剣そのものだった。


「これを土に返すんだ。そうすれば、この街の土は豊かになり、病気は消え、大きな野菜が育つようになる。僕はその方法を知っている」


 レオンの言葉は、スラムの子供たちには到底理解できない狂人の戯言にしか聞こえなかっただろう。

 しかし、彼の声には奇妙な説得力があった。

 揺るぎない確信に満ちたその眼差しは、貴族特有の傲慢さではなく、純粋な目的へ向かう強い意志を宿していた。

 少年はレオンの目をしばらく見つめ返していたが、やがて小さく口を開いた。


「……本当に、パン、くれるんだな」


「約束する。男爵家の名において」


 レオンははっきりと断言した。

 失うもののない子供たちの飢えを利用するようなやり方に、少しの罪悪感がなかったわけではない。

 しかし、今は綺麗事を言っている場合ではなかった。

 彼らの労働力が必要であり、同時に彼らに生きるための糧を与える必要があった。

 利害は完全に一致している。


「……わかった。俺はやる。腹が減って死ぬよりマシだ」


 少年が一歩前に出てきた。

 その背中を追うように、他の子供たちもおずおずと姿を現した。

 レオンは静かにクワを握り直した。

 作業員は確保した。

 次は、集積所となる公衆トイレの設置場所の確保と、実際の回収作業の開始だ。

 忌み嫌われ、避けられてきたものが、黄金の価値を生み出す第一歩。

 異世界の貧困領地を舞台にした、前代未聞の農業革命が、今静かに幕を開けた。

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